「あの日まぶしかった蛍光ペン」

第127話
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
Akira Kadota
門田 陽

文房具が好きです。かなり好きです。大好きと言っても過言ではありません。小学生の頃から好きでした。仮説ですが、子どもの大半は文房具が好きだと思います。僕はハンバーグよりも文房具の方が好きでした。小学校から徒歩1分もかからない所にあったのが川原文具店。そのお店の娘さんとは小学1年・4年・5年・6年と4年間も同じクラスでした。いや~、彼女がとても羨ましかった。そうそう、川原文具店は駄菓子やアイスクリームもありました。自分家(じぶんち)にアイスクリームケースがあるなんて、川原さんには嫉妬しまくりでした。

あれは1974年。僕が小学校5年のとき、
クラス一(いち)ひょうきん者の野村くんが誰よりも早く使ったペンに学校中がどよめきました。蛍光ペンです!僕らの世代はウォークマンもファミコンもウォシュレットもパソコンも新登場から今日までを知っているのですがアナログな物では蛍光ペンの衝撃が凄かったです。それまでは授業中に先生が「はい、ここ大事な所なので赤線を引くように」と言っていましたが、「先生もう赤鉛筆は古いよ」と言い返すのが子どもの間で流行り、それに怒った先生が蛍光ペンを学校に持ってくるのを禁止して、親も巻き込み大論争になりました。あれはいったい何だったのでしょう。僕が蛍光ペンを初めて買ったのはその騒動がひと段落して先生たちも使い始めた1975年。みんなと同じじゃつまらないというだけの理由で購入したのが新色の水色。はい、そうです。失敗しました。今では誰もがわかりますが、水色の蛍光ペンは黄色のようには光りません。あの買ってすぐウキウキして使った日の悔しさは半世紀たっても覚えているから恐ろしい。

中学に入ってから登場したのがシャーボ。大ヒットしました。大人っぽいメロウな音楽の流れるCM。そこにいい声の男性ナレーションで「右へ回すとシャープペン、左へ回すとボールペン」という大流行したフレーズが囁かれます。しびれました。いま見返すと単に機能をそのまま言っているだけのこのコトバがなぜ流行したのかフシギですが、とにかく流行りました。蛍光ペンの件もあったので僕はすぐには買いませんでした。それと発売当時はわりと高価だったせいもあります。たしか2千円しました。

その後、筆記具では80年代に修正ペンが登場。平成に入ってからはぺんてるのエナージェル(2001年発売)、三菱のジェットストリーム(2006年発売)、パイロットのフリクション(2007年)などの新しさにその都度感激しました。ここでちょっとした疑問。文房具の流行の歴史はほぼ書く(消す)側です。書かれる側は50年前も今も大差ありません。大学ノートはデザインも特に変化がないですよね。斜めの罫線や丸型(写真①)や見開くとフラットになるノートなど、ときおり新たな試みもされますが流行には至りません。僕もつい買ってしまったものの使い道がわからない二丁型ノート(※写真②)。これはほんとに誰がどういうふうに使っているのでしょうか。

写真①

写真②

そんな中で僕が長年引っ掛かっていることがあります。友だちなど数名に話したことがありますが、誰からの同意も得られなかったので僕の思い込み過ぎなのでしょうが・・・
それはノートのほぼ全てが左開きで右開きのものがないことです(写真③)。唯一縦罫のノートだけは右開きです(※写真④)。

写真③

写真④

なぜなんだろう?それは、横書きは左から右に書くのだから左開きなのが至極当然というごもっともな意見で終了のようですが、いやいやそうでもないと僕は強く思うのです。中学の頃がどうだったのか当時のノートが見つからないのでわかりませんが、高校の頃から僕はノートは左頁は書かずにあけて右頁だけに書いています。こんな感じ(写真⑤)。因みにこれは10代の頃コピーライターの養成講座の生徒だったときのノート。まじめに書いているなぁ、お恥ずかしい。

写真⑤

話を戻します。左頁は右頁の補足を書き足したり資料のスクラップを貼ったりしてノートが充実していくのが楽しみなスペースなのです。で、左右逆の人も多いでしょうが、片方の頁を空けてノートを書く人は相当数いるはず。ですから僕はもし右開きのノートがあれば間違いなく購入します。ほんとにないのがフシギです。日本の雑誌は漫画誌も含めてほぼ右開き。週刊誌もです。文春も新潮も現代もポストもぜんぶ右開きなのにノートはぜんぶ左開き。コクヨかツバメかキョクトウかショウワかどこか作ってもらえないでしょうか。沢山買いますよ!(※ネットで細かく調べるとアルバムで有名なナカバヤシには右開きがありますが、流通が少なく送料もかかり単価が高いのです。)

ところで数年前に小学校の同窓会で川原さんと再会しました。その日、川原さんは参加者全員にボールペンをプレゼント(※写真⑥)。今日も大事に使っています。半世紀の時が過ぎても川原さんは羨ましいままでした、という話はまたの機会に。

写真⑥

プロフィール
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター
門田 陽
コピーライター/クリエーティブ・ディレクター 1963年福岡市生まれ。 福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州、(株)電通を経て2023年4月より独立。 TCC新人賞、TCC審査委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。 趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

門田コピー工場株式会社 https://copy.co.jp/

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP