なんでもあり

Vol.198
CMプロデューサー
Hikaru Sakuragi
櫻木 光

漫画「銀河鉄道999」のエピソードの中に

「なまけものの鏡」と言うエピソードがある。

 

機械を完全に征服して、なんでも機械にやってもらえるようになったその星の人間が、

ついにやることがなくなってしまい、日々、ただごろごろと寝て暮らしている。

機械が作って運んできてくれるので飯は食べ放題。

 

住民はみんな何もしないからブクブク太っている。というか肉の塊みたいになっている。

町では時々、住宅の爆発事故が起きる。

それは、家の中に住んでいる人間が肥満しすぎて大きな脂肪の塊になり

家から出れなくなって、それでも肥大化し続けて家に入りきらなくなり

建物がぽんっと破裂する。みたいな話だった。

 

家が破裂しても肉の塊のような人間は平気な顔。すぐに機械たちがやってきて

新しい家を建て直してくれる。

 

子供ながらにすげえ話だなあ。松本零士って人の想像力はすげえなあ。

人間行き着くとそうなっちゃうのかもな?食うに困らないのは羨ましいけど嫌だなあ。

と、しみじみと思った覚えがあります。

 

似たような話で、

地球の人類もこの先、スマホでなんでもできるようになっちゃって

気がつくと、頭と目だけが大きく指が異様に発達した、つまり想像上の宇宙人みたいに

なっちゃうんじゃないか?と言う人もいました。

 

想像上の宇宙人は、実は人類の未来だったんだよ。

スマホから手が離せない状態で10代20代を過ごすと人間が今までと変わってきて当然。

宇宙人だから明らかに変なことをするんだよ。怖いねえ。と。

くだらない飲み屋での会話ですが一理ある。

 

 

でも、この先、現代社会でもAIや機械の進化が人類をそこに導くこともあるかもしれない。

あながち漫画のネタじゃなくなってきたんだなあと思う今日この頃でもある。

なんならAIに聞いてみればいい。絶滅しそうな人類を救っていただけますか?って。

本当に救ってくれるかもしれないじゃないか。

 

 

 

世の中にはやってはならないこと、行ってはいけない場所、考えただけで罪になるような

ことが必ずあるはずなんだけど、最近の風潮として多様性とか価値観の違い的な

言い訳の下で、「なんでもあり」の世の中になっちゃったような気がする。

 

 

まあ、なんでもありの流れには必ず揺り戻しもくるので、どうなっていくかは不明だけど

 

 

 

この「なんでもあり」を突き詰めていくと家の建物が破裂するくらい太って寝ている

人類。みたいなところに行き着くような気がするんですね。もうどうでも良くなっちゃって

「易きにつく」のが人間ならばさもありなんと言うところですか。

 

そんな世の中がいい世の中なはずはない。

 

AIが何でも考えてくれるなら、なんならAIがロボットに指示して建築現場の労働すら

肩代わりするようになったら、環境の問題すら解決してくれたりして

そんなに遠くない将来、そう言う世の中になるかもしれない。

その時人間はどう言う態度で暮らしていたいか考えておいた方がいいかもしれません。

 

そこまでの社会は極端だとしても、テクノロジーの進化で現実の社会に起きることも

随分変化してきた。

 

日本しか知らないから日本に限って考えると、やっぱり教育の内容を進化させた方が

いいんじゃないか?

お前が言うな。と言われそうですが。

 

今までの学校教育は制度的な教育だったと思うのです。

ものすごく平たく言うと、国や行政に都合よく、会社や組織の中で勤勉に従順に働き

継続的に確実に税金と年金を納める人間を養成するための教育。

戦後、復興する社会にそんな人材が必要だったのかもしれません。

 

 

ただ、テクノロジー進化で人間のありようも変わってきたし、

先進国は、適当だった人間の扱いの本質を見直さざるを得なくなってきている。

世界的に起きている人種やジェンダーなどの運動はその大きな波ですね。

弱いとされていた側で、なんで押さえつけられなきゃいけねえんだよ。

いろんな人がいるんだよ。なんでもありでいいじゃないか。と言う叫び。

 

先進国の条件というのは経済的豊かさだけではありません。

家が破裂するくらい太って寝てても生きられる社会は裕福です。が、多分先進国ではない。

 

全ての人権が保障されて、教育のレベルが高く、文化や芸術も充実し、知的で穏やかで戦争をしない人々が秩序を守って暮らしている国。

 

建前ではなく本当の意味のそこを目指すべきだと思います。

いまだに戦争しているアホはいるけど大多数の諸外国はそこを乗り越えようとしてるし、

もう次の段階に行った国もある。

日本は近代化手前で立ち止まって前に進まないんだけど、他の国は近代化の次の入り口に立っているんだと感じる時があります。

 

僕の父親は教員だったので、僕が大人になってからも随分そのことについて議論をしました。

「目に見えない大事なことには全然気が回らないんだけど、

目に見えるどうでもいいことにごちゃごちゃうるさく言う人の集まりだからなあ。

教員っていうのは。」と親父。

 

教員は理想と現実の間で火傷しそうな摩擦を受けているのもわかります。

 

でも、なんというか、子供たちには、進化していく社会に対応していく人間になってもらうために今までと考え方を変えた教育がやっぱり必要ですよね。

 

学校教育は頑張ってそれを少しずつやっている感じも見えますが。

学校に頼らず自分で自分を教育する事を教育の中心に置いて、

学校など集団での教育は自己教育の手助けをする側に回ったほうがいいかも。

大人が悩んでるうちに若い人たちは対処の術に気付いているかもしれない。

 

つまり、大人のやるべきことは、秩序の守り方を教育の中心にして欲しい。

暗記と偏差値ではなくて、道徳やマナー。

 

国や行政に多少都合が悪かったとしても、一人一人が自分の頭で考え、

他人に影響はされても左右されることなく、

自分の中にいいこと悪いことの明確な基準を持ち、

自分の考えと自分のルールに基づいて行動する。

自分の意見を臆さずに発表できる場所を持ち、冷静に他人の意見を受け入れ、

自分の意見と違う場合もその違いを理解する。

自分のものと他人のものを混同させずにちゃんと線を引く。

自分の行動の結果がどうなったかについてはきちんと自分で責任を負う。

そしてそのために常に新しく正しい知識やルール、マナーを学び続ける。

 

僕らの世代が実は全然できなかったことですね。

 

そういう個人が増えればなんでもありの社会はいい社会。

こういう個人が増えれば、機械を征服した社会でもごろごろ寝てないで

新しい希望や楽しいことを生み出して元気に生きていけるような

気がするんですけどね。

 

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プロフィール
CMプロデューサー
櫻木 光
プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。

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