「色合わせ技術は負ける気がしない」変化を受け入れ成長を続ける創業 65 年の製版会社
大阪市内の東側に位置する城東区蒲生(がもう)に、1961年の創業以来、製版一筋で歩んできた稲光製版株式会社があります。製版とは依頼先から預かった原稿のレイアウトを整え、色を決め、刷版を出すまでを担う仕事です。
印刷物が誰かの手に届くまでの、表には出ない工程ですが、手作業からデジタルへと業界が姿を変えるなか、同社が守り続けてきたのは職人の勘です。そこに新たに加わったのが色を数値で示す基準。この一見相反する二つが、今の現場を支えています。
2019年に4代目として就任した代表取締役社長・竹本 昇司(たけもと しょうじ)さんに、変化への向き合い方と、譲れない技術について伺いました。
7人で始めた製版業。創業時から変わらない思い
創業の経緯をお聞かせください。
1961年に、大阪市城東区の城山町で、関係者7人が意気投合して集まって始めた会社だと聞いています。私はまだ生まれていない時代で、詳しい経緯まではわからないのですが、当時の城東区は今のような住宅地ではありませんでした。
大小の町工場が軒を連ねて、朝から晩まで機械の音が響き渡る、ものづくりを支える街だったそうです。
その後、1970年に現在の蒲生へ移ってきました。当時、この辺りにはなにもなく、ここから谷町四丁目が見えていたと聞いています。
町工場が並ぶ街から始まったのですね。当時から受け継がれているものはありますか?
「変化に対応して、良いものを作る」。これに尽きます。創業したころは、ジンク版の刷版と製版の修正をしていたそうで、すべてが手作業でした。フィルムを手で貼って、暗室のなかでカメラを回していました。それが私たちの世代になるとコンピューターの時代になりました。
その後もフィルムからCTP(Computer to Plate)へと変わり、転換点は何度もありました。手で貼ってきた職人からすれば、自分の技術がまるごと不要になるということです。道具や工程は大きく変わりましたが、それでも美しい仕上がりでお客さまの期待を超える。その職人魂を受け継いでいます。

先代の意志を受け継ぐ4代目
入社から12年で社長に就任されていますね。
2008年に入社し、最初の配属は営業部でした。そこからずっと営業で、課長になり、部長になり、先代が引退するにあたり、2019年に4代目の社長になりました。
引き受けてみて、難しさを感じた部分はありましたか?
あります。特に難しさを感じたのは最終的な意思決定を自分が担う責任の重さです。社員や会社の将来を考えながら、限られた情報の中で判断しなければならない場面もあり、プレッシャーを感じることがあります。ただその分、自分の判断が会社の成長につながったときには大きなやりがいを感じます。周囲の意見をしっかり聞きながらも、最後は自分が責任を持って決断することを大切にしています。
色を見ただけで配合がわかる職人技

他社にはない強みはどこにありますか?
レタッチの質です。担当しているのは5人で、ほとんどが50代、経験30年以上の職人です。持ち込まれた色をパッと見ただけで、「これはシアンが何パーセント、マゼンタが何パーセント」と言い当てます。
印刷の色は基本的にCMYKの4色で表現するのですが、彼らには目の前の色が、その配合で見えています。どの色を抑え、どの色を補えばよいかも瞬時に判断できるんです。そこはマニュアルでは引き継げない感覚ですね。
その職人さんのところには、たとえばどのようなお仕事が集まってくるのですか?
扱うのは一般的な商業印刷物からパッケージ、ラベル、特殊印刷、工業用途までさまざまです。わかりやすいのはアパレルで、現物の商品を持ってこられて「この色を出して合わせてほしい」と言われます。実物と違えば、クレームになります。
また最近は、アニメ関係の依頼も多いです。アニメのキャラクターは、多くの方が画面上の色を見慣れていますよね。画面はRGB、印刷はCMYKですので、変換するとどうしても濁ってしまうんです。そこをCMYKの限界を知り尽くしたうちの職人が、「この成分は少し間引く」「ここはもう少し足す」と微調整して、RGBの色に寄せていきます。
これをできる会社が少なくなっているようで、他社では難しいと言われた色が回ってくることもあります。色合わせの技術は、正直どこにも負ける気がしません。
その技術は、今後AIに置き換わることはなさそうでしょうか?
AI技術は使っています。画像を生成したり、作業を自動化したり、工数の大半はそうやってどんどん時間を短縮できます。
ただ、色に関しては、はっきり「できません」といえます。それっぽいものにはなりますが、求めるレベルまでは届かないですね。最後の微調整だけは、長年の経験と勘でしか埋まりません。
お客さまが「これ」とおっしゃる色に合わせにいく作業は、どうしても人の手になります。

職人技をどう残すか。基準づくりと見える化
その「これ」という色の認識をお客さまと揃えるのは難しそうですね。
2022年にJapan Color認証制度の「プルーフ運用の認証」を取得しました。ISOの国際標準に準拠し、日本のオフセット枚葉印刷の標準色である「Japan Color」に基づいて印刷の色精度を保証する制度です。色校正が印刷で使える基準どおりに出せているかを、認証してもらう仕組みです。
印刷時の色を事前に確認していただくためには、基準となる色見本が必要なのですが、以前は、うちが出力した色見本に対して「色が合わない」というやりとりが少なからずありました。
感覚で説明していても、いつまでもかみ合わないということを解消するため、数値で管理して、基準のあるものをお出ししようと考えたんです。「うちはこの基準で出力しています」とお伝えできるようになり、色が合わないというご指摘は減りました。

色を数値で管理することと、職人の経験や勘を生かすことは、相反するようにも感じます。
確かに、そう思われるかもしれません。しかし私は基準にできる部分は、できるだけ標準化したほうがよいと考えています。誰が作業しても、一定の品質を保てるのが理想です。
一方で、製版の技術をすべて数値や手順に置き換えられるわけではありません。最後の微調整には、長年培ってきた目や感覚がどうしても必要です。基準があるからこそ、その先にある職人の判断が生きるのだと思います。
技術を次の世代に残すため、今は作業の見える化を進めている段階です。どういう手順でなぜその処理をしたかを言葉にして、作業伝票にも書き込んでいく。育成は基本的にマンツーマンです。最終的には勘も必要ですから、時間はかかる。だからこそ、早い段階から次世代を育てていきたいですね。
設備は攻める。環境を守る

設備面ではどのような投資をされていますか?
直近では、本番の紙に直接校正が出せるインクジェットプリンターを導入しました。それまでは専用紙にしか出せなかったのですが、コート紙でもマット紙でも、印刷に使う紙にそのまま出せます。
お客さまにとって大きいのは費用です。実際に版を作り、校正用の印刷機で刷る平台校正は、まずCTPの版を出さないと始まりません。版の費用がかかりますし、平台校正を刷るなら最低でも5枚はでてきます。本紙校正のインクジェットなら版が要らず、1枚から出せます。ポスターを 1枚だけ確認したい、という場合にも応えられます。平台校正と比べてもほとんど変わらないところまできていますので、その差と費用を見比べて選んでいただけます。
あとは、レタッチの現場に標準光源を入れています。自然光に近い一定の条件で、色を正確に確認するための照明です。職人が色を判断する大切な場所ですから、見る環境を整えています。
どちらの技術も取り入れている業者はまだまだ少なく、攻めた設備導入だとわが会社ながら感じていますが、将来的には必要だと考え導入に踏み切りました。
環境面では何か取り組みをされていますか?
まず、CTP化推進によって廃棄物の削減が進んでいます。特にフィルムの廃棄がなくなったことが大きいですね。また、製版の精度を上げることで印刷のロスを減らし、紙などの資源を可能な限り有効活用しています。こうした技術力アップのための設備投資では、省エネのものを導入しており、CO₂削減にも貢献したいと考えています。

裏方の技術を次の担い手へ
これからの展望をお聞かせください。
今、書道家さんや写真家さんとのコラボレーションを少しずつ始めています。最近では、過去に制作された書をスキャンして、新しい半紙に再現しました。紙は傷んでいても、あの頃の字はそのまま残せます。
紙で何かを伝えている方と私たちの技術をうまく交えたら、良いものができるのではないかと考えています。

新しいことをやるにも、やはり人の力が必要ですね。これからどんな方と一緒に働きたいですか?
製版はデザイナーさんみたいに自分の個性を出す仕事ではなく、どちらかというと裏方です。お客さまのこだわりを可能な限り忠実に再現する。人の作品をより良くするために技術を極めたい、そういう方に向いていると思います。
あとは真面目な人。これが一番です。うちは部署ごとに分かれていて、作業そのものは一人ですが、自分がやったことはそのまま次の人に渡りますから。そのうえで、ここは許せない、という職人気質があれば言うことなしですね。
ただ、社員に求めるのは、技術だけではありません。この業界は今も動き続けていますから、変化を柔軟に受け入れられる人でもあってほしいです。変化に対応したものだけが、本当に良いものを作り続けられる。そこだけは、創業から変わらず守っています。
取材日:2026 年 8 月 3 日 ライター:大澤 リサ
稲光製版株式会社
- 代表者名:竹本 昇司
- 設立年月:1961年9月
- 資本金:1,440万円
- 事業内容:デジタル製版、CTP 出力、スキャニング、画像処理、デジタル入出力サービス、オンデマンド印刷、デザイン・企画・編集
- 所在地:〒536-0016 大阪府大阪市城東区蒲生 2-1-19
- URL:https://www.t-toko.co.jp/
- お問い合わせ先:06-6933-3051(代表)
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