「うっ憤や退屈が、脳に沈殿してしまうと、人生はつまらなくなって当然だ。 そのための映画なんだ」とメモにある。

Vol.48
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

と、前回にも書いた。これは18歳頃のボクの映画への思いだった。折角、現実の気だるい時間を割いて映画館という非日常に逃げ込むのだから、心を揺さぶってもらいかった。ただ眺めながら台詞を聞き流すだけの荒唐無稽な享楽的な映画は、ボクには人生の損失だった。何でもいいから何かを得て、持って帰りたかった。

高校の映画好きな仲間も注目していた大島渚監督の『帰って来たヨッパライ』(68年)も、どこかの2番館でリバイバル公開されたので遅ればせながら観た。その同名のヒット曲を歌った京都のフォークバンド、ザ・フォーク・クルセダーズ(『パッチギ!』(2005年)の音楽・加藤和彦たちで結成された)の素人3人組が最初にして最後に主演したのだが、話がウソ過ぎてアバンギャルドを装ったゲテモノで、大島にしてはつまらなかった。大島映画はその2年前かの『白昼の通り魔』(66年)の方が題名もいいし、断然、面白くてドキドキしたし、凶悪な強姦事件の実話を元にした武田泰淳の原作だからか、凄みがあって怖かった。異常性欲の男の顔をした悪魔と、そいつに対決する農村出の若い女と中学の女教師の話に圧倒されっぱなしで、脳の中がぐるぐるしたのを覚えている。一人で見たのかどうかは忘れたが、ボクは中学生だった。映画は、どこまで人間の深淵を突きつめているかだと観た仲間が一人で息巻いていた。

後年、大島渚はとても刺激的なことを言っていた。戦後に大島が松竹などのメジャー映画会社に入社してから1960年代までの日本の大衆映画というのは、その大方が被害者意識で作られていて、「戦争」、「土着の封建制」、「貧乏」、これらをテーマにその被害者の立場で家庭などを描いてきたというのだ。その被害者である家族に寄り添って、泣き、泣かせてきただけだ。それでは、社会に何のプロテストもできないし、おもしろくも何ともないのだと。敗戦や貧乏など乗り越えた先のものを描かないと日本映画はいつまでも同じことの繰り返しだ、とデビュー当時に思っていたとも。

ボクの多感期、18歳頃でも、邦画はその被害者意識から脱け出せないままで、書き留めるほどのモノはなかったように思う。20歳年上の大島渚も独立プロの映画作りに悩んでいたようで、愉快な作品はなかった。軍国主義まっしぐらの時代に背を向けて性愛に耽る阿部定の猟奇事件を描く、ハードコア日本第一号の『愛のコリーダ』(76年)はまだ先のことだ。でも、それはポルノだし、日本的な陰気さからは逃れられなかったが。

1969年から70年、高校2年に進級して、ボクはますます映画にのめり込んでいく。毎週1本は義務のように観た。でも、殆どは洋画だったが。
勝新太郎主演の幕末のテロリストたちの『人斬り』(69年)は迫力満点でも、ひたすら悲壮で、やたら血の量も多くて気が滅入った。邦画はどれも暗かった。
『空軍大戦略』(69年)は、英国軍がナチスドイツ軍の侵攻に如何に立ち向かったか、空の勇士たちのドッグファイトを描いた群像劇だ。CG合成画像はまだ世界中にないし、実物の戦闘機たちの音の無い空中戦が音楽だけに包まれていると、まるで神の眼で見るようだった。『イージー★ライダー』(70年)は封切り日に観た。バイク乗りのヒッピー二人組が「自由」を探しにニューオリンズの謝肉祭に行き、挙句に南部の白人に射殺されてしまう問題作で、世界の若者が惹きつけられた。ロック音楽が10曲以上流れるのも初めて。画面の何もかもが新鮮で、観た後の2,3日間、学校に行く気が失せて、「フリーダム(自由)」と「リバティー」はどう違うんだと、家で哲学に耽った。そして、アメリカの影も垣間見たのだった。

2月に入ると『明日に向って撃て!』(70年)がきたが、この西部劇に登場する強盗二人組の調子良さ、甘さがつまらなかった。19世紀末の野蛮なリアリズムをボクはもっと求めていたからだ。
『シシリアン』(70年)なんていうフランスのジャン・ギャバンがシシリーマフィアの親分に扮したギャング映画もあった。宝石強奪を企む一家の裏切りと崩壊が描かれて、愉しかった。『地獄に堕ちた勇者ども』(70年)は初めて観たルキノ・ビスコンティ監督作だ。ナチスドイツの鉄鋼一族の虚栄。これは息苦しかった。『パットン大戦車軍団』(70年)はその分、このタカ派の戦争狂の将軍を人間観察できた。脚本が『ゴッドファーザー』(72年)を撮る前の30歳のフランシス・F・コッポラとは知らなかったが。夏になると『M★A★S★H マッシュ』(70年)という話題作がきて、朝鮮戦争を皮肉っていた。逆に、『ヨーロッパの解放』(70年)はソ連製の超大作で、勝者側の戦いだけを見せつけられて、疲れ果てた。

邦画では、ウルトラマンを撮っていた実相寺昭雄監督の『無常』(70年)というエロ映画に昂奮して、一日中、悶々とした。戦争とエロス、まさに世界の両極端を体感する忙しい日々だった。

(続く)

≪登場した作品一覧≫

『帰って来たヨッパライ』(68年)
監督:大島渚
製作:中島正幸、大島渚
撮影:吉岡康弘
出演:加藤和彦、北山修、端田宣彦、佐藤慶 他

『パッチギ!』(2005年)
監督:井筒和幸
原案:松山猛
脚本:羽原大介、井筒和幸 
出演:塩谷瞬、高岡蒼佑、沢尻エリカ 他

『白昼の通り魔』(66年)
監督:大島渚
製作:中島正幸
原作:武田泰淳
出演:川口小枝、小山明子、倉マツ子 他

『愛のコリーダ』(76年)
監督:大島渚
製作代表:アナトール・ドーマン
製作:若松孝二
出演:藤竜也、松田英子、中島葵、松井康子 他

『人斬り』(69年)
監督:五社英雄
脚本:橋本忍
製作:村上七郎、法亢尭次
出演:勝新太郎、仲代達矢、三島由紀夫、石原裕次郎 他

『空軍大戦略』(69年)
監督:ガイ・ハミルトン
脚本:ジェームズ・ケナウェイ、ウィルフレッド・グレートレックス
製作:ハリー・サルツマン、S・ベンジャミン・フィッツ
出演:ハリー・アンドリュース、マイケル・ケイン、トレバー・ハワード 他

『イージー★ライダー』(70年)
監督:デニス・ホッパー
製作:ピーター・フォンダ
製作総指揮:バート・シュナイダー
出演:ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン 他

『明日に向って撃て!』(70年)
監督:ジョージ・ロイ・ヒル
製作:ジョン・フォアマン
製作総指揮:ポール・モナシュ
出演:ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロス、ストローザー・マーティン 他

『シシリアン』(70年)
監督:アンリ・ベルヌイユ
脚色:アンリ・ベルヌイユ、ジョゼ・ジョバンニ、ピエール・ペルグリ
原作:オーギュスト・ル・ブルトン
出演:ジャン・ギャバン、アラン・ドロン、リノ・バンチュラ、イリナ・デミック 他

『地獄に堕ちた勇者ども』(70年)
監督:ルキノ・ビスコンティ
製作:アルフレッド・レビ
撮影:パスカリーノ・デ・サンティス、アルマンド・ナンヌッツィ
出演:イングリッド・チューリン、ヘルムート・バーガー、ウンベルト・オルシーニ、シャーロット・ランプリング 他

『パットン大戦車軍団』(70年)
監督:フランクリン・J・シャフナー
製作:フランク・マッカーシー
原作:ラディスラス・ファラーゴ
脚本:フランシス・フォード・コッポラ、エドマンド・H・ノース
出演:ジョージ・C・スコット、カール・マルデン、スティーブン・ヤング、マイケル・ストロング 他

『ゴッドファーザー』(72年)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
製作:アルバート・S・ラディ
原作:マリオ・プーゾ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン、ロバート・デュバル 他

『M★A★S★H マッシュ』(70年)
監督:ロバート・アルトマン
製作:インゴー・プレミンジャー
原作:リチャード・フッカー
出演:ロバート・デュバル、ドナルド・サザーランド、エリオット・グールド、トム・スケリット 他

『ヨーロッパの解放』(70年)
監督:ユーリー・オーゼロフ
脚本:ユーリー・ボンダリョフ、オスカル・クルガーノフ、ユーリー・オーゼロフ
撮影:イーゴリ・スラブネビッチ
出演:ニコライ・オリャーリン、フセヴォロド・サナエフ、ラリーサ・ゴルーブキナ、ユーリー・カモールヌイ 他

『無常』(70年)
監督:実相寺昭雄
脚本:石堂淑朗
製作:淡豊昭
出演:田村亮、司美智子、岡田英次、田中三津子 他

出典:映画.comより引用

※()内は日本での映画公開年を記載。

●『無頼』
『無頼』予告編動画

 5月13日より、フォーラム八戸などで公開
セルレンタルDVD も発売中。

 

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

井筒和幸の Get It Up !をもっと見る

TOP