出張あり!野外シネマが街にやってきた! Travelling Cinema @Thamesmead Texas

Vol.108
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

シネマのモバイル屋台アートバー

「コロナビールを一本ください!」「2ポンド50ペンスになります。」モバイル屋台バーでビールを注文する女性。5月半ばにはロックダウン規制の3段回目の緩和が行われ、ようやく飲食店や娯楽施設もすべてオープンした初夏の英国。成人人口の7割が初回のコロナウイルスのワクチン接種を済ませ、ほぼ5割が2回のワクチン接種を終えたものの、通常に戻ったというわけではありません。屋内ではマスクは必須、人数制限もあり。また、新たなインドのデルタ株が感染を急速に拡大中の今、やっぱり野外の方が安心ですよね。

ところでこのバーなんかちょっと変?サイドの壁には巨大なスクリーン、スピーカーのような音響設備もついているし。なんか映画館みたい?!そう、実はこちら、なんとドリンクバーのついたモバイル野外シネマなんです。ちゃんと車輪もついてる!映画館に行きたいけど屋内はちょっと…。でも出張してくれる野外シネマがあったなら?コロナ禍のそんな需要にまさにうってつけのモバイル野外シネマ。そんな夢のようなシネマのオープニングに早速行って来ました。


Thamesmead Texasのモバイル野外シネマ、トラベリングシネマ

モバイル野外シネマ、トラベリングシネマをオープンしたのはThamesmead TexasのデュオアーティストVanessa Scully & Liam Scully。アイデアが生まれたのはパンデミック以前の2年ほど前、アーティストでデザイナーのAlex Tuckwood とのパブでの会話から。自らも映像作家でもあるスカリー夫妻(Scully & Scully)は取り上げられる事の少ない地域コミュニティに密着した、才能のある映像作家たちを紹介支援できる映画館があったら!とシネマ構想を熱く語ります。二人の想いに同意したアレックス。そして3人は「じゃあ、自分たちでつくっちゃおう!」ということに。

遊牧民のキャラバンからヒントを得たトラベリングシネマは環境に配慮し映像音響設備以外は全てリサイクル素材。廃材の木材を土台にカーテンはトラックの荷台カバーシートの再利用、さらに壁から屋根にかけて約500枚の中古のレコードを施すなど遊び心もたっぷり。

オープニングは二晩に渡り、Estuary Festivalの委託イベントの一つとしてThamesmead Lakeside Centre(第87回で紹介)で行われました。Estuary Festivalは三週間に渡って行われるロンドン極東からケント州にまたがるエスチュアリー(三角江)とよばれるテムズ川河口の入江地域文化の祭典。


上演前のトーク。左からLiam Scully, Daniel Turner, Vanessa Scully, Alex Tuckwood。

訪れたのは二晩目。この日はアーティストでジプシー彫刻家として知られるDaniel Turnerのショートフィルム作品の上演。Turnerの作品は今年のEstuary Festivalのテーマである帝国の遺産、特に領土問題、土地の所有権と人口移動に焦点をあてたもの。また彼の選んだ英国における遊牧民文化を紹介する他の4つのショートフィルムも同時上演。

さて、日没を待っていよいよ上演開始。手作りのデッキチェアーの掛心地もなかなか。こちらのシートもトラックの荷台のシートのリサイクル。5月末とはいえ、夜はまだ10度以下に冷え込むロンドン。みなさん毛布や寝袋持参で準備万端。


Music Video (2018) ©Black Saint

馬が何ともかっこいい!最初の映像はBlack Saintによるミュージックビデオ(2018)。家族のように馬とともに旅して生きる遊牧民たちの姿が生き生きとスタイリッシュに描かれています。


Roads from the Past (2019)  ©Damien Le Bas

全てのヨーロッパの遊牧民=Gypsiesは間違っている!以前からGypsiesという言葉を差別的に使う人が多くいることが気になっていたものの、それが差別語なのかどうかもよくわからん?とモヤモヤしていた霧が一気に晴れた感じ。英国にはGypsies(ジプシー)Roma/Romani(ロマ/ロマ二) Travellers(トラベラー)という遊牧民(総称GRT)がいて、それぞれが異なる祖先、習慣、宗教、言葉や伝統を持っていると図解して丁寧に教えてくれるのはDamien Le Basのドキュメンタリー「Roads from the Past (2019)」。また同じくLe Basのドキュメンタリーで、父親、祖父、そしてその先の先祖から代々受け継がれたタップダンスを踊る少年を追った「Rilley Smith – Portrait of an English Tap Dancer(2014)」もこの後紹介されました。


King of the Gypsies (1995)  ©Shane Meadow

「This Is England (2006)」で知られる映画監督 Shane Meadow。Meadowが20代前半に撮ったのは生まれ故郷のUttoxeterのファイター、Bartley Gormanのドキュメンタリー映画「King of the Gypsies(1995)」。Gormanはグローブなしの(素手で殴り合う)ボクサーでトラベラー。自らをKing of the Gypsiesと呼んで戦い続けたGormanへのインタビューを通してトラベラーの生活、家族との強い絆が浮き彫りになります。


Glamour (2021) ©Daniel Turner

最後はDaniel Turner の「Glamour (2021)」。ターナーは遊牧民のロマニ出身。ターナーは語ります。「現在のThamesmeadはその街が形成される以前はmarshlandとよばれる湿地帯だった。そこは1890年代からずっとロマニの停泊地として使われてきたものだったのだが(街の開発に伴い)1956年には最後のロマニの村落が強制退去させられた。」(1953年には300名以上の犠牲者を出した北海大洪水が英国を襲い、この災害が退去に拍車をかけた可能性は高い)「父方、母方の両家族とも当初はその湿地帯に住み、その後は周辺の町を点々したんだ。自分はちょうど10代のころ現在のThamesmeadの街が建てられていくのを目の前で見ていた。」


シネマを上から見たらこんな感じ。Glamour (2021) ©Daniel Turner

ターナー自身の記憶や家族、祖先の歴史を追うように周辺の地域の地図やThamesmeadの現在の街の姿がカードゲームのように入れ替わります。再開発のために街の象徴でもあるコンクリのタワーブロックが煙を上げながら取り壊されていく現在の様子は、緑豊かな湿地帯がみるみる聳え立つタワーブロックに代わっていった、かつての記憶と重なるのでしょうか。時折現れる水の映像はやがてターナーが子供の頃遭遇した大洪水のように画面を支配しやがて全てを飲み込みます。

「作品タイトルのGlamour(魅力、美貌、性的アピール)って言葉は元々、魔術や呪文が生み出す幻を指す言葉で、特にロマの魔法使いと深い関係があったものなんだ。」

まるでロマのかけた魔法のような晩を提供してくれたThamesmead Texas。でも彼らの旅は始まったばかり。次はどんな魔法を見せてくれるのか。この先が楽しみです。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/http://www.miyukikasahara.com/

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