人の心を動かすものはすべて観察から始まる。世の中の空気の流れを察知することがヒット作を生む秘策です。

Vol.175
テレビ東京 制作局 プロデューサー・ディレクター
Hiroki Takahashi
高橋 弘樹

『家、ついて行ってイイですか?』をはじめ斬新で多くの人を魅了するヒット番組を演出している、テレビ東京のプロデューサー、高橋弘樹(たかはし ひろき)さん。一般人の意外な素顔が楽しめる番組はどう生まれたのか、制作するうえで大事にしていることは何なのか、ご自身が学んだことを、自らの体験とともに教えてもらいました。

他人と差別化するための“武器”を求めて制作局に

©テレビ東京

『家、ついて行ってイイですか?』のディレクターとしても知られる高橋さんですが、テレビマンを目指したきっかけは何だったのですか?

テレビ局を意識したのは就職活動からなんです。大学時代は、「将来、何かものづくりをしたいな」くらいしか思っていなくて……。ただ文系だったためエンジニアにはなれないので「ものを作って、それを形にして世の中に送りたい」と考えるようになりました。テレビならこれまでも見ているし、台本も書けるし、何よりも面白そうだったので、テレビ業界も視野に入れたという感じです。実は普通に銀行も受けたし公務員も考えていたんですよ(笑)。

確固たる強い意志があって目指したわけではなかったのですね。

たくさんある職のうちの一つでしたが、就職できたらやりたいことはありました。実は報道志望で、自分で調べたものをドキュメンタリーにしたい気持ちがあったんです。高校時代にドキュメンタリーを見る機会が増えて、なかでもNHKの中国を扱った番組にすごく感銘を受けました。その影響で大学で中国語を学んだりして(笑)。そのように、番組と出会ったことで心が動いて、新しい興味を抱かせるドキュメンタリーに憧れました。ただ、入社後はバラエティー番組を作る制作局を希望しましたが……。

そこには理由があったのですか?

これは個人的な戦略ですが、僕は人生の選択をするときに「他人と差別化をするためにはどうすればいいか?」を考えていて。今思えば違うかもしれませんが、入社当時僕がもっていたジャーナリストのイメージは“受動的”で、事件が起きたり社会問題が勃発してから現場に行って、レポートしたり番組を作っている印象でした。自分はそうじゃないジャーナリストを目指したいな、と思っていて……。それなら“能動的”にものを作るスキルを身に付けてから報道を目指そうと考え、企画書を出してゼロから番組を作っているバラエティー番組のディレクターになろうと。平たくいえば、何か自分の“武器”を作りたかったんです。そしてそこに入ったらすごく楽しくて、結局15年もバラエティーを作っています(笑)。

自分の半径5m以内にも、見たことない世界は広がっている

©テレビ東京

市井の人の生活がのぞける『家、ついて行ってイイですか?』は、テレビ東京を代表する人気番組ですが、誕生のきっかけを教えてください。

初めは、「あなたの奥さん、夜中に見せてくれませんか?」という趣旨の企画を立てました。実はあるとき深夜に知り合いの家に行き、そこの奥さんのすっぴん(素顔)を見たんですが、かなり衝撃的で(笑)。

それまでアマゾンの秘境の原住民や行ったことない絶景を映すのがドキュメンタリーでありテレビだと思っていたのですが、まさか自分の半径5mくらいに見たことのない世界が広がっているなんて(笑)。

企画の種といえばこれですね。ただ、編成のほうから「面白いけど、もう少し幅のあるものにしたら?」と言われて練り直して、一般の方の素顔や生きざまを垣間見られるものにしました。

高橋さんでも企画を練り直していくのですね。

企画の種というのはそのまま通らないことが多いです。自分が面白いと感じたことを視聴者のニーズに合わせてみたり、会社の立場でリスクマネージメントして、より多くの人に楽しんでもらえるものにしていきます。これは皆同じだと思いますよ。

『家、ついて行ってイイですか?』のように自分で企画を立ち上げてプロデューサーとディレクターを兼ねる番組と『空から日本を見てみよう』のようにディレクターとして参加する番組は何か違いはありますか?

全然違います。ディレクターで入る場合は、プロデューサーが何を描きたいのか、この企画の根本の魅力がどこにあるのかを探すようにしています。そして特に気にしているのが、プロデューサーが何となく面白いと思っていることで言語化ができてなかったり、意識と無意識の境目くらいにしか出てきていない“番組の面白味”はどこにあるのかということです。それらを引き出してプロデューサーに「これだよ!」って言ってもらえるのが快感ですし、他の人に頼むのはそれを求めているのかなと思っています。クライアントワークの発想に近いのかな? 魅力の根源を観察して見いだしたうえで、ズレない程度に自分のトーンややりたいこと、面白いと思うものを提案してプラスしていく。視線は視聴者の代表であるプロデューサーに向いています。対して自分の番組のときは、自分が向ける視線の先は、完全に視聴者とスポンサーになります。ただ、これが難しくて……。視聴者というのは基本的にサイレントなんですよ。もちろん近年はTwitter(ツイッター)などのSNSで発言は見られますが、その盛り上がりと視聴率がイコールかといえば意外と乖離(かいり)していて。そんな、ものを言わない多くの視聴者に楽しんでもらえることを想定して対話する必要があります。常に「マスって何だろう?」と思いながら作業していますね。

マスを知るために必要なことは何だと思いますか?

世の中の空気や時代の流れを少しでも理解するよう努力することです。震災や現在のコロナ禍もそうですが、起きる前と起きた後では、空気が変わっています。その、目に見えない空気を察知して、どう対峙(たいじ)していくかが、かなり重要です。とはいっても時代の空気におもねるわけでなく、その空気が不健全だと思ったらそれを吹き飛ばすものを作ることも、作り手の使命です。これはバラエティーだけでなくドキュメンタリーも、コマーシャルも、文筆も同じでないでしょうか? 時代が求めているものは何なのか、それを知って寄り添っていくことが大事ですね。

時代の空気がヒットの鍵! 空気を読むために周りの観察が大事

“世の中の空気を読む”ことはヒット番組を作るうえでも大事だと思いますが、そのスキルはどのようにして養われたのですか?

やはり入社後に就いたAD(アシスタントディレクター)の仕事が大きかったです。(今ではそんなことはないんですが、)当時はまだADといえばプロデューサーやディレクターの使い走りのような存在で(笑)。それこそ上司が今何を求めているのか、どうしたら面白いと思ってもらえるのか、機嫌がいいのか、悪いのか……など、常に考えていました。そしてそれをうまくこなすためには、観察しかない。表情や口調、醸し出す雰囲気などを察知して、求めている答えを出していく……。

当時はどこまで分かってやっていたのか……、でも今考えると大切なことを学んだと思います。ちなみにこの感覚はテレビマンにとってはすごく大事で、この“上司”が取材対象者であり、視聴者なんですよ。

観察が大事ということですね。

バラエティーもドキュメンタリーも観察が全てだと思います。観察することによって違和感や面白いと感じるところが出てくるので、バラエティーだと笑いに変えていったり、ドキュメンタリーなら違和感からその人の価値観をひもといていったり、正義という目を持って悪事や責任を追及したりします。すべて同じ。ちなみに『家、ついて行ってイイですか?』の場合だと、取材対象が一般の方なので、自分の魅力や特徴を語るのが上手な人ばかりではありません。だからこそ違和感に気付ける観察眼が必要となってきます。

『家、ついて行ってイイですか?』は大人数のディレクターがそれぞれ取材していくスタイルをとっていますが、その観察眼がブレたりしませんか?

会議という名の試写を週2回、6時間程度行っています。撮ってきて編集された素材を見て、他のディレクターと議論する。そこでブレていないか、その方向性が正しいかを判断します。あと根幹となる最低限の番組の価値観やトーンは、共通認識として持っています。そこがブレなければ、ある程度リカバリーできるので。ちなみにこの番組の当初から決めていることの一つに、「その人の生きざまや言っていることを否定しない」があります。ありのままの姿を見せていただくのだから、その人がどんな自堕落な生活をしていようと文句を言う筋合いはないんですよ。その強い意志はスタッフと共有しています。そして、それが取材対象者に伝わるように取材しています。もちろん言葉ではなく、姿勢として示していくのですが。それができているから、(今も)番組が続いているんだと思います。

クリエイターは、面倒くさい細かい作業をいとわないことが大事

テレビ東京は視聴者(のニーズ)に寄り添った番組を多く作って人気ですが、局員として局の魅力は何だと思いますか?

フットワークの軽いところですね。先ほどの話ではないですが「テレビは、新たな空気が生まれたらどれだけスピーディーにその流れに乗るのか」ということが大事なので。テレビ東京は規模が小さいということもあり、その対応は早いです。特に近年は、時代の流れが早くなっているため、スピード感は本当に大切です。あと、自分たちでカメラを回して編集できる人間が多いのも特徴です。

今回のコロナ禍のようなときにはそれが生かされていますから。テレビ東京は、比較的にADの頃から自分でカメラを回すのですが、実はこれができるのは大きな武器なんですよ(もちろんすべて自分でやらずにプロのカメラマンにお願いすることの方が多いですが)。絵(映像)が見えているのと見えていないのと、カメラや三脚の性能を知っている人と知っていない人とは違いますから。これを若いうちから身に付けられたのはありがたかったです。

高橋さんが考えるクリエイターにとって大事なことは何でしょうか?

労力をいとわないことです。大量の面倒くさいことと細かい作業の中にしか、真のクリエイティブはないと思っています。テレビのディレクターと聞いてどういうイメージを持たれるかは分かりませんが、僕なんて長時間部屋にこもって、パソコンの前で数百カットを1カットずつ見て行って、1/29秒(テレビ映像は1秒が29枚の静止画からできている)をどうやって削れるかばかり考えています。もちろん企画を考えているときも同じで、リサーチをしたり何が面白いのかを追求したり……。自分の思っていることを世の中に問いたいと思っているクリエイターなら、細かい作業をきちんとやらないとダメですよ。あと「この問題に興味を持ってもらいたい、楽しんでもらいたい」という思いも必要。特に芸術家ではないエンタメのクリエイターは、人に楽しんでもらいたい思いがなければ、伝えられないと思います。

その思いを維持するためにはどうしたらいいのでしょうか?

挫折や不幸せな経験をたくさんすることです。ちなみに僕は“イケメンはつまらないものしか作らない”説を唱えています(笑)。暴論ですが、彼らはわざわざ苦労して面白いことを考えなくていいんですよ。だって存在自体が人を喜ばせられるじゃないですか。

“それほどでもない人”の場合は、苦い思い出を真正面から味わって、その経験を心に貯金していくんです。クリエイターのオイシイところは、積み重ねた負の遺産がいずれ換金できるということ。

嫌な経験から目を背けず、周囲の観察も続けることで武器が増えていく。何事も経験だと思います。

取材日:2020年4月28日 ライター:玉置晴子 ムービー撮影:高橋弘樹 編集:遠藤究
※オンラインにて取材

 

プロフィール
テレビ東京 制作局 プロデューサー・ディレクター
高橋 弘樹
1981年生まれ、東京都出身。2005年テレビ東京入社。制作局でドキュメントやバラエティーなどを制作。『家、ついて行ってイイですか?』『吉木りさに怒られたい』『ジョージ・ポットマンの平成史』などでプロデュース兼演出、『空から日本を見てみよう』『世界ナゼそこに?日本人』などで演出を担当。著作に『TVディレクターの演出術 物事の魅力を引き出す方法』(ちくま新書)、『敗者の読書術-圧倒的な力の差をくつがえす発想法』(主婦の友社)、そして『1秒でつかむ「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術』(ダイヤモンド社)などがある。※リンクから購入できます。

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