全社員が、残業0、休日出勤0のストレスフリーな会社を目指す
宮城県仙台市を拠点に、Web・システム開発とゲームデザインの2軸で事業を展開し、急成長を遂げている株式会社NIXE(ニクス)。ゲームの開発から、デザイン、運用までワンストップで担える体制を構築し、地域のゲーム産業の旗手ともなった土井康裕(どい やすひろ)社長に、創業から現在に至るまでの軌跡、そして今後の展望などについて話を伺いました。
飛び込み同然で、新規開拓を続けてきた
会社創業までの経緯を教えてください。
もともと、私は自動車整備学校の出身で、20代前半はトラックの運転手をしていました。しかし、業界や職種の将来を見据えた際に、明るい展望を描けなかったんです。
では、どういった仕事に未来があるかと考えたところ、IT業界、プログラマーが思い浮かびました。2000年代前半はガラケーで着メロが隆盛を極めていて、こんなサービスを将来自分でも立ち上げたいと思って、プログラミングを独学し、システム開発を行っている会社にプログラマーとして就職しました。そこで、5年ほど実務経験を積んで、独立したという流れです。
何か大きな転機があったのでしょうか?
きっかけは人との出会いですね。開発案件を受注しては、エンジニアと組んで回していたフリーの営業マンと出会い、その人から仕事をもらうようになりました。副業のような形でスタートしたのですが、一緒に東京でのミーティングに参加することなども増え、これだけ仕事量があるならば独立しても十分にやっていけるという手応えをつかめました。
そこで、独立して会社を立ち上げると決めたところ、「では、私が営業するから一緒にやっていきませんか?」と言われて、2人で創立したのがNIXE(ニクス)です。
では、設立当初から東京の案件を取ってきて、仙台で制作するスタイルだったのですね?
そうですね。とはいえ、肝心の顧客開拓が最初はうまくいきませんでした。営業が数社にコネクションを持ってはいましたが、私の方はほぼ0。営業先となる会社にメールを送って「明日なら会える」と言われたら、翌日のスケジュールを調整してでも仙台から東京に駆けつけるような、飛び込み同然で、新規開拓を行っていきました。
事業内容について伺います。当初はご自身のプログラマー経験をベースにしたWeb・システムの案件が中心だったと思うのですが、ゲームの案件はいつ頃から手掛けたのですか?
実は、設立3カ月目にソーシャルゲームの追加開発と運用の話が来たんです。ゲームの開発など経験もありませんでしたし、当時は全く頭になかったのですが、営業をしていた会社の知り合いからの打診だったので、「やってみます」とチャレンジしたのがきっかけで、ゲームの世界に入っていくこととなりました。
人は得意不得意があって当たり前だということを意識したマネジメントを
現在の会社の組織構成を教えてください。
現在約30人のスタッフで、デザイン部とシステム部に別れており、ディレクター、プランナーがいるような構成です。営業は基本的に私が一人で担っている状態です。幸いにも今のところはキャパオーバーの仕事量を引っ張ってこられるので、先々もっと人が増えていったら分かりませんが、しばらくは、営業は私一人の体制で考えています。
設立時は、社長はエンジニアという立場だったと思うのですが、営業に専念されるようになったのはどのような理由からですか?
仕事量が増え、人数も増えていったことに伴い、仕事を任すことができるようになったことから4、5年前から徐々に開発の現場を離れるようになり、その分営業と管理業務に専念するようになりました。今でも現場が忙しいのが見えると、プログラミングを手伝おうかと思ったりもするのですが、スタッフの方がスキルが高くなっていますし、信頼しているのでそこは思うだけに留めています。
スタッフをマネジメントしていくうえで、どのようなことを心掛けていますか?
一人一人のスタッフに対して、重く感じさせない仕事量を任せるように心掛けています。
よくマネージャーたちに、「Aという人とBという人は、(そもそも)違う人間なのだから、得意な分野も異なるし仕事量の感じ方も違う。それを理解しないで同じ仕事量を与えて、AはできてBはできないという評価をしないように」とは言っていますね。私自身もエンジニアとしては、得意分野がはっきりしているタイプでしたし、人には得意不得意があって当たり前だということを意識して、高いパフォーマンスを発揮できる得意な分野を任せるようなマネジメントを心掛けています。
例えば、電話を取ることが苦手ならそこは無理をさせません。
また、コミュニケーション力を重視する会社が多いですが、うちではエンジニアやデザイナーにはそれは重視していません。そもそもゲームやアニメが大好きな人たちには、対外的なコミュニケーションが苦手だという人は少なくありません。その分、プログラミングや絵を描くことに没頭できるのだと思います。フロント対応は私やディレクターがすればそれでいいと考えています。
NIXEの強みを教えてください。
システム開発とゲームデザイン両方の部署を持っている会社はそう多くありません。3DCG(3次元コンピューターグラフ一クス)や2D(2次元)アニメーションは特化した分野なので、ほとんどのゲーム開発において、個別に発注されるケースが多いのですが、うちはそれをワンストップで担えることが最大の強みです。
隣リ合わせで相談しながら仕事をしているので、デザイン会社が作ったモデリングがうまく組み込めないといったことは、起こりませんね。
東京に行かないと仕事がないと考える人たちの雇用の受け皿に
何か新しい事業展開は考えていますか?
現在はほぼすべてが受託開発になっていますが、今後は自社コンテンツの開発にも取り組んでいきたいと考えています。アプリになるのか、ゲームになるのか、全く分かりません。ですが、私のアイデアも社員のアイデアも同列に並べて、基本的には社員がやりたいと思うことを重視する方向性で、皆で進めていこうと思っています。
NIXEをどんな会社にしていくか、ビジョンを教えてください。
IT企業あるあるですが、社員にかかるストレスが非常に高い会社が多いと思います。うちは残業0、休日出勤0を掲げていますが、見えないところでマネージャーたちが自宅に仕事を持ち帰っていたり、時間外に対応していたりすることもあります。それを0になるよう改善し、ストレスフリーな会社にしていきたいです。
また、まだまだ社員は増やしていく予定で、今年中には40人規模にしたいと考えています。仙台にいたいのに東京に行かないと仕事がないと考えている人たちの雇用の受け皿になりたいという思いもありますので、近い将来には100人規模まで持っていきたいですね。
仙台拠点で、不利を感じるところはありますか?
ゲーム開発に関していえば、案件自体は基本的に仙台で発生することがなく、東京に集中しているので、営業で自分が行き来しなければいけませんが、新幹線で1時間半の距離なので大きな不利は感じません。ただ、エンジニアが取引先に常駐を求められる案件も多く、その点については不利ですが、マネージャーが2週間程度常駐する程度のことは、割り切って考えていますね。
最後に若いクリエイターへのメッセージを。
手掛けてみたいビッグタイトルなどが仙台にはないと考えている人も多いと思いますが、徐々にそういった構図も変わっていて、仙台でもできる仕事が増えています。
当社でも、開発はソーシャルゲームをメインにUnity(ゲームエンジン)やネイティブアプリもやりますし、デザインはコンシュマーゲーム(家庭用ゲーム)も手掛けています。新たな言語などを常に勉強し続けなければいけない仕事ですが、現時点のスキルが未熟でも向上心があれば活躍できるようになれます。
取材日:2020年5月15日 ライター:高橋 徹
※オンラインにて取材
株式会社NIXE(ニクス)
- 代表者名:代表取締役 土井 康裕
- 設立年月:2013年6月
- 資本金:300万円
- 事業内容:ウェブサイト制作事業、ソーシャルゲーム開発・運用・企画、3DCG・2Dアニメーション制作およびイラスト制作
- 所在地:〒980-0811 宮城県仙台市青葉区一番町4-7-17 SS仙台ビル4F
- URL:http://nixe-inc.com/