映像2023.09.26

映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第27回『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』

Vol.27
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』

▶意外なヒロイン像!病みも愚痴も全部さらけだすことによる共感度:100

何もしたくない……世の中に疲れたすべての人にオススメ!

 

「赤の他人と、しかもおっさんと暮らすアラサー女性の物語?」

正直、はじめて聞いた時は普通じゃない”特別な経験をした”人の話だと思っていた。
第一印象では、どこかファンタジーのような印象を抱いていた。
でも、これが全然そうじゃない。頑張っているのにうまくいかなかったり、努力が実らなかったり、人生に焦ったりしたことのあるすべての人に見てほしい、見事なまでに自分ごと化できてしまう”私たち”の物語だった。

『人生に詰んだ元アイドルは、 赤の他人のおっさんと住む選択をした』は、元SDN48の作家・大木亜希子による私小説を『月極オトコトモダチ』(2018年)などで今注目の穐山茉由監督が映像化した作品。
そう、実話を元にしている。
元アイドルのどん底アラサー女子・安希子と56歳のおっさん・ササポンの奇妙な共同生活を描く。
恋人でも家族でもない、ちょっと不思議な距離感で生活する安希子はどのように自分を取り戻していくのだろうか。

人生に詰んだ主人公・安希子を深川麻衣さんが、一緒に暮らすことになったササポンを井浦新さんが演じる。

泣いたり笑ったり怒ったり、はたまた絶望したり、安希子というキャラクターは、とにかく感情豊かなキャラクター。深川麻衣さんはどんな喜怒哀楽のグラデーションもこまかな表情を使い分けているため、いつの間にか安希子の苦悩も喜びもとても近い距離で感じるようになり、分身を見ているような気持ちになった。

そして、井浦新さんがまた面白い芝居をしている。井浦さんは正直、とてもかっこいい。
どう考えても‟フツウのおじさん”になれないルックスなはずなのに…家の中でステテコを着て、スイカを食べているその姿は本当によくいるおじさんになっていた。オーラというか華って、消せるんですね……!
俳優、恐るべし。

安希子とササポンの暮らしぶりに、恋愛リアリティショーを見慣れた現代人は驚くでしょう。
男女が同じ屋根の下で暮らすが、そこには一切のときめきはない。
ところが、ササポンとの暮らしは、見ている者にとって治癒力マックスなのだ。
一言で言うと、あらぶっていた心が静まりかえる、鎮静作用の高い時間だった。
わたしはと言うと、何度泣いたかわからない……。
友人の幸せを素直に喜べなかったり、チャンスに懸けていた仕事がなくなってしまったり、かつての恋愛相手のSNSを見て息苦しくなったり、人生にもがき焦りに焦った安希子に放つ、核心をついたササポンの言葉たち。これが、良い……!試写の際に取ったメモは、ササポン語録となっていた。

「必要以上に歳をとったと思わない方が良いよ」

「がむしゃらに頑張って手に入れたものが宝物ってわけでもないでしょ」

安希子が何かしら心の不調があらわれている際に、ササポンの放つ一言は、自分の視点を織り交ぜつつも寛容さと懐の深さが全て詰まっていて……この映画には「見る薬」という言葉を使ってしまっても良いかもしれない。
大木さんの原体験に基づいているのが、やっぱり大きいのだと思う。

近づきすぎず、避けすぎず、人間関係の距離感を見極めることが自然とできているササポンもとにかく素敵だし、ササポンからのなにげない優しさを渡された時に、その優しさを否定しないで素直に受け取る安希子もすごくいい。二人の無理のないやりとりの数々に、人間が愛おしくなってしまった。

また私がこの映画にやられたのは、苦しかったことをさらけ出しまくる安希子の姿……。
やめられない他者との比較、自己肯定感の浮き沈み、搾取されがちなフリーランスの働き方…などなど、劣等感を刺激するものの数多く存在する現代社会。彼女の悩みを通して、今を生きる者の悩みの定点観測ができる一面も持つ作品だ。そして、主人公の抱く苦悩や葛藤の生々しさは、特筆すべきこの映画の”凄さ”だ。
黒い部分も病み切った姿も情けない姿も、全部全部吐き出している。
ここまで正直に自分の弱さと対峙して、真っ直ぐ向き合ったヒロインはあまりいないと思う。

でも、この主人公の凄さは、どんなダサさにも、残念さにも、情けなさにも、全部誠実に向き合ったことにある。
その1本筋の通った人間性が、最終的に実を結ぶ。それがとにかくカタルシスに満ちた作品となっている。
人は切羽詰まると、自分の中に答えがあることに気づけない。この作品は、いつだって自分の中に答えはあることを教えてくれた。
ラストシーンの安希子の表情の晴れやかさよ!ラスボスを倒したと同じくらいの爽快感だった。

”背中を押す”タイプの作品ではない。
でも今年公開して大ヒットした、岡田将生&清原果耶主演で台湾映画をリメイクした『1秒先の彼』や、
完璧じゃなくてもいいことを教えてくれる世界的に記録的ヒットを飛ばした映画『バービー』のように、
価値のある自分でいようとするのではなく、ありのままの自分でもう十分であることを受け入れた先に未来が繋がっていることを教えてくれる映画になっていて、つんドルの生き様に自分の弱さが救われた。
ああ、本当に見てよかった。

 

『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』

深川麻衣
松浦りょう 柳ゆり菜 猪塚健太 三宅亮輔 森高愛 /河井青葉 柳憂怜
井浦新

原作:大木亜希子「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」(祥伝社刊)
主題歌:ねぐせ。「サンデイモーニング」
音楽:Babi
脚本:坪田文
監督:穐山茉由
製作幹事:KDDI 制作プロダクション:ダブ 配給:日活/KDDI

コピーライト:©2023映画「人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした」製作委員会

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。 映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。 映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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