豪雨にめげないファーストペンギン

宮城
ライター
KIROKU vol.18
佐藤 綾香

 

折りたたみ傘をちゃんと使いこなせるようになったら、一人前になれる気がする。

そうおもいながらも、わたしは今日、折りたたみ傘を忘れてズブ濡れで仕事をした。

 

折りたたみ傘を持ったのは、数年前のこと。

もともと小雨だったら傘をささなくても全然平気なタイプだが、急な雨に降られたある日、「これは折りたたみ傘があったほうが便利だな」とやっと実感して折りたたみ傘を購入した。

普段から使う習慣がなかった折りたたみ傘を持ち物リストに入れるのは相当な決意がないと「買っただけ」になることがたやすくイメージできたので、あえて値段が高めのものを選んだ。

 

買ったのは7,000円くらいの値がついた折りたたみ傘。

まさに、持ち物リストに入れないと損だ!とおもえるようなものである。

しかもデザインがとても気に入ったものだったから、これで持ち物がかさばっても嫌じゃないし使えるのがたのしみになりそうだな、と感じられる代物だった。

 

最初のうちはお気に入りの折りたたみ傘を使えるのがうれしくてしかたなかったのだけれど、わたしはできるだけ荷物を少なくしたい人間なので「小雨だったら傘をささなくても全然平気なタイプ」が顔を出しはじめ、徐々に折りたたみ傘はレギュラーから外され、自宅で待機することが多くなってしまった。

ところがつい先日、久しぶりになんとなく持ち歩いたら、その日は急に雨に降られて折りたたみ傘が大活躍。

当たり前だが、とても、とても、とても便利だとおもった。

そうしてわたしは、また折りたたみ傘を持ち歩くようになった。

それなのに待ち受けていたのは、ズブ濡れで仕事をした今日、である。

激しい雨が降るかもしれないと聞いていたのでもちろん折りたたみ傘はあったが、少し外に出るだけ、と油断したわたしが甘かった。

お昼休みにATMで用事を済ませるのを忘れてしまい、「激しい雨がくるまえに」と仕事の合間を見計らって休憩がてら10分程度外出したらこのザマだ。

会社を出るときはすでにポツポツと弱い雨が降っていたが、傘をさしてもささなくてもどっちでもいいような様子だった。

激しい雨が降ってきたのは用事が終わって会社に戻るタイミングで、無防備に走って帰るしか選択肢がなかった。

おかげで着ていたTシャツもスカートも、髪の毛も、ズブ濡れになった。

さらにオフィスの容赦ない冷房が直で当たるような席にいるから、ズブ濡れになったわたしにはいつにもまして寒さともたたかう忍耐の時間が待っていた。

 

変わり果てた姿で戻ってきたわたしを見て同僚たちは口をあんぐり開けて驚いたあと、腹をかかえて大笑いした。

「読みが裏目に出ちゃってる!」

「こんなにズブ濡れになってるひと、最近見てなかったな〜!」

「あれ、Tシャツの色が濃くなってますけど、衣装替えた?」

「なんかここまでズブ濡れになってる大人ってかわいそうだな〜!」

 

自分も一緒になってみんなとゲラゲラ笑っていると、そのうちの一人が「次から連絡もらえれば傘持って迎えにいくから、いつでも言ってくださいよ!」とやさしい言葉をかけてくれた。

わたしは「うれしい、ありがとう」と感謝してから「でも今回はね、折りたたみ傘あったのに持っていかなかった自分が悪いんだ」とほんとうのことを打ち明けたら、同僚は「本気でかわいそう!」と手をたたきながら笑った。

 

 

折りたたみ傘を使いこなせないわたしだが、ひとつだけ、今日は誇りにおもっていることがある。

急な豪雨にみまわれて街ゆくひとがモジモジと雨宿りをするなか、わたしはひとり、地面に激しく打ち付けるような雨がビタビタ降っているのをもろともせず、そしてなんの躊躇もなく、もしかしたら魔王でも近くにいるんじゃないかと錯覚してしまいそうな灰色の世界に駆け出した。

それはもう勇ましく。

街ゆくひとには、急な豪雨さえも受け入れる包容力と余裕を感じさせただろう。

その姿はきっと、さながらファーストペンギン。

リスクを恐れないわたしは絶対にかっこよかったとおもう。

かっこよすぎて、誰かのハートを射抜いてしまったかもしれない。

 

そんな武勇伝を同僚たちに語ると、「かっこいいけど風邪ひかないでね」とみんなを心配させてしまった。

ファーストペンギンとはいえ、想定できるリスクを回避できるのなら、やっぱり折りたたみ傘は持ち歩いたほうがいい。

 

プロフィール
ライター
佐藤 綾香
1992年生まれ、宮城県出身。ライター。夜型人間。いちばん好きな食べ物はピザです。

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