グラフィック2024.03.27

一度は手放した漫画家の道。「ゾワワの神様」の作者が語る、王道ではない“夢の叶え方”

Vol.221
漫画家
Keita Uehara
うえはら けいた

子ども時代に思い描いた、将来の夢。年を重ねるにつれ「現実的ではない」と、心に蓋をした経験はありませんか。

今回お話をうかがうのは、漫画家のうえはらけいたさん。広告代理店で働く新人コピーライターのエピソードを描いた「ゾワワの神様」では、SNSを中心に多くの共感の声が上がっています。2020年に漫画家デビューをはたしたうえはらさんですが、実は過去に漫画家への夢を諦めた経験があります。

一度は夢を手放したうえはらさんが、漫画家の道を歩めたのはなぜなのでしょうか?自分の本心との向き合い方、夢を叶えるキャリアの作り方について、詳しくお聞きしました。

漫画家の夢を手放した理由は、大人からの言葉

本日はうえはらさんに、夢を叶えるためのキャリアの作り方について伺えればと思っています。まずは、漫画家を目指したきっかけを教えていただけますか?

漫画家という仕事を初めて意識したのは、小学生の頃です。僕は、体が弱くて家にこもりがちな子どもでした。本を読んだり、テレビを見たり、家の中で過ごすことが多くて。

時間を持て余している時に、親が『鉄腕アトム』を持ってきてくれたんです。夢中になって読んで、そこからいろいろな漫画の絵を模写するようになって……。ぼんやりと「僕も漫画家になるのかな」と思うようになりました。

子ども時代に抱いたその夢は、いつ頃まで持っていたんでしょうか?

中学にあがる頃には、もう漫画家になることは現実的ではないと思うようになりました。小学6年生の時に、母から「漫画家は限られた人しかなれないから、きちんと就職したほうがいい」と言われたんです。わりとキツめに、説教のような形で。

親の言葉って、子どもには真実に聞こえるんですよね。母の意見を受けて、僕も「親が言うなら、そういうものなのか」と思ってしまったんです。

子ども時代にかけられる大人の言葉は、たしかに重みがあると思います。大人の言葉を無視して夢に突き進むのも、簡単ではないですよね。

そうなんですよね。母の言葉を受けたあとも、心に「絵を描きたい」という気持ちはありました。漫画家になれないとしても、なにか絵を描く仕事に就きたいなって。
大学受験の時期に、美大進学も考えたことがあります。ただ、その時も担任の先生から「美大志望の子たちは、もっと前から準備している」と指摘を受けました。
今思えば、浪人する方法もあったんですけど。当時は「先生がそう言うなら、無理なんだろうな」と、美大進学も諦めてしまいました。

美大を諦めてからは、どのように自分の道を選択したんでしょうか?

せめて創作に関しての勉強をするために、大学では人文科学科を専攻しました。人文科学科とは、まぁ文学部に近いものですね。人が作り上げた文学や芸術を学ぶ学問です。

ただ、大学時代も、なんだかんだ絵を描いていました。学園祭の実行委員として、パンフレットに載せる絵を描いたり。就活時も「なにかを作る仕事がしたい」という気持ちがあり、広告や出版関係の仕事に応募して。結果的に、博報堂に入社できました。

博報堂に入社後は、コピーライターとして配属されました。当時のエピソードは、フィクションで色付けしたうえで「ゾワワの神様」で発表しています。

デザイナー講座の受講で動きはじめた、漫画家への道

お話を聞いていると、うえはらさんは現実的に物事を考えるタイプに見えます。一方で、博報堂を退職して美大に編入する思い切りのよさも持っていますよね。

美大に編入したことも、理由を紐解いていくと現実的なんです。会社を辞めて美大に行こうと思った理由は、全部で3つ。一つめの理由は、絵を描く仕事が身近になったからです。

博報堂では、コピーライターとデザイナーの距離が近いんです。二人一組で動くことも多く、目の前でデザイナーの仕事を見る機会もたくさんありました。

昔は、クリエイティブ系の仕事は自分とは違う世界にあると感じていたんです。デザイナーと一緒に働くうちに、創作活動が自分の世界と地続きになったんですよね。

遠い世界にあった「作る仕事」が、自分の世界と繋がったんですね。二つめの理由は……?

二つめは、社内デザイナー向けの養成講座を受けたことです。実は上司に「絵を描く仕事がしてみたい」と話していたんですよね。デザイナーしか参加できない講座でしたが、コピーライターの僕も講座を受けられるよう、その上司が推薦してくれました。

講座では、実際に自分でポスターを作りました。そのポスターの評価が、意外と周りから高くて。講師の人からも「デザインってこういう世界なんだよ」と教えてもらったことで、自分も絵を描く世界でやっていけるかもしれないと思えたんです。

やりたいことを周りに話しておくのは、夢に近づくために大切なのかもしれないですね。

本当にそうだと思います。自分の意思を示すことで、周囲の人が学ぶ機会を与えてくれることは今までも多くありました。

会社を辞めて美大に編入した、三つめの理由を教えてください。

最後の理由は、一番現実的です。デザイナー向けの養成講座をきっかけに「絵を描く仕事をするために、美大に行きたい」と思えたものの、その時点で26歳。美大には(編入して)2年通うつもりだったので、卒業後は28歳です。

美大を卒業したあと、もし絵を描く仕事で食べていけない場合は、デザイナーとして働こうと思っていたんですよね。すぐに動けば、就職することになってもギリギリ20代のうちに転職活動ができる。そう思って、時期を延ばさず退職を決意しました。

なるほど……!うえはらさんは、アクションを起こすための理由を、自分自身で作っているように見えます。

僕は臆病というか……、ビビリなので(笑)自分を説得できる理由がないと、勇気を出せないタイプなんだと思います。

美大に編入して、自分の中でなにか心境の変化はありましたか?

美大に行く前は「絵を描く仕事がしたい」という気持ちが、美大に通う人たちと交流するうちに、自然と「漫画家になりたい」になっていきました。

僕は今まで打算的で、漫画家の夢も親や先生の言葉で諦めていました。でも、美大には「やりたいからやる」という人がたくさんいるんです。周りも笑わず、むしろ肯定してくれる。

そんな美大生の姿を見ているうちに、安全圏で生きるためにデザインを仕事にしようとしている自分が恥ずかしくなってしまって。自分の本心は、漫画が描きたい。じゃあ、描いたらいいじゃん!と、ようやく素直に思えたんです。

美大の卒業制作で描いた漫画が、人生で初めて描いた漫画だったんですよね。実際に描いてみて、どうでしたか。

大変でした! 漫画を描くことって、こんなに難しいんだと思いました。最初の3話分ぐらいしか書き終わらなかったです。それでも楽しくて、描いてよかったと思いました。

美大卒業後、うえはらさんは博報堂にデザイナーとして戻っています。卒業後、そのまま漫画家になろうとは思いませんでしたか?

それは、卒業制作と就活の順序が関係しています。卒業制作をきっかけに「漫画家になりたい」と自覚しましたが、その時点で既に就活が終わり、博報堂の内定が出ていたんです。

内定辞退するのも申し訳なく、その勇気もなく。働きながら漫画を描くつもりで、卒業後は再び会社員として働きはじめました。ただ、想像以上に業務に追われて「仕事を取るか?漫画を取るか?」というジレンマに直面してしまい……。

もうその頃には漫画家への夢が再熱していたので、上司に相談のうえで退職することになりました。とはいえ、すぐに漫画で食べていけるわけではなく。そのあとは副業OKの会社で働きながら漫画を描き続け、2020年に漫画家として独立しました。

「高い崖は、階段にする」スモールステップの重要性

先ほど「僕は臆病なので」とご自身について話していました。一歩ずつ着実に進んでいるように見えるうえはらさんですが、環境を変える際はやはり不安もあったんでしょうか?

もちろんです。自分に自信はないし、人と比べるタイプだし。大きな一歩を踏み出す勇気がないからこそ、安全に進めるように自分で道を作っているんだと思います。

「ゾワワの神様」でも、優秀な同期と自分を比べて、主人公が落ち込むというエピソードがありました。この主人公には、うえはらさんの気持ちも投影されている?

そうですね。多少の色付けはしていますが、主人公には自分の性格を深く投影しています。人と比べて落ち込むことなんて、今でもありますよ。「ゾワワの神様」にもあるように、相手の優秀さを「天才だから」で片付けたくなることも、やっぱりある。

でも、キラキラした人を羨むだけだと、相手との差がただの崖になってしまうんですよね。「こんなに高い崖、自分には越えられない」と思ってしまう。

そう思ってしまった時、うえはらさんはどのように気持ちを切り替えますか?

夢に近づくための行動を、細かく分解することが大切だと思います。崖を一気に登ろうとせずに、やることを細かくして、階段にするんです。僕であれば、会社員時代にデザイナーと話したことが階段の一段め。二段めは、デザイナー講座に通ったことかな?

自分が登りやすいように崖をならして、階段を作る。一段ずつ上がっていけば、「絶対に届かない世界」なんて実は少ないのではないでしょうか。

自分が目指したい「一番上」を見るだけでは、その高さに心が折れてしまいそうですよね。

実は、小学生の頃『北斗の拳』の作者である原哲夫さんの職場を見学させていただいたことがあるんです。原さんのお子さんが、僕の小学校時代の同級生だった縁で。

原さんの職場って、すごいんですよ。社長室のような大きな机がどーんとあって、豪華で貫禄のある雰囲気でした。日本を代表する漫画家である原先生の凄さに気圧されて、心のどこかで「僕に漫画家は無理かも」と感じてしまった気がします(笑)

崖を階段にする重要性がわかるエピソードですね……!すでに単行本も出版されているうえはらさんですが、今後「こういうことがやりたい」という夢があればお聞きしたいです。

いつか、漫画家が集まるシェアオフィスを作りたいです。会社員時代は同期やデザイナーとの関わりが刺激になり、美大時代も周りからやる気をもらっていました。僕は漫画家の知り合いも少ないし、近い場所で切磋琢磨できる人がいないんですよね。

トキワ荘では、手塚治虫先生や藤子・F・不二雄先生たちが下積み時代を過ごしました。仕事に集中したり、誰かに相談したり、雑談したり。漫画家同士が関わりながら夢を追いかけられる場所があれば、きっといい刺激が生まれるのではないかと感じています。

それでは、最後に「やりたいことがある」と思いながら一歩を踏み出せない人に、うえはらさんからアドバイスをいただきたいです。

大きな方向転換は、僕的にはおすすめしないです。やっぱりリスキーだし、勇気も必要だし。「勇気がないなら夢を諦めなくてはいけない」なんてこと、絶対ないです。

僕は、すぐに漫画で食べていこうとせずに、会社員としての道も残しました。人生に保険をかけるのは、悪いことではないと思いますよ。むしろ別の道もあるからこそ、安心して夢にチャレンジできるのではないでしょうか。

小さな一歩で済むように、小さく行動してもいい。漫画で考えると「1日1ページ、SNSに漫画をアップしてみる」とかもありですよね。一足飛びに夢を叶えようとせずに、じわじわと少しずつ夢に近づく方法もあるんだと、ぜひ知ってほしいです。

取材日:2024年1月17日 ライター:くまの なな スチール:幸田 森 動画撮影:指田 泰地 動画編集:遠藤 究

プロフィール
漫画家
うえはら けいた
1988年生まれ、東京都出身。大学卒業後は株式会社博報堂に入社。コピーライターとして5年間勤めたあとに、2016年に多摩美術大学に編入学。大学卒業後はデザイナーの仕事をする傍ら漫画を描き続け、2020年に漫画家として独立。代表作として「コロナが明けたらしたいこと」「ゾワワの神様」がある。
X(旧Twitter):@ueharakeita
note:https://note.com/keitauehara/

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