ドラクエのような「めぐり逢い」で広げる人の輪。制作側の視点を武器にした音響制作

岩手
株式会社ベクトル 代表取締役
Tetsuro Kikuchi
菊池 哲朗

CMやイベント、音楽ライブなどの音響制作を手掛ける株式会社ベクトル。音響制作以外にイベントの企画や制作も行っているこの会社は、主催側の立場を理解したうえで、プロジェクト全体を成功に導いています。代表取締役の菊池 哲朗(きくち てつろう)さんは、「いろいろな人との『出会い』に恵まれた結果、今日がある」と、これまでの日々を振り返ります。会社設立までの経緯やこれまで担当したイベントに関するエピソードなどを伺いました。

音楽販売の仕組みがダウンロード型へと激変した音楽業界。そんな世界を間近に見た後、音響制作で独立し株式会社創立へ

立ち上げまでのキャリアを教えてください。

地元岩手県の公立高校を卒業後、音楽CD制作をする音響技術者(レコーディングエンジニア)を目指し、東京の専門学校に入りました。ところが、ちょうどその時期はApple社のiTunesなどが世に出て、音楽業界がCD販売からダウンロード型の音楽配信へと切り替わっていく時代。CD販売市場は縮小して、大手の音楽制作・販売会社でもレコーディングエンジニアを一年で1人しか雇わないなど、採用が激減しました。
その道がものすごく狭き門になってしまったのを在学中に知ることになり、結局東京では就職せず、地元岩手に戻ることにしました。
地元に帰った後は、CMやイベントの音響を手掛ける会社に就職。会社員は8年ほど続けて、途中で一度転職をしたのですが水が合わず、だったら自分でやってみようかということで、28歳のときに独立してフリーランスを始めました。その流れで2015年に株式会社ベクトルを創立しました。

社名の由来を教えてください。

音響制作の仕事をしている人は、目には見えない「音の軌道」を意識して仕事をしています。例えば、“スピーカーから出た音はこういう軌道でお客さまに伝わるから、この向きでスピーカーを設置しないといけない”などをいつも考えています。音響は大きさだけではなく、方向も大事なものだから、それで大きさと向きの両方を表す「ベクトル」を社名にしました。

CM、イベント、コンサート、音響に関わる業務は何でもこなす

現在の事業内容について教えてください。

事業内容は大きく二つあって、テレビ、ラジオのコマーシャルの音声を作る作業と、各種イベントの業務です。
イベント関連業務としては、音響制作だけでなく、イベントの企画・制作やコンサルティングなど、相談を受けた案件に対応する業務も行っています。

株式会社ベクトルの強みを教えてください。

一般的な音響制作の会社は、そのプロジェクト全体を統括する制作会社などからの依頼を受けて、音響制作に関わる部分の業務のみを担当します。ですから通常の音響制作会社は、制作側の意図や考え方はよく知らないし、分からないことが多いです。
ベクトルは、音響だけでなくイベントの企画や制作も手掛けていて、制作者としての経験とノウハウの蓄積があるので、制作側の立場で業務を考えることができます。依頼していただいた業務、そしてそのプロジェクト全体をより成功に導くための提案や対応、ソリューションを提供できるのが当社の強みであると思います。

これまでに行った業務の事例を教えてください。

CMでは、岩手県にある「安比高原スキー場」のCMを手掛けました。関東だとタクシーの中のCMでも使われているようです。ほかにはトヨタの販売店など、自動車販売店のCMも担当しました。
イベントでは、東北地方で最大の音楽フェスティバル「ARABAKI ROCK FEST.(あらばきロックフェスティバル)」に毎年関わらせていただいています。
少し変わったところでは、選挙期間中の街頭演説の仕事を依頼されたこともあります。場所が東京だったので、東京まで出かけて実施しました。

屋外でのイベントやライブなどは、スタジオと違って音響にとっていい環境ではないと思うのですが、余計な音を拾わないようにする工夫など何か特別なことがあるのですか?

ライブ版のCDなどは、逆にその環境での音を拾ってくれないとライブ感が出ないので、音がきれいすぎるのはあまり良くないという事情があります。会場ではたくさんの方に向けてスピーカーから大音量の音が出ているので、その音はマイクも拾ってしまうのですが、逆にそれを生かすことで、会場の広さや臨場感を出す音づくりを意識しています。

会場に来ているお客さまのリアクションが「特別な力」を生み出す

どんなときに達成感を感じますか?

イベントに参加している一般のお客さまのリアクションがすごく良かったときですね。イベントでは、音が聞きづらそうな人はいないかなどの人々の様子や全体の盛り上がりはどうかなど、常に気にしています。
お客さまのリアクションがいいと、アーティスト側もテンションが上がって、必然的にアーティストのパフォーマンスもすごく良くなるといったことが起きる。パフォーマーにとっても何か「特別な力」が出ることがあります。

これまで一番大変だったイベントはどんなものでしたか?

9年ほど前に、岩手国体というスポーツ競技の大会でフィギュアスケートを担当したときです。その会場で競技中に流れるクラシック音楽などの音響を担当していたのですが、試合だけではなく公開練習などにも立ち会わなければなりませんでした。これは冬の国体だったのですが、1日10時間くらい、気温ほぼ0℃の会場内に閉じこもり、じっと座った状態で仕事を続けなければならなくて。何を着ても終わるころには体が冷え切って寒くて寒くて、ガタガタ震えながら帰るという状況でした。しかも国体は期間が長くてそれが10日間ぐらい続いたので、それは正直つらかったです(笑)。

感染症の影響によってイベントが一斉に中止になったことがありましたが、そのときの状況はいかがでしたか?

あのときは、ことごとくイベントが中止になって、スケジュールしていた仕事がすべてとんでしまったので音響制作の会社にとっては大きな打撃でした。どうしたらいいのか分からない状況でしたが、結局は回復するのを待つしかないので、気をまぎらわすしかありませんでした。
東日本大震災のときも同じような状況があって、当時は2、3カ月先までのスケジュールが全部白紙になりました。感覚的には「その状況がまた来た」という感じ。でも東日本大震災のときは、復興イベントなどが開催されるようになり、それからは逆に忙しい時期もありました。

ドラクエの世界のような「めぐり逢い」を大切に、一緒に楽しめる仲間を増やしていきたい

今後の展望などあればお聞かせください。

正直この先の展望で、こうしたい、ああしたいと思っていることはあまりなくて。会社を大きくしていくこともあまり考えていないですね。でもこれまで人との「出会い」にはすごく恵まれてきたなという感覚があるので、これからもそういう「出会い」とか「めぐり逢い」を大切にしていきたいと思っています。
例えていうなら「ドラクエ」のようなRPGを楽しむような感覚で、少し進んだらこんな仲間に出会って、そこで「何か一緒にやろう」ということができたら一緒に取り組んでみる。また少し進んだら状況が変わって、やりたいことが出てくるかもしれません。そのときにめぐり逢ったことで“やれることがあるなら何でもやります”というスタンスでいます。

最後にクリエイターを目指す読者の方に何か伝えたいことはありますか?

私はお金にこだわりすぎず、とにかく好きなことをやりながら楽しい日々を過ごしています。将来が不安に感じることもあるかもしれませんが、自分のやりたいことに正直になると、自然と楽しく生きていけますよ。

5月5日の「こどもの日」には、音楽好きの仲間で集まって音楽フェスを開催しました。途中、感染症による中断もありましたが、この活動は今年で5回目になります。そこでも先ほどの「ドラクエ」スタイルというわけではないですが、クラフトビールを作り始めた仲間がいたので、音楽フェスとクラフトビールフェスを同時に開催する、新しいスタイルのイベントにトライしてみました。会場はなかなかの盛り上がりでたくさんの方に来ていただいたので、また来年も開催しようという気になりました。「なんかおもしろそうだな」と思われた方がいましたら、ぜひ来年会場でお会いしましょう。

※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。

取材日:2025年4月16日 ライター:愛智 なおゆき

株式会社ベクトル

  • 代表者名:菊池 哲朗
  • 設立年月:2015年10月
  • 資本金:100万円
  • 事業内容:音響制作、イベント企画・コンサルティング
  • 所在地:〒020-0032 岩手県盛岡市夕顔瀬町5-1-1F
  • URL:https://dai4884.wixsite.com/my-site-1/blank-1
  • お問い合わせ先:019-656-6361

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