技術とビジネスの架け橋へ VRChat発スタートアップが拓くメタバースの真価
日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)でセキュリティコンサルタントを務めた中村 峻遥(なかむら としはる)さんは、VRChatで出会った仲間たちと株式会社Butterfly Dream Labを立ち上げました。同社はVRChatの外部連携システムやデータ分析・アンケート基盤を開発し、企業のメタバース活用を支援しています。代表取締役である中村さんに、起業までの歩みやプロダクト開発、今後の展望を伺いました。
異色のキャリアから生まれた「技術とビジネスの架け橋」

起業までのキャリアや背景についてお聞かせください。
大学では哲学科に所属し、論理学を深く学んでいました。もともとかなりのパソコンオタクでもあったのですが、大学卒業後は日本IBMに就職し、セキュリティコンサルタントとなりました。
セキュリティコンサルタントの仕事は、単に技術を知っているだけでなく、サーバーからOS、ネットワーク、運用・開発フェーズに至るまで、ITの全域をカバーしなければなりません。そのうえで、顧客の事業戦略や「セキュリティにどう投資し、どう回収するか」という上流のビジネスロジックまで踏み込む必要があります。
日本IBMでの経験は、その後の起業や経営にどのように生きていますか。
哲学で培った論理的思考とITへの興味を生かせるコンサルタントの仕事は、非常に性に合っていました。同期よりも早く昇進するなど充実した日々を送る中で、「技術とビジネスの両方が分かること」の強みを実感しました。技術を理解せずにビジネスを語る人もいれば、優れた技術をビジネスに生かせない人もいます。その両者をつなぐことが私の強みであり、今の経営にも生きています。
趣味で生まれた課題意識がヒット商品へ

VR空間やメタバースに注目されたきっかけは何だったのでしょうか。
起業前はIBMでコンサルタントとして8年ほど働いていました。仕事も落ち着いてきた入社6年目の2022年ごろ、趣味で「VRChat」を始めました。もともとPCゲームのMod(改造データ)制作などを楽しんでいたのですが、X(旧Twitter)でVRChatの話題を目にし、直感的に飛び込んだのがきっかけです。
VRChatには、ユーザー自身がコンテンツを作る「UGC(ユーザー生成コンテンツ)」の文化が根づいています。私も、アバターの見た目や機能を変える「アバター改変」から始めましたが、自分を表現したいというよりも、「なぜこの機能がないのか?リアリティに欠ける」という課題意識がコンテンツ制作の動機でした。その解決に向けて独学でUnityを学び、描画を制御するシェーダーのコードを自力で解析・修正するなど、試行錯誤を重ねました。
その課題意識は、どのようなプロダクトにつながりましたか。
例えば、当時のVRChatのアバターにはリアルタイムな影がついていませんでした。描画処理の負荷を考えれば当然なのですが、「もっとリアリティが欲しい。何とかして影をつけられないか」と探求し、アバター個人単位で影を再現・表現する仕組みを開発・公開しました。これが現在、クリエイター向けマーケット「BOOTH」のランキングで上位に入るヒット商品「リアル影システム」です。
副業から独立へ…VRChatの外部連携を事業に

ヴァーチャル空間で行われる会議風景
そこから会社設立へと踏み出すまでの経緯をお聞かせください。
忖度なく言えば、「本業以上に儲かってしまったから」です(笑)。平日働いた隙間時間でやるよりも、フルタイムで没頭した方が圧倒的に高価値であり、なおかつ楽しいと確信し独立しました。
また、ちょうどそのころ、VRChat内に「String Loading(ストリングローダー)」という外部通信ができるAPIが実装されました。それまでのVRChatはセキュリティやプライバシーの観点から非常に閉じた世界で、空間内の各種データ(ユーザーの動きや関心事など)を外部に保存することが難しかったのです。「この外部通信APIを使えば、インターネットのさまざまな情報をVRChat内に持ち込むことができ、さらに企業が求めるデータを収集・活用できる基盤が作れる」と考えました。
その構想を、どのように形にしていったのですか。
外部サーバーを構築して本格的な運用を行うには、1人の手には負えません。個人でできることには限界があります。そこでTwitter(現X)で「こんな構想があるけれど、一緒にやりませんか?」と呼びかけたところ、さまざまな専門性をもった優秀なエンジニアたちが10数名も集まってくれました。こうして立ち上げたのが有志技術コミュニティ「VRC Connections API Project」です。
有志コミュニティ運営は、全てのタスクが「任意」であり「義務」を発生させられないので、それはもう大変でした。有志コミュニティの運営はこの場では話しきれないくらいのテーマなので割愛しますが、IBM時代に学んだ「役割と責任の明確化」という意識はとても役に立ちました。さらに元経営者やクリエイターの活動に詳しいメンバーも加わり、共通の目的に向かって開発を進める体制を整えていきました。
有志コミュニティから法人化へ進むきっかけは何だったのでしょうか。
彼らとともに開発したプロダクトは大きな反響を呼び、大手イベント「バーチャルマーケット」を主催する株式会社HIKKYをはじめ、多くの企業から直接お仕事のお話が舞い込むようになりました。法人と取引を行う以上、責任の所在や契約リスクを考慮する必要が出てきたので、株式会社Butterfly Dream Labを立ち上げました。
データとKPIで示すメタバース支援

現在の主な事業内容について教えてください。
主な事業は、VRChatの内外をつなぐシステムや、空間内でのアナリティクス・アンケート基盤の開発・提供です。
従来のVR空間における大きな課題の一つに「Webアンケートとの相性の悪さ」がありました。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着してVRを楽しんでいるユーザーが、アンケートのためにわざわざHMDを外してWebブラウザで回答してくれることはめったにありません。そこで私たちは、VRChat空間内でそのまま完結するアンケートシステムを構築しました。これを導入したクライアント企業では、従来の5〜10倍という圧倒的な回答率を記録しています。
他社にはない強みを教えてください。
私たちの最大の強みは、「VRChat特有の複雑な独自仕様やノウハウを熟知している技術力」と、「クライアントの社内稟議や事業目標に寄り添えるビジネス視点」を兼ね備えている点です。
今のメタバース業界には、残念ながら「とりあえず空間を作ってイベントをやったけれど、何の意味があったのか分からない」という焼き畑農業的な施策があふれています。成果の測り方すら分からないまま撤退し、「メタバースは使えない」という誤解が広がってしまうのは非常にもったいないことです。
私たちは提案段階から「これをやって、本当に次の事業成果につながりますか?」という問いかけを必ず行います。PoC(概念実証)の段階でしっかりと仮説を立て、アナリティクスツールで数値やKPIを測定・検証する。企業の担当者が、社内で上司や決裁者に胸を張って報告できる「実のある成果」を提供することを何より大切にしています。
現場主義の教育と、これからのクリエイターに求められる資質

社内の体制や、共に働くクリエイターへの教育方針についてお聞かせください。
現在、弊社は私を含む役員・コアメンバーのほか、20代前半の若手スタッフ2名が開発や事務を支えてくれています。
小さなスタートアップなので形式的な研修制度はありませんが、彼らに対してはオーダーメイドの現場主義の教育を重視しています。小規模な会社であるにもかかわらず若手を育てるのは、会社の中長期的な成長を支えるのは自社で育てた人材だと考えているからです。だからこそ、仕事の内容もそのときの仕事の都合で一方的に任せるわけではなく、キャリア像とそのために学んでほしいスキル・技術や、その経験が将来のキャリアにどう役立つかを説明しながら、日々ノウハウを伝授しています。
これからのメタバース業界で、クリエイターにはどのような資質が求められると思いますか?
クライアント企業と仕事をする中で感じるのは、委託したクリエイター側の「ビジネススキルの不足」です。私たちは会社としてクライアント企業に対して、成果物や納期の責任を負っています。そこで一緒に仕事をするクリエイターの足並みが揃わないといわゆる「炎上案件」といったトラブルに発展する可能性があります。実際「納期を守らない」「認識合わせがうまくできない」といったトラブルは業界全体でもよく耳にします。
個人的な持論かつ極論ではありますが、「社会性が低く我の強い超優秀なクリエイター」よりも、「ビジネスの構造を理解し、コミュニケーションが円滑な標準的クリエイター」の方が、企業としては圧倒的に仕事を依頼しやすいです。素晴らしい技術を持っていても、顧客やチームと調和できなければ大きなプロジェクトは動かせません。ここには先述の有志コミュニティを立ち上げた時に感じた「個人でできることには限界がある」という思想が現れています。
また、クリエイターである以上技術力はもちろんですが、それ以上重要な要素として「物事に対する解像度の高さ(理解の深さ)」、「他の人が見ていない解像度(深さ)で物事を見る力」が、これからのクリエイターが生き残るための鍵になると感じています。
特に最近はAIの普及によってモノを作り出すだけなら容易になりつつあります。しかし肝心なのは、「何が足りないか」「何が必要か」「このクオリティで十分なのか」を見抜く力です。
今後の展望や目指す会社の姿について教えてください。
スタートアップと聞くと、株式公開などを目標に掲げる企業が多いですが、私がこの会社を経営している最大の理由は、「一緒に仕事をしたいと思える最高の仲間と、面白い仕事をするため」です。
会社としての未来像よりも、まず「VRChatという大好きな世界をどう良くしていきたいか」が根底にあります。現在のVRChatは、技術的・法的なハードルから、一般企業がビジネスとして参入するにはまだ敷居が高いのが現状です。企業との取り組みを通じて、リアルなモノや文化、企業公式のブランディングが、もっとカジュアルにVR空間へ溶け込める世界を作りたいと考えています。
企業が参入し、経済活動が正しく回ることで、マーケット全体が潤い、クリエイターも持続的に活動できるようになります。リアルと遜色のない、解像度の高いメタバース空間を作り上げること。そして、企業とユーザーの双方が幸せになれる「実のある事例」を一つひとつ積み上げていくこと。それが、株式会社Butterfly Dream Labが目指す未来です。
取材日:2026年8月28日 ライター:徳永 卓司
株式会社Butterfly Dream Lab
- 代表者名:中村 峻遥
- 設立年月:2024年5月
- 資本金:600万円
- 事業内容:VRChatにおける事業構想・企画支援・技術アセスメント、ワールド実装の要件定義/要件定義支援、ワールド実装/実装支援、各種外部連携サービスの提供
- 所在地:〒101-0025 東京都千代田区神田佐久間町1-8-4 アルテール秋葉原708
- URL:https://butterflydreamlab.com/
- お問い合わせ先:https://butterflydreamlab.com/#contact






