映像2021.09.01

吉野竜平監督作『君は永遠にそいつらより若い』。「佐久間由⾐さんと奈緒さんの仲良い空気が映画にも漂っている」

Vol.31
映画『君は永遠にそいつらより若い』監督
Ryohei Yoshino
吉野 竜平

芥川賞作家・津村記久子(つむら きくこ)の原作を吉野竜平(よしの りょうへい)監督が映画化した『君は永遠にそいつらより若い』。卒業間近の大学生のぐだぐだとした日常と社会に潜む悪意を描いた群像劇です。

主人公の大学生・ホリガイには佐久間由衣(さくま ゆい)、同じ大学に通う一つ年下のイノギには奈緒が扮し、特別でない人を飄々(ひょうひょう)と演じました。今回は吉野監督に、原作ものを映画化するにあたって大切にすべきこと、キャラクターの作り方、映画作りで大事にしていること、などについて語ってもらいました。

 

最初に原作を読んだときの印象を大事にして脚本を作りました

本作品は、芥川賞作家である津村記久子さんの同名小説が原作ですよね。

書かれたのは15年近く前で、6年くらい前に映画にしてみない?とお話をいただきました。初めて原作に触れたときに強烈に惹かれたんですよね。

今考えてみると、主人公は大学生の女の子だし、出てくるのも若い男女だったりするのですが、この物語を進める原動力みたいなものは、恋愛ではない、人と人との関係で成り立っているなと……。

これって「自分をあまり主張しない人たち」の普通の日常に近いなと思いました。もちろん、イノギが抱えている闇はすごく大きいです。でもそれ以外の人たちは、持っている闇みたいなものがそこまで大きくなく普通……だから登場人物の大学生たちと同年代の人はもちろん、社会人をある程度経験した人も、共感してもらえると思います。小さいことでも、仕事や人間関係で悩んだり、葛藤したり、それを打破しようとするのに、年齢は関係ないですから。

原作と映画を比べたとき、一人称で描かれていないこと、登場人物や描かれている出来事などが異なります。どのようにしてこの形になったのですか?

原作は色々なテーマを扱っていて、キャラクターも多いのですが、映画はホリガイとイノギの話を中心にした群像劇っぽく作りました。

原作には描かれていませんが、ホリガイがいない裏で、イノギや吉崎がしていることを具体的に映像として見せていこうと。また、仕事や人間関係に対してどういう風に向き合うのかを大きな柱にしたいと思い、結構書き直させていただきました。原作者の津村さんも早い段階から脚本を見てくださって「小説とは全然違っていて良い」とおっしゃってくれたのもありがたかったですね。

映画の作り手が小説の中にある根底の部分に惹かれて、それを再現したつもりです。

監督にとって初の原作ものです。やってみていかがでしたか?

オリジナル作品とは別の楽しさがあると感じました。

原作を初めて読んだときに、自分の中に強く残った印象を「僕はこう思いました」とプレゼンするイメージというか……そこが面白いな、と。

もちろん覚悟を求められる部分もありますしプレッシャーもあります。原作にはファンがついていて、すでに「映像化されるならこんな風に」と思っている人がいるはずですから。

まずは僕が面白かったところを形にしたいと思ったのが一番ですね。なぜならみんなが見たいと感じた最大公約数で作っていってもどんどん薄まっていくだけですから。僕が思う原作の本質を伝えられたら、と思いました。

 

キャラクターの履歴書を作り、事前にスタッフと役者で共有しました

キャラクターが非常にリアルに感じました。どのようにして作られたのですか?

僕はいつも物語の時系列をすべて書くんです。今回で言うとホリガイとイノギはこのとき何をしているかなって考えて。とくに原作に描かれていない時間、ホリガイだったら牛丼屋でごはん食べているなとか。もうなんでもいいんですよ。そうやって肉付けしていくのがすごく楽しくって。履歴書を書いていく感じです。

映画には一切映らないですが、本棚にはどういう本が並んでいるとか、子供のころの習い事は何なのか、毎週欠かさず見ているテレビ番組は……など、かなり細かく設定を作ります。そしてそれを俳優はもちろん、スタッフにも渡してみんなで共有しています。

その細かい設定により現場でキャラクターの解釈の齟齬(そご)がなくなるのですか?

そうです。演出する側と演じる側でなるべく同じイメージを持っていたくて。もちろん絶対に一致することはないですが、こういうときにこのキャラクターならどんなことを言うんだろう? みたいな疑問はなるべくないほうがいいですし。

実は、映画の現場で時間がかるのは、役者がアドリブをしたときにこのキャラクターはこんな動きをしないのでは? と監督と役者で話し合うことで。それっていらない時間だなってずっと思っていたんです。だって前もってできるわけですから。

事前に監督と役者、スタッフで前もってキャラクターを肉付けしておけば、本番に臨むだけでいいんですよ。

とくに今回は、佐久間さんと奈緒さんがキャラクターの肉付けが非常に好きな方だったのでラッキーでしたが、役者によってそれは必要ないとおっしゃる方もいて……

実際に作り込むより、その人がフラットに演じたほうがいいみたいなときもあるので、これまた難しいのですけどね。でも僕は毎回、履歴書を作っています。

そもそも感情と気分は全く違うものだと思っていて。キャラクターの感情はどういう環境で演じようと変わらないもので、気分は生身の役者が演じるときの環境によって変化してしまうもの。なので感情だけは絶対にブレてはいけないんですよ。それは脚本を書いたときから決まっているので。それさえ共有認識として持っていれば、たとえその日、監督と俳優が話さなくてもそんなにズレることはないと思っています。

ちなみにその“履歴書”はどのタイミングで書かれるのですか?

脚本を書いている段階で、ある程度僕の頭の中にあります。実際に作るのは書き終えた後ですね。

 

体感して身に染みている空気感は映像から伝わると思います

ホリガイを演じた佐久間さんとイノギを演じた奈緒さんに、監督は本読みのときに2人でお茶をしに行くように言ったと聞きました。

そうですね。ホリガイとイノギってすごく仲がいいのですが、正直2人のビジュアルだけを見ると、身長差もあってどちらかというと両極端な印象もありました。そんな違和感をなくしたくて、見て分かるくらい仲良くなってもらおうと思って。その後は2人だけでご飯に行ったりと本当に仲良くなったらしく、その空気感はちゃんと画面から伝わってきて、とてもうれしかったです。

画面からは、目に見えている以上のものが伝わってくるものですよね。

たとえばハリウッドだと、戦争映画で兵隊の役をやるといったら実際に軍隊で訓練をやらせてみる。そこで銃を持ったりして本物を味わってくる。そういった体感として身に染みているものは、じつはすごく大事です。ときおり天才ミュージシャンの役なのに、楽器をそんなに手荒に扱うの? みたいなことってあったりするじゃないですか。そう見えるのは違うなって。人の仕草や空気から感じられるものは大切にしたいと思っています。

最初とラストに「ただいま」というセリフがある映画の場合、見ている人にはこの全く同じセリフが全然違って聞こえてくると思うんですよ。そこまでの2時間、その人の色々な部分を見てきていますから。この受け取り方の違いは、見ている側の感情の積み重ねだと思います。そしてそこにドラマがあるというか……。やはり人間を描くのって面白いですね。

実際に演じられている佐久間さんと奈緒さんをご覧になっていかがでしたか?

佐久間さんのホリガイは現場では本当にお任せでした。ヘラヘラしているちょっとした表情だったりふにゃふにゃしている動きだったりは、もうホリガイそのもので。

奈緒さんは、編集して気づいたのですが、僕が思っていたイノギにプラスアルファをつけてくれていました。それは具体的に言いづらいのですが、仕草だったり雰囲気だったり……。映像を繋げてみて初めて分かったので、本当にすごいなって思いました。

2人や吉崎を演じた小日向星一くんなど、皆さん本当に信頼できる人たちでした。やはり自分で脚本を書いているとそれぞれのキャラクターにすごい愛着が出て、自分の子供みたいな感覚になるんですよ。

それを撮影中、2カ月くらい人に預けるわけですから、やっぱり信頼できる人がいいじゃないですか。そういう意味で、皆さん本当に素晴らしくて、すごくありがたかったです。

 

脚本や監督だけではなく色々な武器を集めたいと思っていました

 

監督は大学を卒業してから映画を学ばれたのですよね。

普通の大学に行ったのですが、なんか肌に合わなかったです(笑)。ヒマだから何かしようと思い、昔から映画を観るのが好きだったので作ってみようかと思いました。でも大学のサークルはなんかノリが合わず……。

で、都内の夜間にやっているワークショップを見つけて通ったら、それが結構楽しかった。卒業のタイミングで就職も決まっていなかったので、親に頼み込み日本映画学校に入って映画の基礎を学んだ感じです。

聞いたところでは、監督コースではなく撮影照明技術コースに行かれたとか。

これは正直、自分の中の貧乏性が出ただけで(笑)。監督コースとか脚本コースとかあるんですけど、どう考えても設備的に一番お金がかかっていたのは撮影コースなんですよ。カメラも高いし、フィルムを現像するのも高いですから。

あと、ちょうど僕が日本映画学校にいたころに、スティーブン・ソダーバーグが自分で撮影・監督していたりして。こういうスタイルがあるんだったら学んでおいたほうがいいと思いました。

とはいえ、技術さんになるのではなく監督になったわけですよね。

武器を揃えたという感じですかね。脚本はなぜか昔から書けると思っていたので、あとは技術を身につければ、出来不出来は別として撮れますから。そこで知ったのは仲間の必要性でした。

僕はあまりコミュニケーションを取るのが得意ではなかったのですが、あのころは人見知りをなくそうと自分から話しかけて。そこで気づいたのは、バリバリの体育会系みたいな人たちは苦手だけど、僕みたいな地味なタイプの優秀なスタッフもいると。そのような人たちとやっていけば成立するのが分かりました。ゲームでいうパーティーを集めていく感じで、仲間を見つけていったんです。

やはり一緒に作品を作る仲間は大切だと。

もちろんです。役者はもちろん、技術スタッフ、美術スタッフ、ヘアメイク、衣装……みんなのアイデアが必要ですから。脚本は言ってみれば骨格標本なんですよ。それに肉づけをして人の形にしていくのはみんなとの作業なので。映画はやっぱり集団で作り上げていくものだと思います。

 

どんなことにも「本当に?」と思い疑ってみると本質にたどり着けます

監督が映画を作る上で大事にしていることを教えてください。

どんなことにも「本当に?」と思うようにしています。大学のときに社会学を学んだのですが、社会学の基本って「疑ってみる」なんですよ。例えばこの作品だと「若者にとって恋愛は大事」と考えて「本当に?」と一度疑ってみる。

そして、なぜそう思うのかを言葉にできるかどうか、が大事です。もし言葉にできないならきっと違うんですよ。疑って、言語化しようとして、ずっと深堀りしていき、最終的に何を大事だと思っているかまで考えていく……。そうやって導き出したものをテーマにしないと、映画の軸としてブレるような気がしています。

ロジックを考えるタイプなんですね。

僕は真ん中に理屈があって、それを感情でコーティングする感じ。これが逆だと、真ん中がスカスカになってしまう。感情はもちろん大事だけど、その軸となる部分はしっかりしていたほうが作品として強いと思っています。あと、そうでないと抽象的になりすぎて、演出側の考えを役者に何も伝えられないですから。

今回は原作ものでしたが、オリジナル作品の場合はどのように脚本を1から作るのでしょうか?

友達と飲みながら話している内容が結構、物語のヒントになったりします。あと、僕はラジオが大好きで良く聞いていて。番組のお悩み相談は知らない世界が覗けてなかなか面白いです。主婦の方はこんな悩みがあるのか……など、これも制作のヒントになりますね。

最後にクリエイターへのメッセージをお願いいたします。

日常を暮らしている中の、ちょっとした感情を見落とさないでください。格好いい、面白いと思ったことをその感情のまま終わらすのではなく「どうして今、自分が格好いいと思ったのか」「なぜ面白いと思ったのか」をちゃんと考えるというか。それが映画のテーマにもなってくるし、自分が興味を持っていることを明確にすることにもなります。そういうストックをいっぱい溜めていくと、それが作品のディテールになっていきます。そうやって素敵な作品を作っていってください。

取材日:2021年7月14日 ライター:玉置 晴子 ムービー撮影・編集:椎名 賢治

 

 

『君は永遠にそいつらより若い』

©「君は永遠にそいつらより若い」製作委員会

9月17日(金)より全国ロードショー

CAST/STAFF
佐久間由⾐ 奈緒
小⽇向星⼀ 笠松将 葵揚 森田想
宇野祥平 ⾺渕英⾥何 坂田聡
監督・脚本 吉野⻯平 原作 津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』(ちくま文庫)
https://www.kimiwaka.com/ ©「君は永遠にそいつらより若い」製作委員会

 

ストーリー
⼤学卒業を間近に控え、児童福祉職への就職も決まり、⼿持ちぶさたな⽇々を送るホリガイは、⾝⻑ 170cm を超える22 歳、処⼥。変わり者とされているが、さほど⾃覚はない。 バイトと学校と下宿を⾏き来し、友⼈とぐだぐだした⽇常をすごしている。 同じ⼤学に通う⼀つ年下のイノギと知り合うが、過去に痛ましい経験を持つイノギとは、独特な関係を紡いでいく。 そんな中、友⼈、ホミネの死以降、ホリガイを取り巻く⽇常の裏に潜む「暴⼒」と「哀しみ」が顔を⾒せる…。

プロフィール
映画『君は永遠にそいつらより若い』監督
吉野 竜平
1982年生まれ、神奈川県出身。法政大学在学中にニューシネマワークショップを受講し、映像制作を開始。大学卒業後、日本映画学校にて撮影照明技術を専攻。2012年には、カルト宗教にのめり込む親子を描いた初長編監督作『あかぼし』を発表。『スプリング、ハズ、カム』(15年)では、どこにでもいそうな父娘のありふれた一日を温かいまなざしで切り取って話題を集めた。第39回モスクワ国際映画祭に出品された『四月の永い夢』(18年)では共同脚本を担当。家族の再生を描いた『ミゾロギミツキを探して』(18年)では、静かだが力強さを持ったユニークな社会派作品に挑戦した。

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP