WEB・モバイル2026.03.18

初音ミクはこうして生まれた。ボーカロイド文化を育てた北海道発の「メタクリエイター」

札幌
クリプトン・フューチャー・メディア株式会社 代表取締役
Hiroyuki Itoh
伊藤 博之

サウンド素材を輸入販売する「音の商社」として起業し、得意分野の「音」を探求する中で、歌声合成ソフトウェア「初音ミク」を企画開発したクリプトン・フューチャー・メディア株式会社。クリエイターの“つくる”を支える技術やサービス、発表の場の創出といった仕組みづくりに取り組んでいます。同社の代表取締役の伊藤 博之(いとう ひろゆき)さんに創業の背景や取り組みにかける思い、今後の展開について話を伺いました。

趣味の音楽活動がビジネスへ。インターネットと出会い、ひらいた道とは

立ち上げまでのキャリアを教えてください。

私は北海道の標茶町という田舎の出身です。高校3年生のときに公務員試験を受け、北海道大学の職員になりました。配属されたのは工学部の研究室。当時はまだ珍しかったコンピューターが数多く設置され、学生や教職員が研究に活用していました。
その頃の私は、コンピューターに詳しくないどころか、触ったことさえありませんでした。もちろんプログラミングの知識もありません。コンピューターに詳しくならないと仕事にならないと一念発起し、独学で第二種情報処理技術者(現:基本情報技術者試験)の資格を取得し、プログラミングができるようになりました。その後、学内にあった大型計算機センターに、いち早くインターネットが導入されることになり、研究室の教授がセンター長を務めていたこともあり、世間よりひと足早くインターネットに触れることができました。

コンピューターに興味を持ったきっかけを教えてください。

その背景には、アメリカの評論家であり未来学者でもあるアルビン・トフラーの存在があります。ベストセラーになった書籍「第三の波」を特集したテレビ番組を高校生のときに観て、大きな衝撃を受けました。
その内容は、情報化社会の到来により、消費者と生産者が分かれていた社会から情報財を自ら生産する消費者が登場する社会へと移行し、普通の人が情報という価値を生み出す時代が訪れるというもの。その考え方が強く印象に残り、コンピューターへの興味をかき立てたのだと思います。

独立のきっかけを教えてください。

コンピューターに詳しくなるにつれて、当時登場し始めたコンピューターミュージックに強く惹かれるようになり、多彩な音をサンプリングして音源を作っていました。
やがて、趣味で制作した音源や音楽を誰かに聞いてもらいたいと思うようになり、その趣味の延長で、アメリカのコンピューターミュージック専門雑誌の個人広告欄に広告を出して個人販売を始めました。それが1988年頃のことです。するとアメリカやヨーロッパ、東南アジアなどから問い合わせが届くようになりました。
フロッピーディスクに音源を保存し、海外に郵送していましたが、それを続けるうちに、自然と世界中にネットワークが広がっていきました。その当時は円安ドル高でしたが、次第に円高が進み輸出が厳しくなると、今度は海外の友人たちが作った音源やコンピューターミュージック関連のソフトウェアを輸入し、国内で販売するといった活動を始めました。
これが「音の商社」としてのビジネスの基盤になったわけですが、公務員を辞めて独立しようと思った一番の理由は、北海道大学で出会ったインターネットに無限の可能性を感じたからですね。インターネットを活用すれば札幌にいながらさまざまな事業展開ができると考え、1995年に30歳で起業しました。

「初音ミク」がクリエイターの創作意欲を後押し。ボーカロイド文化の火付け役に

どのような会社にしたいと考えていましたか?

“何かをつくる”という行為が好きだったので、「つくること」を大切にする会社にしたいという思いが強かったですね。弊社は「クリエイターが作品づくりに必要な製品やサービスを開発・提供するクリエイター」を意味する造語「メタクリエイター」をミッションに掲げています。そして、さまざまなものづくりをする人たちをクライアントと捉えています。

「初音ミク」誕生の経緯を教えてください。

転機となったのが、2000年代初頭に広がり始めた携帯電話の着信メロディの市場です。これを一般ユーザーにも音を提供するチャンスと捉え、音素材を着信音として利用できる配信サイトを開発・運営しました。
その仕事を通じて、携帯電話の音源チップを開発していたヤマハの半導体部門と知り合い、歌声の生成について研究するチームを紹介されました。そこでヤマハが開発した「VOCALOID(ボーカロイド)」という歌声合成技術の存在を知り、歌声をバーチャル楽器として扱える点に大きな可能性を感じ、私たちが製品化することとなりました。
2004年に発売した世界初の日本語歌唱できる歌声合成ソフトウェア「MEIKO(メイコ)」は、パッケージに歌声の主を想像できるようなキャラクターを採用した点が画期的でした。その後、初代のVOCALOIDよりも自然でなめらかな歌声を再現できるようになった新しいバージョンのエンジンを用いて企画・開発したのが、弊社にとっては三つ目となる歌声合成ソフトウェア「VOCALOID2 初音ミク」です。2007年8月に発売しました。

そして「初音ミク」の登場をきっかけにボーカロイド文化が花開いたわけですね。

初音ミクはちょうど動画共有サイトの登場とタイミングが重なったことで、発売当初から多くの作品がインターネット上で公開されることとなり、音楽、イラスト、動画とさまざまな創作の連鎖が起こりました。その過程で課題になったのがキャラクターの知的財産の扱いです。音楽だけでなく、初音ミクの二次創作イラストの無断使用トラブルも起きたため、ガイドラインを整備したり、ユーザー同士の協働を支援する「piapro(ピアプロ)」というコンテンツ投稿サイトを立ち上げて、創作活動が円滑になる仕組みづくりを工夫したりしました。基本的なルールさえ守れば、誰もが自由に創作してよい。そういう環境を作ったことが、この「ボーカロイド文化」として知られている創作文化の拡大につながったのだと思っています。
現在は歌声合成ソフトウェアを使用した楽曲全般が「ボカロ曲」と呼ばれるようになり、音楽シーンにおいて一つのジャンルに位置づけられるようになりました。これは当初の予想を超えた大きな動きで、初音ミクらによって新たなカルチャーが生まれたのだとすれば、とてもうれしいことですね。

初音ミクの公式イベントについて教えてください。

弊社では、2013年から『初音ミク「マジカルミライ」』というイベントを開催しています。初音ミクがバーチャルシンガーとして行う3DCGライブに加え、創作文化の楽しさを体感できるような企画展を同時に行っているのが特徴です。初音ミクは“歌声の楽器”ですから、ただライブパフォーマンスを見せるだけのイベントではなく、ワークショップや展示を通して来場者が創作文化を体感できるように工夫しています。また、音楽クリエイターによる音楽即売会を会場内で実施するなど、クリエイターとファンが直接交流できる機会を設けています。
他にも公式イベントはいくつかあり、その中の一つである初音ミクの世界ツアーシリーズ「HATSUNE MIKU EXPO」は2014年から展開しています。これまでに世界中の50都市で120公演実施していて、今年春には新たな北米ツアーも開催予定です。このシリーズでも、ライブに加えて創作文化に興味を持っていただけるような企画を同時開催するようにしています。

公式イベントにおけるテーマ曲やビジュアルは誰が担当するのですか?

特定の一人ではなく、さまざまなクリエイターに依頼しています。過去の実績をまとめたデータベースを参考にするほか、公開されている作品を見て、その企画に合ったクリエイターを探します。これは完成度の高い作品を生み出すだけでなく、多くの人に発表の場を提供するという意味も持っています。
企業とのコラボ案件を進める際は、その案件がクリエイター自身で前向きに取り組める内容であるかどうかを重視しています。こうした機会を通じて、もともとはアマチュアだった人が注目を集め、プロとして活躍していくケースも少なくありません。フォロワーが増えて影響力を持つようになると、そのクリエイターが担当するというだけで話題になることもあります。

地域やまちづくりも“創作”の一環。さまざまな事業で北海道を応援

将来的に目指す方向について教えてください。

事業全体としては、「クリエイターが活躍しやすいツールやサービスを提供する」という姿勢のもと、サウンドとキャラクター、ローカルという三つの要素のバランスを意識しつつ、これまで培ってきた技術やノウハウを深堀りしながら応用していきます。
また、より良いまちづくりを目指すことも“創作の一つ”と捉え、北海道を応援するローカル事業にも積極的に取り組んでいます。

ローカル事業について、具体的に教えてください。

例えば、2010年のさっぽろ雪まつりで“初音ミクの真っ白い雪像”を作ったことをきっかけに「雪ミク」という北海道を応援するキャラクターをつくり出しました。そして、初音ミクのファンに冬の北海道を楽しんでいただく取り組みとして、雪ミクが北海道を応援する「SNOW MIKU」というフェスティバルを、2010年以降毎年開催しています。2026年のテーマは「しあわせパティスリー」で、ちょうど明日(1月9日)から、フェスティバルの一環として、北海道内のさまざまなスイーツ店とコラボレーションする「北海道しあわせスイーツマップ」という企画が始まります。この企画には札幌、小樽、函館、標茶の20店舗が参加してくださっていて、各店舗の新しい客層の獲得につながってほしいという思いがあります。
さらにアプリ開発などの技術分野にも力を注いでいます。その応用として、北海道の飲食店や観光地、イベントなどの情報を発信するメディア「Domingo(ドミンゴ)」を運営しています。現在は道内179市町村の公認を受け、各自治体の協力を得ながら情報を集めています。それらを発信することで、北海道に遊びに来たりイベントに参加したり、地域の人と交流したりする北海道ファンを増やしていきたいですね。

最後にクリエイターにメッセージをお願いします。

弊社は「メタクリエイター」として、この先もクリエイターの“つくる”を応援していきます。ものづくりはワクワクすることです。今はAIの黎明期ですが、そのAI技術が新しい世界をもたらし、可能性の幅を広げてくれるでしょう。新たな技術により、一人でも多くの人にものづくりの楽しさを知ってほしいですし、ものづくりを始める人たちを増やしていけたらうれしいですね。

【参考情報】「VOCALOID(ボーカロイド/通称:ボカロ)」とは

本来の定義は、ヤマハ株式会社が2003年に開発した、歌詞とメロディー(楽譜情報)を入力するだけで楽曲のボーカルパートを制作できる歌声合成技術および、その応用ソフトウェアの名称・呼称。いまでは歌声合成ソフトウェア(VOCALOID以外の技術を用いた同種のソフトウェアを含む)を使用した楽曲全般が「ボカロ曲」と呼称されており、音楽シーンにおいては「ボーカロイド」がひとつのジャンル名として用いられることがある。

※「VOCALOID(ボーカロイド)」および「ボカロ」はヤマハ株式会社の登録商標です。

取材日:2026年1月8日 ライター:八幡智子

クリプトン・フューチャー・メディア株式会社

  • 代表者名:伊藤 博之
  • 設立年月:1995年7月
  • 資本金:2,000万円
  • 事業内容:音楽制作ソフトウェアの開発・配信、モバイルコンテンツ企画・開発・運営、音楽配信プラットフォームほかWebシステムの開発・運営、キャラクターに関する国内外ライセンス事業、地方を応援するローカルプロジェクトの企画・運営、その他
  • 所在地:〒060-0003 北海道札幌市中央区北3条西4丁目1-1 日本生命札幌ビル11F
  • URL: https://www.crypton.co.jp/
  • お問い合わせ先:https://www.crypton.co.jp/cfm/inquiry

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP