心は鍛えられたほうがいい

番長プロデューサーの世直しコラムVol.16
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

自分のためにひどい目にあっておくのはいいことだ。

中日ドラゴンズからシカゴカブスに移籍した 福留孝介が渡米前にテレビでインタビューを受けていた。

「福留さん。アメリカに行くのに不安はないですか?」 「え?不安?どうして?」

「福留さん。環境が変わるわけですが、心配な点はなんでしょうか?」 「え?心配?何を?」

「福留さん、アメリカでのプレーに特別に準備していることは何ですか?」 「え?準備?しませんよ。いつも通りです」

最初の瞬間、この男は、相手をなめてるのか?と思う。 不真面目な奴なんだろうか?ポーズなんだろうか? でもインタビューには気負いも悪意も感じられず 肩の力の抜けたいい感じの話っぷりだった。 で、インタビュアーが聞いた。 「福留さん、なんでそんなに余裕なんですか?」

すると、福留はこう答えた。 「世の中どこへ行ってもPL学園の合宿所で生活するよりひどくて 大変な場所なんかないですからね。お金をたくさんもらって、 車も用意してもらって、憧れていた場所で野球ができる。 通訳はついて、至れり尽くせりの状況で野球をすればいい。 そういう状態に何を不安に思い、心配しなきゃいけないんでしょうか?」

当時のPL学園の生活は朝5時起床。6時から朝の練習で、 結局個人練習を入れると夜12時まで練習がある。 1年生の時は風呂に入るのも最後で、15分くらいしか時間がない。 風呂の掃除をしなきゃいけないから、左手で自分の体を洗い、右手で風呂を洗っていたらしい。 それから先輩のユニフォームを洗濯して乾燥させていたら夜中の3時。 ランドリー室で毎日寝ていたそうです。目覚ましを朝5時にセットして、 時計の針が5時を指すカチッっというわずかな音、目覚ましが鳴る前に起きる。 目覚ましが鳴ると先輩に怒られるから。 鹿児島から連れてこられて、学校の中にある寮で暮らしているので 電車の乗り方さえ知らない。だから逃げ出せなかった。 電車の乗り方を知ってた同期はほとんど逃げ出しちゃったんだ。と言っていました。 全国から野球が天才的にうまい少年が集められ、 その中で優劣もつけられていく。 嫉妬や妬みが渦巻き、縦の関係も当然厳しい。 そんな中で、野球を毎日立てなくなるくらいまで真剣にやる生活だったそうです。

だから、あの頃に比べれば何があっても怖くない。

仕事をしていて思うことがある。 男の子で、仕事でミスして怒られると、信じられないけど泣く奴がいる。 なんでもいいけど泣くなよ。男のくせに。女も泣いちゃいけないけど。 これは特殊な例ではありません。しかりつけると結構な確率で泣く。 僕が怖いということもあるかもしれませんが。

でもね、怒られるようなミスをしたのはお前だろ。 それで怒られたのに、泣くっていうのはおかしい。 怒られていちいち凹む奴はうんざりする。 そういう奴をなだめて仕事をするのは疲れる。 次にはやらないようにします。それでいいじゃないか。 怒られたからって殺されるわけじゃなし。

大切なのは何が起こっても平気でいることだ。 落ち込んでも、切り替えて次のことを思う。平気に戻る。 生まれてこのかた、落ち込んだり、いじけたり、凹んだりして なんか良いことがあったことがあるか、思い出してみればいい。 社会人になっても母親に逃げ込みたいか? いじけるという行為は、他人に、自分はこんなに傷ついてかわいそうなんです わかってくださいよ。というポーズであって甘えである。 いじけていても何も改善されない。人に馬鹿にされるだけだ。

実は、体育会系の人間は「さわやかだ」という理由はここにある。 運動部の奴らは、どんなに勝ち上がっていってもいつかは負ける。 勝負をして、負ける。負けても日々は続くので、 さっさと次の目標を立てて、それに向かって努力をする。 そうしないとやっていけないということを身にしみて知っている。 レギュラー争いや先輩後輩のしがらみのなかで、 理不尽なこともいっぱいある。だけど、 そんなことを気にしていても何にもならないということを知っている。 負けや嫌なことの受け入れ方や消化の仕方を嫌でも知るようになる。

だから若い頃に、わけもわからず、理不尽なことが いっぱい起こるような経験は、悪くないと思う。 凹んでいても何も進まないということを知るからだ。 少なくとも怒られたくらいで泣く男にはならないで済む。 心は鍛えられたほうがいい。

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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