世界に誇る緻密な伝統工芸・京友禅。ニッチなアイテム「おふき」を通して、京染めの可能性を追求
「SOO-ソマル-」は、京都友禅青年会議所のメンバー有志が立ち上げた京友禅ブランド。代表の日根野 孝司(ひねの たかし)さんを含めメンバー全員、本業は着物用生地の染色業を営んでいます。「気軽に京友禅の生地を手にとって、正絹のしなやかな手触りや職人の手仕事を身近に感じてほしい」という思いで、京染めのメガネ拭きなど「おふき」シリーズを製造・販売している日根野さんに「SOO-ソマル-」のビジョンをお聞きしました。
悉皆業と建築業にある共通点。今の仕事につながったこれまでの学びやサラリーマンの経験
「京都で三代続く京染めの悉皆屋(しっかいや)」と名乗っていらっしゃいますが、もともとは建築を学ばれていたそうですね。
私は大学を2回出ているんです。立命館大学の経済学部を出た後、建築を勉強するためにもう一度ほかの大学へ入り直しています。卒業後は大阪の建材メーカーに勤務していましたが、あまりサラリーマンに向いていなくて……(笑)。それで家に戻ってきた次第です。現在も着物関係の染屋としての仕事がメインですが、親からそのまま引き継いだ得意先はほとんどありません。帰ってきた当時から「こんなふうにやりたい」と肩肘張った思いは特にありませんでしたが、いろいろなところから声を掛けていただき、新しい得意先が広がっていきました。
大学での学びは、今のお仕事にどのような影響を与えていると思われますか?
戻ってきた当時は、「染屋になるなら大学で勉強してもあまり意味がなかったのでは」と言われることもありました。京染め全工程に関わるプロデューサー的な役割が悉皆業の仕事。アウトプットしているものが建造物かプロダクトなのかという違いがあるだけで、仕事を進めるプロセスや考えるためのツールなどに違いはありません。むしろ、私が建築に関わっていなければ、今の仕事はできていなかったと思います。
京友禅ブランド「SOO-ソマル-」は、京都友禅協同組合の青年部のメンバーで立ち上げたそうですね。
着物の市場規模のピークは1973年ごろ。2023年の呉服小売市場規模は2,200~2,300億円と、50年で100分の1に減少しています。10年ほど前から組合の青年部で、「このままではあかん。何かしていかなあかん」と商品開発の勉強会を始め、一度何か作って展示会に出そうということになりました。
手染め京友禅のメガネ拭き「おふき」が生まれた経緯を教えてください。
「絹の生地で老眼鏡を拭いたらきれいになる」という父親の一言が商品づくりの始まりです。メガネ拭きはメガネを買ったら付いてくるもので、JIS規格もありません。そもそもお金を出して買ってもらえるのかという不安もありました。試行錯誤の中、試験場で試験をしていただいたところ、メガネ拭きに使用できるとの事で商品化が決定。2017年3月の「京ものフェスティバル」に出店するために、「SOO-ソマル-」というブランド名や「おふき」という商品名を決め、包材をデザインし、売り方を決めるなど、準備を進めていきました。
取り扱い場所は多種多様。図柄は4社で製作、パッケージや什器のデザインは日根野夫妻が担当
メガネ拭き「おふき」の取り扱い店舗はどのように増えていったのでしょうか?
展示会出店後、京都マルイ(20年5月閉店)のバイヤーさんから「おもしろそうやし、出してみたら」と声をかけていただき、ポップアップストアとして出店。そのほか、一軒一軒に足を運び、取り扱い店舗を増やしていきました。そもそもメガネ拭き売場というものがないので、”どこに置いてもいい”のが強みです。京都タカシマヤは呉服売場、大丸京都店は雑貨コーナー、JEUGIA(ジュージヤ)はレコード売場、ハンズ京都店は文具コーナー、京都市内のセブンイレブンなど、いろいろな場所で販売していただいています。
「おふき」シリーズにはどういったアイテムがありますか?
17年のスタート時はメガネ拭き「おふき」だけでしたが、現在はアイテムも増えて、スマホ拭き「おふきmini」、タブレット・PC拭き「okkiiおふき」などを展開しています。「okuruおふきmini」は、110円の切手を貼れば郵便物として送れるもの。干支の絵柄が入った年賀状パッケージはとても人気があり、郵便局やセブンイレブンの年賀状コーナーで販売しています。「これを作れば、ここに置けるかも」といった自由な発想で広がっていきました。
京都らしいもの、季節感のあるものなど「おふき」の図柄はどれも魅力的ですね。
図柄デザインは、普段着物の図案を描いている職人さんに手描きしてもらったものなど、4社それぞれが製作しています。外注すると莫大な費用がかかるパッケージや店頭の什器(じゅうき)、ポスター制作は、すべて私と妻が担当。売場に合わせたパッケージなどは、一つひとつアイデアを出しながら形にしていきました。メガネ拭き「おふき」シリーズのパッケージには、着物を保管する際に使用する“たとう紙”を使用しています。
「おふき」シリーズはすべて手作りの一点ものだそうですね。製造工程について教えてください。
「おふき」の製造工程は着物とまったく同じです。型屋さんが彫った型を使い、手染めで染色し、蒸し、水洗い、整理加工をした後、一点一点カットします。パッケージも手作りです。着物と同じ染屋さんや加工屋さんに、普段と同じ工程で作業を行っていただくことに意味があると思っています。
企業・商店とのコラボや展覧会の特典付きチケットなど、販売方法がとてもユニークですね。
スマホ拭き「おふきmini」はパッケージがコンパクトなので、「コンビニなどで手軽に買ってもらいたい」と思っていました。セブンイレブンの担当者の方が興味を持ってくださって、8年前から取り扱いがスタートしています。三条大橋柄の「おふきmini」を販売し、三条大橋を未来へ残すために売上の10%の寄付をしたり、「鈴木敏夫とジブリ展」、「草間彌生 版画の世界」などのイベントに合わせて、オリジナル柄の「おふきmini」付き入場券チケットを販売するなど、取り組みは多岐にわたります。
これからも「京都でしか買えない」「京都でしか売らない」こだわりを大切に
ネット販売などは行わず、京都でのみ販売されている理由を教えてください。
私たちはもともと染屋なので、「SOO-ソマル-」はゼロからのスタートでした。販路もなかったので、さまざまな方とのご縁が今につながっています。京都の皆さまへの恩があるので、売れそうだからといって、販路を広げるのは、自分たちのスタンスにも合いません。また私たちの直接のお客さまはBtoBのお得意先です。どんなアイテムも売場に置いてもらうだけでは売れません。お店の方との信頼を深め、私たちの活動を理解していただき、また商品を愛してもらって、きちんと売っていただくことを大事にしていきたいですね。
「SOO-ソマル-」で「おふき」シリーズの新商品を販売開始されるそうですね。
お土産用に商品をパッケージした「小分けで配れるおふき」を販売開始します。指輪拭きが5枚セットで箱に入っているので、京都土産にぴったり。これまでお菓子だった“バラまき土産”の代わりになればいいですね。
「SOO-ソマル-」を通してやっていきたいこと、今後の展開についてお聞かせください。
私の本業は京染の悉皆業で、着物の悉皆業ではありません。時代とともに、着物を着る人が減っているのであれば、京染めの技法を使って着物以外のものへの染色にも幅を広げていきたいですね。
京友禅は白生地に色を染める後染め技法。一方で西陣織は先に糸を染めて織り上げていくのですが、この技法の違いも知らない人が大半ではないでしょうか。着物だけだと京友禅を手に取ってもらう機会は減り、製造インフラを維持するだけでも大変です。本業ではライバル同士でも、みんなで守っていかなければ全員共倒れになってしまいます。いろいろな企画や企業と「おふき」がコラボすることで、京友禅を知っていただき、ブランディングしていけば、本業にもいい影響があると信じています。
取材日:2025年4月7日 ライター:上野 典子
SOO-ソマル-(株式会社 日根野勝治郎商店)
- 代表者名:日根野 孝司
- 設立年月:2016年11月
- 事業内容:京友禅技法を使用したライフスタイルアイテムの開発・製造・販売
- 所在地:〒602-0956 京都市上京区元誓願寺通東堀川東入西町454 株式会社日根野勝治郎商店内
- URL:https://soo.kyoto/
- お問い合わせ先:075-417-0131