映像2024.01.31

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第31回『明けまして、おめでたい人』

Vol.31
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『明けまして、おめでたい人』

▶お芝居を通して人間の多面的な性質に触れられる度:100

男性同士の会話がリアル!男子会に疑似参加したい人におすすめ

世界は今日も、めまぐるしい。
永遠に続くループのように感じることさえも、そのすべてにいつか終わりが来る。
朝焼け、海鮮丼、桃鉄(桃太郎電鉄)、カラオケ、下ネタ、君と話した未来について。
いずれは終わる、青春時代。
かつて自分にも確かにあった懐かしい日々がじんわりと浮かび上がってくるような、あたたかな時間を過ごした。

あまりにもパーソナルな青春映画と言える『明けまして、おめでたい人』は、俳優・山脇辰哉の身に実際に起きた年末の出来事を書き起こしたそうだ。山脇氏は、原案・企画・脚本・主演と、映画の軸を担っている。
自分だけの物語は、じつは皆の物語でもあったりする。彼のパーソナルな出来事から、見る者のアイデンティティを模索しなおすような時間だった。

ヒロインには、Netflix「 Adam by Eve : A Live in Animation 」 、映画『海の夜明けから真昼まで』(2023年)などに 出演する羽音(はのん)。
山脇の妹役に、映画『イルカはフラダンスを踊るらしい』(2023年)、映画『17 歳は止まらない』(2023年)など に出演する、片田陽依(かただひより)。
また、舞台版「明けまして、おめでたい人」から引き続き、秋元龍太朗、⻫藤天鼓(てんご)、齋藤拓海、億なつき、⻘木裕基、岸田百波(もなみ)が出演し、舞台の興奮をそのまま映像に落とし込んでいる。
そして、山脇辰哉の祖母役は、実の祖母である古川和子が特別出演しており、興味深いキャスティングとなっている。

実話ベースに作られていたということもあって、心をえぐるくらいにリアルなセリフや人間関係の絶妙な距離感がきちんと切り取られている青春映画だった。

そしてなにより驚いたのは”まなざしの映画”となっていること。
人間が一言では語りきれないいくつもの顔を持つ生き物であることがしっかりと伝わってくる。
これを演じ分ける山脇氏は、もうお見事だ。

気がおけない友と言葉を交わす際の、少年に戻ったようなおちゃらけた態度。
家族と関わる際の、遠慮がなくなった、身ぐるみを剥いだようなざっくばらんとした姿勢。
そして好きな人と交わす、ホワイトノイズのような優しい声色と庇護欲にあふれた表情。

いくつもの感情をまなざしで演じ分ける。
1人の人間が”誰と接するか”によって、対象が変化したときに見られる多様な顔にハッとするようなリアリティがありおもしろい。
SNSが完全に生活の一部となり昨今、人の一面だけを見て「〇〇な人だ」と即座に判断する場面が増えた印象だけれど、あらためて人間が多面的でいくつもの顔を持っていて、そのどれもがその人であるという普遍的な真実を山脇氏のお芝居は伝えてくれる。
誰と接するかによって、ほんの少しずつだけど、ちゃんと別の顔となっている。
そうだ、これが人間という生き物だ。

また男子会に擬似参加させてもらっているような覗き見感覚がおもしろい。
古くは源氏物語の帚木(ははきぎ)の巻に登場する魅力的な女性論を交わす「雨夜の品定め」、立場や人種の垣根を越え大富豪と使用人となった男が本音を交わす『最強のふたり』(2012)、新たな道に踏み出す友を応援する言葉を交わす『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1998)、インドの未来を担う学生たちが将来への葛藤にもがきながらも生涯の絆を交わす『きっと、うまくいく』(2013)などは男性同士の会話がどのようなものかわたしに教えてくれた。今作も、その時に感じた新鮮な気持ちを更新してくれた。

女性たちといる時には見せない表情、それはほんのすこし下品でもあり、リアルで人間らしく、本音のやり取りが交わされる。
この映画の後半に山脇は、はっとする言葉を、友人から投げかけられる。
ヒリヒリしながらも、同時に気づきをくれる助言だ。
女子会にありがちな女同士の謙遜や遠慮はそこになく、友を思い、飾らないストレートな言葉は、映画を見ている人たちもまるで自分に投げかけられているような気分になるのではないだろうか。ここは友情を描いた作品として一級品だと感じられる確かなシーンだ。

最後に、別れの作法について考えさせられる映画でもあるから奥深い。
人間誰しも理想の自分がいる。やさしい人、あかるい人、おもしろい人。
特に好きな人の前では、こう見られたいという想いが少なからずあるはずで、背伸びした自分を無理して演じてしまう瞬間があるとおもう。
現実の姿とは乖離しながらも”こうありたい自分”で居続けようとするとき、結局本心は伝えられず闇の中に葬られてしまうことってないだろうか。好きな人には優しい姿を見せられたかもしれないが、果たして自分自身には優しくできたのだろうか。
終わりの作法に正解は、あるのだろうか。
この感触を生々しく描ききってくれていたからこそ、共感性の高い作品になっている。

明けまして、おめでたい人。
彼は失ったものと引き換えに「自分の物語」を手に入れたに違いない。

 

 ※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。

『明けまして、おめでたい人』
 3月1日(金)から3月14日(木)UPLINK吉祥寺にて2週間限定ロードショー

山脇辰哉 羽音
秋元龍太朗 斉藤天鼓 齋藤拓海
億なつき 片田陽依 古川和子
青木裕基 岸田百波
柳谷一成 松川遥菜 中島有紀乃 岡田リオス
監督:ウトユウマ
音楽:山岸健太
原案・企画・脚本:山脇辰哉
撮影・グレーディング:佐藤雅樹
照明:志村幸也
録音・音響効果:丹雄二
編集:小笠原風
へアメイク:渡邊夏生
フライヤーデザイン:こんにち博士
場面写真:青木裕基
製作委員会:山脇辰哉の企画
公式Xアカウント:https://twitter.com/akeomebito2022

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。 映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。 映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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