ゴールデンカムイの謎 その23 7巻66話の「あの屋敷」には開拓民の憩いがあった!

北海道
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

ゴールデンカムイファンの聖地
「北海道開拓の村」

明治後期の北海道を舞台に、日露戦争の英雄とアイヌ少女、さらには脱獄囚に新選組の残党に北海道征服を企む将校が「アイヌの黄金」をめぐりグッチャグチャに相争うサバイバルバトル漫画、それが「ゴールデンカムイ」。

このマンガの魅力を語り出したら紙面がいくらあっても足らないのだが、今回は「建築」について語ってみたい。

ゴールデンカムイの時代背景は明治後期。

日本の伝統が続々と明治の新技術に置き換わっていく過渡期。しかも舞台は開拓期の北海道。新技術と旧弊、成長と零落、あばら家と豪邸が混沌とする時代だ。

ゴールデンカムイは平成後期に連載が始まり令和に完結。明治から数えれば大正に昭和の戦前戦後、戦後高度経済成長を経たのちのこと。いくら「中央をはるかに離れた」北海道とはいえ、戦時中の空襲被害をそれほど受けなかった地とはいえ、その後の開発や老朽化等々で明治期の建築物はそれほど残っていない。しかし明治期の風景を、建物を描写するにはそれ相応のモデルが無くてはならない。

だからこそ、明治期の建物が移築保存されている「野外博物館」は、クリエイターにとっては実にありがたい。ゴールデンカムイの名場面は、それぞれ野外博物館の名建築によって支えられている。

それら名場面・名建築を直に体感できる聖地こそ「北海道開拓の村」である。
 

北海道開拓の村

札幌市郊外、厚別区の丘陵地帯に、昭和58年オープンの野外博物館。北海道開拓が本格化した明治期から昭和初期までの間に建造された建物。支庁舎や新聞社、鉄道職員の官舎、漁場の親方の大邸宅、あるいは原野に分け入った開拓民が仮の宿りに組んだ仮小屋。あるいは寺社に帝国大学の学生寮…

団塊ジュニア以降の札幌市近郊の小学生が、「社会見学」で一度は訪れる教育的現場であり、札幌圏の道産子の幼少期の懐かしい思い出。作者である野田サトル氏も制作イメージ作りに訪れ、幼少期にも学校行事等で訪れていたことは疑いない。

そしてゴールデンカムイファンが当「開拓の村」に分け入ったならば、「あの場面」の舞台にめぐり合いワクワクすることしきりではなかろうか。

 

故郷の伝統を開拓地に伝える
「旧菊田家農家住宅」

さて、今回紹介したいのは開拓の村・農村群に鎮座する「旧菊田家農家住宅」である。
札幌市の東隣、江別市。石狩平野を南北に分断する野幌丘陵のちょうど東端に位置するこの街は、石狩川と千歳川が合流する地点。古くは石狩川の水運で、昭和期以降はレンガをはじめとした窯業、そして昭和後期以降は札幌市のベッドタウン。ゴールデンカムイでは「石狩川の水運」「チョウザメ」「ヤツメウナギ」をネタに海賊房太郎が暴れまわる舞台なので念頭に置いていただきたい。

さて、江別市のうち野幌丘陵の東側、千歳川流域を開拓したのは新潟県出身の民間団体「北越植民社」だった。彼らが原始林に分け入り辛苦の末に開拓が一応の成功を見たのち、村民は故郷・越後の神楽を当地で復活させた。

「旧菊田家農家住宅」は、その新潟県出身者の開拓民の邸宅である。

端正な茅葺き屋根が美しい2階建ての外見。中に入ればセンサーが反応して、自動的に音声が入る。ダン、ダン、ダダダダと太鼓の連打の末に、篠笛が、鈴の音がからみ合う。

越後出身の開拓民が持ち込み、現在は北海道指定の無形文化財に数え上げられる「野幌太々神楽」(のっぽろだいだいかぐら)のお囃子である。曲の旋律から察するに、全体の前奏となる「奉幣」の一場面だろうか。

台所には、大根と油揚げのイミテーション。
座敷には燗酒に煮〆、越後名物の笹団子。

開拓村の秋祭り。
北辺の地でも五感で感じ取る祭りは故郷の越後に通じている。

 

そんな朗らかな光景も、ゴールデンカムイ7巻のおかげで吹き飛んでしまうんですねぇ。

 

熊に追われたアシㇼパ一行が逃げ込んだ農家
中には怪しげな中年男性二人組、そして生首

日高地方を旅する杉元にアシㇼパ一行が訪れたのは北海道酪農会の偉人、エドウィン・ダンをモデルにしたと思しきアメリカ人、エディー・ダンが経営する牧場。

かの牧場では昨今、頻々と家畜の獣害事件が続いていた。ダンから熊退治を請け負った一行だが、老獪な熊に追われ、脱獄囚・白石のミスで弓矢も失い、咄嗟に近隣の農家に逃げ込む。だが屋内に居たのはあまりにも怪しげな、それでいて往年の名俳優を彷彿とさせる中年男の二人連れ…

前門の虎後門の狼、それでも呉越同舟で熊に対峙しなくてはならない。屋外には三頭もの熊がいる。一方の屋内では、とても品行方正なお子様にお見せできない人間模様…

 

ゴールデンカムイ 7巻 画像はamazonから

名場面であるところの7巻

66話「恐怖の棲む家」。

 

70年代の米国製ホラー映画「悪魔の棲む家」をイメージしたと思しきカバーイラストには旧菊田家がある。

悪魔の棲む家 画像はamazonから

開拓民の秋の憩いが…

安らぎが…

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
1974年、北海道生まれ。2004年よりフリーライター。食文化やアウトドア、そして故郷である北海道の歴史文化をモチーフに執筆中。 著書に『図解アイヌ』(新紀元社)、執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社)など。現在、雑誌『時空旅人』、『男の隠れ家』で記事執筆中。

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