熱量とコミュニケーションで成功へ。共創で社会を動かし、新たな価値を作る
「一緒に笑う、楽しむ、苦しむ、喜ぶ。感情を共有する」をモットーに、PR領域を横断しながら新たな価値づくりに挑む大阪の株式会社アンナレッジ。「共により良い変化を起こす」をビジョンに、クライアントと対等な関係を築きながら、企画から制作、ブランディングまで一貫して担い、事業を展開しています。代表取締役・古家 裕一(ふるや ゆういち)さんに、新しい価値づくりに込めた思いや今後の展望をお聞きしました。
「働く場所がないなら、つくる」。SGI Onyxとの出会いから、起業へ
立ち上げまでのキャリアをお聞かせください。
甲南大学理学部に進学し、情報系の学科でプログラミングについて学んでいました。途中、SGI Onyx(グラフィックス・スーパーコンピュータ)が導入されたのですが、実際に触れてみるとものすごく面白くて。
SGI Onyxで扱っていたのは3DCGです。複雑な計算によって立体的な映像を生み出せることに驚き、「コンピュータでこんな世界がつくれるのか」と強い衝撃を受けました。この体験がきっかけで「3DCGに関わる仕事がしたい」と思うようになったのです。
最先端の映像技術を扱われたのですね。
はい。当時、3DCGの技術を学べる場所はほとんどなかったのですが、ちょうど大学4年のときにデジタルハリウッドの大阪校が開校し、入学を即決しました。学費もデジタル制作に関わるアルバイトをして捻出しました。
しかし、大学と専門学校の両方で3DCGを学びながらも、その知識を生かせる仕事は当時ほとんどありませんでした。そんな中、専門学校で同じ大学の先輩と出会いました。考え方がよく似ていたこともあり、「働く場所がないなら、会社を作ろう」と話し合い、大学卒業後すぐに有限会社ビーツーを起業しました。

大学卒業後すぐの起業は、どのようなものでしたか?
当初はCMなどの映像制作を中心にしながら、「なんでもいいのでやらせてください」と各方面に営業を続けました。いま振り返っても、破格の値段で請け負っていたと思います。それでも、コンピュータで3DCGのような表現ができることに面白さを感じ、ただひたすら、ものづくりに没頭していました。
そんなふうに制作に没頭していた日々の中で、当時バルセロナオリンピック日本競泳チームの “JAPAN” および “JPN” ロゴタイプを手がけた有名アートディレクターとともに、ある仕事に取り組みました。そのプロジェクトで、デザインが加わるだけで、同じ素材がまったく別物のように変わる瞬間を、目の当たりにしたのです。そのアートディレクターは、指示ひとつでクオリティを一気に引き上げ、より良いものを生み出していく。その姿がまるでオーケストラの指揮者のようでした。
次第に、アートディレクションへの憧れが、私の中で大きくなっていきました。ゼロベースからのものづくりにもっと挑戦したい、その一方で新たな領域への挑戦は、先輩と創り上げた有限会社ビーツーとは別の形で取り組むべきだとも感じていました。熟考の末、2010年に独立し「株式会社ノン.バーバル」を設立しました。現在の会社の前身です。
「自分一人ではなく、チームでいいものをつくる」。社名変更に込めた思い
なぜ社名を変更されたのでしょうか?
当時のクリエイティブは、突出した才能を持つ個人が全体を牽引(けんいん)することで成り立っていた時代でした。しかし時代は変わり、今はチームとしての力がなければ、いいものをつくることはできません。そこで、クリエイティブの主要メンバー3人で会社のミッション・ビジョン・バリューを見直し、心機一転、社名を変更しました。

個人からチーム力への転換は、大きな出来事のように思います。
大切にしたのは、自分一人で決めるのではなく、全員で意見を出し合いながら決めることでした。かつてノン.バーバルの時代には1人で決断してうまくいかなかった経験があり、その反省からまずは一人ひとりが大事にしているもの、その共通点を探ることに。そこで見えてきたのが「芯のある人間が好き」という価値観でした。
実は、社名を変えるつもりはありませんでした。しかし、目指す方向が明確になるにつれて、このままの社名では自分たちの価値観や目指す姿を体現しきれないと感じるようになり、15期目を迎えた2023年に「株式会社アンナレッジ」として再スタートを切りました。
価値の転換。熱量とコミュニケーションが成功を導く
現在の事業についてお聞かせください。
PR活動全般を手がけています。Webサイト、CM、グラフィック、SNS、映像、パンフレットなどの制作からブランディングまで、PRに関わる領域を一貫して担っています。
これまで、制作作業からディレクション、プロデュースまで、幅広く携わってきました。こういった全工程を経験してきたからこそ、お客さまの思いや課題をより深く捉え、実現に向けて伴走することができます。

仕事をする上でのこだわりを教えてください。
新しい価値を生み出すことにこだわっています。例えば、ユニクロがヒートテックやウルトラライトダウンといった画期的な商品を世に出したことで、衣類の価値観は大きく変わりました。そうした価値の転換に関わるブランディングやプロダクトづくりに携わりたいと考えています。
プロジェクトを進めるときに大事なことは何ですか?
プロジェクトを成功に導くために不可欠なのは、熱量と対等な関係づくり、そして密なコミュニケーションです。特にコミュニケーションの量と質は、成果物のクオリティに直結します。そのため、組織のトップ層とも直接対話し、目的や認識のずれを防ぐことを大切にしています。
私たちはクライアントと対等に語り合える関係で、“共につくりあげていくこと”をモットーにしているので、方向性にずれがあり、このまま進めても良い結果につながらないと判断した場合には、プロジェクトの解散を提案することもあります。
より良いプロダクトは、一連のプロセスを経てこそ生まれるものです。その過程の中で、唯一無二の関係性が生まれます。熱量を持って向き合い、そこで生まれる感情にも共感しながら、プロジェクトを進めています。
「福祉の価値を変える」大学と共につくる、福祉の新しい可能性
東北福祉大学との取り組みをお聞かせください。
「フクシのワタシに、不可能はない。」を掲げ、福祉の価値を変える取り組みを、東北福祉大学とともに実践しています。具体的には、パンフレットや各種ツールの制作、ブランディングを通じて、福祉の新たな魅力や可能性を伝えています。福祉というと、介護のイメージが先行しますが、実際はもっと広がりのあるものです。福祉に関わる人にも、福祉そのものにも、不可能はない。むしろ、まだ十分に知られていない可能性のある分野だと伝えていきたいと考えています。
これから、AIやロボティクスといったテクノロジーが福祉の領域にも入ってきます。だからこそ、福祉に対する考え方や倫理観が、これまで以上に重要になると考えています。すべての人の幸せやウェルビーイング(※)を実現するうえで、福祉はその土台となる存在だと思います。
※ウェルビーイング(well-being)…身体的、精神的、社会的に満たされた、良好な状態にあることを指す概念

どのような反応がありましたか?
この3年の取り組みで、東北エリアにおける東北福祉大学の見え方は変わってきました。これまで「介護の大学」と思われていたものが、「新しいことをやっている大学」として認識され始めました。受験者数も増加し、在校生や教員をはじめとした学内の士気も高まっています。
また、私たちが手がけた2026年版大学案内パンフレットの表紙が「APAアワード 審査委員 皆川聡賞」を受賞しました。大学の皆さまとともにつくりあげた作品が、由緒あるコンテストで評価されたことに意義深さを感じています。
これから東北福祉大学は、建物の刷新を進めながら、実学と実践を備えた研究機関として、新たなフェーズへと進んでいきます。福祉の可能性を拓き、未来をつくる。「FUKUSHI the NEXT」を見据えたその歩みに、私たちも熱意を持って伴走していきたいと思います。
御社のこれからの展望を教えてください。
私たちの思いに共感してくれる人を少しずつ増やしていきたいと考えています。
職種でいえば、ディレクターです。プロジェクトを前に進め、新しい価値を形にしていく役割を担う存在です。私たちの思いや考え、つまりは「DNA」を引き継いでくれる人を増やし、新しい価値を生み出し続けられる会社をつくっていきたいと思っています。
私自身が痛感していることですが、才能が開花するには時間がかかり、行動し続ける意志も必要です。まだまだ私たちは発展途上ですが、諦めずに新しい価値を生み出し続けていきたいと思っています。
取材日:2026年3月24日 ライター:大野 佳子
株式会社アンナレッジ
- 代表者名:古家 裕一
- 設立年月:2010年4月
- 資本金:300万円
- 事業内容:
●グラフィックデザイン/CI・VI・ポスター・パンフレット・その他の企画、制作
●WEB制作/web・モバイルコンテンツの企画、制作、運営
●GUI制作/グラフィカルユーザインターフェースの企画、制作
●マルチデバイス制作/スマートフォン、タブレット、タッチパネルコンテンツ、アプリケーションの企画、制作
●映像制作/VP・展示映像・WEB 配信用映像の企画、制作 - 所在地:〒531-0071 大阪市北区中津6丁目4-10 ウェーブイン中津603
- URL:https://unnaredge.jp/
- お問い合わせ先:TEL/06-6147-2050 FAX/06-6147-2051






