華やかな模様の向こう側は? @Serpentine Gallery
30度を超える夏日、向かったのは久しぶりのサーペンタイン・ギャラリー。以前はロンドンで30度は稀でした。木陰を縫うように歩いて、ケンジントンガーデンズ敷地内に建つギャラリーへ向かいます。今回は、Yinka Shonibare CBEの個展「Suspended States」をレポートします。
観音開きの自動ドアが開き、現れたのは歌舞伎役者?ではなくて、鮮やかなターコイズ、オレンジ、黄の模様で描かれた、風を包み込むようなブロンズ彫刻。手書きの模様は「アフリカン・プリント」として親しまれているオランダのワックスプリント布を模したもの。ショニバレは、「実はこの生地、人々が考えているような真正のアフリカのものじゃない」と言います。伝統的な手作業で仕上げられるインドネシアのバティックを機械で再生したこの生地は、当初インドネシア市場で販売するためにオランダで製造されました。しかしその後インドネシアで拒否されたため、アフリカに輸出されることになったものなのだそう。学生時代、ステレオタイプのアフリカ的な作品を作るように指導されたことから、アフリカン・プリントの歴史を学び、その後モチーフとして用いるようになったのだとか。船の帆のように風を掴む彫刻はその布と移民問題の交錯した歴史を意識しているといいます。
左に縫われている鳥はモーリシャス共和国の固有種であるMauritius Fody、右はコモロ諸島の固有種のComoros Blue Vanga。どちらもとてもカラフルな鳥ですね。 そしてどちらも絶滅危惧種。中央の宙に浮くアフリカの面は植民地化、工業化以前、鳥たちを守ってきた島の祖先を象徴しているそう。作品は「African Bird Magic, 2023」シリーズの一つ。
何処かで見たことのある銅像?そう、これらは皆ロンドンに立っている人物像。作品は、その帝国主義、植民地主義者を象徴する銅像を元に作られた像。左から、ハーバート・キッチナー(陸軍元帥)、ウィンストン・チャーチル(元首相)、フレデリック・ロバーツ(陸軍元帥)続きます。作品は「Decolonised Structures, 2022 – 2023」シリーズ。
そして、よく見るとここでも、オランダのワックスプリントが表現されています。こちらはビクトリア女王。模様は全て手描きで描かれ、中には金箔を施したものも。等身大にスケールダウンされ、ワックスプリント模様で優しく包まれた彫像には、オリジナルのような威厳はありません。2020年以降、ブラック・ライブズ・マター「BLM」運動の広がりを受け、英国では奴隷貿易の礎を築いた帝国主義も批判の的になりました。そして、国内各地で植民地支配に関与した人物の銅像が引き倒されました。これに対し、ショニバレは、銅像を破壊する必要はないと思う。一般市民は銅像を見ることができる方がいいと思うし、その人物が一体何をしたのか、歴史と共に理解できるように博物館に展示した方がいいと思うと言っています。人が犯してきたことを忘れてしまえば、また同じことを繰り返す人が現れるはずですから。
闇夜のように暗いミニチュア建物の並ぶ部屋に入ってみます。建物の外側の壁は全て黒く塗られ、内側にはあのオランダのワックスプリントが張られ、ランタンのように光が灯されています。
ゴシック様式美で暗闇でもひときわ目立つこの建物は、パリにあるノートルダム大聖堂。中世の時代から亡命希望者を受け入れ、それには難民、迫害された人々、さらに死刑囚も含まれていたといいます。
2019年火災に見舞われた建物の修復も進み、オリンピックには間に合わなかったものの、今年の12月には一般公開される予定。
教会、寺院らしき建物が並ぶ中、こちらは東洋の建物。日本のお寺みたい?と思ったらその通り!鎌倉にある東慶寺がモデル。夫であった北条時宗の臨終の間際、共に出家した、覚山尼が1285年に開山したとされています。また、江戸時代には幕府寺社奉行も承認する駆け込み寺、または縁切寺として知られ、女性を離婚に対しての社会的圧力やDVから守り、離婚に対する家庭裁判所の役割も果たしていたという寺。
その他にも、「Amnesty international London」「Cathedral of Saint Elijah, Aleppo, Syria」など、世界中の亡命希望者や難民を保護、受け入れる施設がずらり。インスタレーション作品はその名の通り、Sanctuary City (聖域都市) 。
最後の部屋は図書室。一つ一つの本にまたもやオランダのワックスプリントのカバーが張られています。
金文字の表題を見ていくと、… incident, crisis, war, revolt, revolution, agreements, peace treaty などの文字が並んでいます。「The War Library」と名付けられた 5270冊の世界の戦争と平和の歴史の本を収容したインスタレーションで、このうちタイトルのついた2700冊は帝国主義的野望によってもたらされたものだとショニバレはいっています。リサーチは10人がかりの専門家によって行われ、その詳細をオンライン検索できるようにパソコンも用意されていました。
「全てをカバーするのが目的ではなく、こういうケースがあったってことを少しでも知ってもらうために作ったもの。それにしても、こんなにたくさんの闘争があって、こんなにたくさんの和平協定があって、どうして人はそこから学ぶことができないのだろう?無視しているだけ?それとも、ただ破局へと進み続けるだけなのだろうか?」