プロダクト2023.02.08

化学からデザインへ異例の転身、 境界を設けない自由な発想で、デザインの力を広く社会に

京都
o-lab inc.(オーラボ株式会社) 代表取締役
Toshihiro Aya
綾 利洋

Webサイトを開くと目に飛び込んでくる、鮮やかな黄色の背景と、力強い黒色のフォントで置かれたキャッチコピー。どんな派手なデザイン事務所なのかと思いきや……。京都の名所「哲学の道」のすぐそばに建つo-lab inc.(オーラボ株式会社)のオフィスは、もとは魚屋さんだったという、味わいのある築100年の町家でした。Webサイトと同じ黄色のユニフォームをまとった代表の綾利洋(あや としひろ)さんは、京都大学で化学を学び、研究者になるつもりだったそう。それがなぜ、デザイナーに転向を? 綾さんが感じるデザインの力、そして、デザイナーとしての視点の持ち方について、伺いました。

ジャンルにこだわらず幅広くデザインを展開

御社の事業について、教えてください。

私たちo-lab inc.は、プロダクトをはじめ、グラフィックやWebなど、幅広いジャンルのデザインを手がける会社です。近年はコンセプトメイキングやブランディングといった、プロジェクトの総合的なディレクションでもお手伝いすることが多くなっています。

Webサイトの背景色にもなっている明るい黄色は、会社のテーマカラーでしょうか?

はい、「ひまわり」という名の色紙からインスピレーションを受けました。明るく、かつ強すぎない黄色にポジティブなイメージが詰まっている気がして。私は、クリエイティブの仕事は、世の中に何かしらのポジティブな影響を生み出すものである、と考えています。我々もこの色のようなポジティブな企業でありたい、という想いを込めて、会社のキーカラーに採用したんです。

デザインとは無縁の学生時代を過ごし、化学の大学院生としてアメリカに渡る

小さい頃からデザイナーへの憧れはあったのでしょうか?

いえ、もともと、デザインという職業があること自体、考えたこともありませんでした。親戚や知り合いにもデザイン関係の人はいなかったし、そもそも、デザイナーがどんな仕事をしているかも知らなかったんです。
大学は理系で有機化学を学び、そのまま、京都大学大学院の修士課程に進みました。当時はエネルギー問題に興味があり、新しいエネルギーを作りたい、と思っていたんです。大学院を卒業した後は、憧れていたアメリカの理工系大学への進学のため、アメリカ・イェール大学の大学院に進みました。

当時は研究者になろうと思っていたのですね。

2年半にわたる大学院生活はそれなりに順調でした。論文も発表し、当時のボスからは「残りの期間も頑張れば博士号が取れるぞ」と言われていました。でも、その頃ふと思ったんです。自分は本当に研究をやり続けていきたいのか、と。特にマイナス材料があった訳ではないのですが、単純に5年、10年、20年先、自分が同じことを続けているイメージが、どうしても持てないことに気づきました。

そこで将来のことについて、改めて考えざるを得なくなったと。

当時は、年齢も20代後半に差しかかっていました。そんな時、帰国して立ち寄った日本の本屋さんで、平置きされていた1冊の本に目が留まりました。
とある彫刻家兼デザイナーによる、ほとんど文字だけの本だったのですが、表面的にかっこよくするのが仕事、というそれまで自分が持っていたデザインのイメージがひっくり返り、衝撃的でした。それ以降、例えばこの『Industrial Design A-Z』というような工業デザインやデザイン一般の本をとにかく読みあさりました。

そこで初めて、デザイナーの仕事に興味を持ったのですね。

特に興味を持ったのが、その本がテーマにしていた、プロダクトデザインの分野でした。考えてみたら、目の前にある椅子も、照明も、調理器具も、必ず誰かがデザインして生まれたものなんですよね。そう思うと、興味がどんどん湧いてきて。自分もデザイナーになって何かを作ってみたい、と思うようになりました。
でも、デザインの勉強なんてしたことがなかったし、そもそも何をすればいいのかもわからなくて。まずは独学で初めたものの、やはりデザインの学校に通わなくては、と考えるようになりました。

社会人、学生、インターン。3足のわらじを履いて駆け抜けたアメリカ時代

第2のキャリアとして、デザイナーになることを決めたのですね。

はい。「デザイナーになる」というのが、新しい目標になりました。当時はまだアメリカに住んでいたので、現地の夜間学校で製図やスケッチなど、まさに基本中の基本から学び始めました。そして同時に、デザイン学校の学費を稼ぐために、製薬企業に就職したんです。

ということは、まったく異なる分野で、社会人と学生の2つの生活がスタートしたのですか?

はい。あと、結果的に転機となったのですが、とある有力なデザイン会社が近くにあることを知り、そこでインターンもやり始めることになりました。ダメ元で、「窓拭きでも皿洗いでもやりますからインターンとして雇ってください」とお願いしてみたら、幸運にも採用してもらえまして。
勤めていた製薬会社はフレックスタイム制を導入していたので、朝6時頃に出社し、夕方には退社してデザイン会社のインターンに行っていました。ですので当時は製薬会社、夜間学校、デザイン会社でのインターンと、3足のわらじを履いていました。

かなりハードな生活でしたね。

夜間学校では、30時間かかるスケッチの課題を1週間でやる、みたいなことが日常茶飯事でした。日中は仕事とインターンがありますから、夜や休日返上でなんとかこなしていました。体力的にキツかったですが、不思議とつらくはなかったですね…。ただ、今もう一度やれと言われたら、絶対に無理ですね(笑)。

“3足のわらじ”生活は、その後、どうなったのでしょうか?

デザイン会社でのインターンに慣れた頃、「一番下っ端からでかまいません、雇ってもらえませんか」と持ちかけてみたんです。すると、オーケーをもらえて。そのタイミングで、製薬会社の仕事を辞め、デザイン学校も区切りをつけて、やっとデザインの仕事一本に絞ることができました。本当に下っ端からだったので、給与は製薬会社でもらっていた額の半分以下になりました。

それでも、転職することに迷いはなかったのでしょうか?

はい、まったくありませんでした。「デザイナーになれる」。自分にはそれだけで十分でしたから。デザイン学校を出ないとデザイナーにはなれないと思っていたので、一刻も早くデザイナーとして仕事ができるなら、と、迷わず選びました。
そのデザイン会社で5年ほど実務経験を積んだあと、日本に帰国。2011年に、プロダクトデザイナーとして独立を果たしました。

仕事ゼロからのスタート。大企業の社長宛に手紙を書いて営業活動

築100年の町家であるオフィスの様子

立ち上げ後は順調でしたか?

いいえ。独立しようと思って日本に帰ってきたものの、国内にデザイン関係の知り合いはまったくいないし、コネクションもひとつもない。仕事ゼロからのスタートでした。
そこで、インターネットで宛先を調べて、大企業の社長さん宛てに、手紙とポートフォリオを送りまくったんです。

大企業の社長さんに直接とは、大胆なことをされましたね(笑)。

当時は本当に、それしか仕事をもらう方法が思いつかなかったんです。社長さんが読んでくれるかどうかは別として、社長さん宛に送っておけば、しかるべき部署が対応してくれるだろう、と(笑)。
もちろん、ほとんど反応はありませんでしたが、それでも何件かは、有名な企業からも連絡をもらえました。ありがたいことに、プロジェクトにつながったケースもあります。他には、知り合いに紹介してもらったり、個人的な集まりの場で偶然話がまとまったりして、少しずつ案件が増えていった感じです。最近では実績の数も増え、Webサイトからも、飛び込みのお問い合せが入るようになってきました。

デザインコンセプトについてとことん話し合う。プロダクトデザインを起点に、幅広いジャンルにデザインを展開

 

最初はプロダクトデザインを専門にされていたとのことでしたが、現在はプロダクトにとどまらず、幅広い分野のデザインを手がけていらっしゃいますね。

はい。転機になったのは、長野県・木曽漆器の産地にある、丸嘉小坂漆器店さん(https://www.maruyoshi-kosaka.jp/)という工房のプロジェクトでした。最初は商品デザインの依頼でしたが、1年半かけて打合せをしていくうちに、プロダクトだけではなく、コンセプトやロゴも含めた総合的なブランディングをしてほしい、という流れになりました。
この経験がきっかけとなり、プロダクトデザインにこだわらず、コンセプトも含めた総合的なディレクションを手がけ始めるようになりました。

プロダクトデザインの領域から飛び出すことに、不安はなかったのでしょうか?

むしろ、自分にとっては自然な流れでした。デザインをするときには必ず、「なぜ、これを作るのか」「どんな方向性にしたいのか」といったコンセプトを、関わっているメンバー全員が腑に落ちるまで、とことん話し合います。時間がかかることもありますが、コンセプトをしっかりと固めて共有しておけば、「本当にこれでよかったのかな?」とデザインが迷走しなくなり、やり直しがなくなりますから、結果的に効率的になると実感しています。
丸嘉小坂漆器店さんのプロジェクトを通して、デザインにおけるコンセプトの必要性を、より強く感じるようになりました。ロゴやネーミング、プロダクトのデザインは、単体で成り立つのではなく、全部がシンクロすることで良いものになると確信したんです。このプロジェクトが、ブランディングを総合的に手がけた実績にもなり、仕事の幅がぐんと広がりました。

丸嘉小坂漆器店さんの事例

境界線を持たない視点が最大の強み

どのような思考のもとでデザインをされているのでしょうか?

先ほどのお話にもあったように、まず、クライアントに「それはなぜですか?」「こういった見方はどう思いますか?」と、深く深く掘り下げて質問します。その過程で、それまで言語化されていなかったクライアントの隠れた魅力が、少しずつ浮かび上がってくるんです。
しかし、出てきたアピールポイントをただまとめて表現するだけでは、外から見てキラリと光るほどの魅力にはなりません。そこは、私たちデザイナーが、力を発揮しなくてはいけないところです。クライアントだけでは絶対に到達できないステージに行く、そのために、私たちが入らせてもらっていると考えています。

o-labのデザインの強みは、どのような点にありますか?

特定のデザインテイストを持たず、境界にとらわれない広い視野を持っていることが、強みだと思っています。これまで、大企業から家族経営の伝統工芸の工房まで、企業規模を問わずにお仕事をしてきました。ジャンルも、電化製品からIT、伝統工芸まで、本当にバラバラです。
ひとつの分野に特化しないことで、俯瞰的な視点でものごとを見られるようになり、「伝統工芸のノウハウをデジタル企業への提案に活かす」といったようなこともできるようになっていきました。分野の境界線を設けない、自由なデザイン。それが、私たち最大の個性であり、強みです。
また、プロジェクトに関わるときには必ず、あたかも自分がその会社の社員であるというような気持ちで、自分事として向き合います。自分ごとで考えられるかどうかが、良いクセで世に埋もれないアウトプットにするためにとても重要な気がします。

個性を磨き、発揮するために、心がけていることはありますか?

私は日頃から、「違和感」をキャッチできるよう意識しています。たとえば、駅の案内看板で、矢印の位置が中途半端で、間違ったほうに進んじゃう人が多いんじゃないか?みたいなケースってありますよね。普通ならスルーしてしまいがちなものに、きちんと「違和感」を持つ。これって非常に大事なんです。いいものに対してアンテナを張ることも必要ですし、自分で違和感があるものにも気づき、その理由を追求する。これを繰り返すことで、デザインをジャッジする力が上がっていくと思います。

デザインにも「基礎体力」が必要だ

デザイナーとして必要な能力は、どのようなものだとお考えですか?

私は週1日、大学で特任教授として勤めているんですが、学生の中には「シンプルなデザインのほうがかっこいい」と、デザインが盲目的に偏ってしまう人もいるんです。でも、「シンプルにしかできない人のデザイン」と、「複雑な造形スキルを持った人が、あえて選んだシンプルなデザイン」は、まったく違うことがわかります。
スケッチ力や、ソフトを使いこなすためのスキルが足りないと、どうしてもアイデアや表現の幅が限られてしまいます。クライアントにとってベストなデザインを提案するためには、どんなデザインでもできる“デザインの基礎体力”が必須なんです。

いわば、スポーツと同じですね。

そうです。基礎体力をつけるためには、どこかの局面で、トレーニングをしないといけない。私の場合は、夜間学校やインターン、そして前職でのデザイン事務所での実務の数々が結果的にトレーニングそのものになりました。当時はきつかったけど、あの時のトレーニングがあったから、今、思考と表現の幅を限らずにいられるんだと思います。
何本も線を引く。ソフトを使いこなせるようになる。色々なものをスケッチする。どんなに効率よくやっても、やはり、ある程度の数をこなさないと上達しないでしょう。デザインの仕事を志しているなら、必ず、その部分を逃げずにやっておくべきだと思います。

デザインの可能性を、もっと多くの人へ届ける

クライアントの規模感を選ばないのが、o-labさんのスタイルですね。

私たちは、納品時のデザイン費を少額に抑えるかわりに、製品の売上を基にして出来高払いとしてお支払いいただく、いわゆる「ロイヤリティ契約」を組み合わせた形でもお仕事をお受けしています。そこには、費用がネックになって発注をためらう中小企業に、もっとデザインの力を活用してほしい、という想いがあって。我々デザイナーも、デザインを納品して終わりではなく、「売上」という責任の一端を担うのが本来の姿だと考えています。
これからも、日本のものづくりを支える中小企業や、小さな工房とも一緒に、新しいデザインを生み出す機会がたくさんあればと思っています。

今後、チャレンジしてみたいことはありますか?

そうですね。これまでデザインに関係がないと思われていた分野に、積極的に関わっていきたいです。
たとえば、パスタとか豆腐みたいな、食品そのものの形状のデザイン。豆腐の形にデザイン?って思いますよね(笑)。でも、そういった、今までデザインが踏み込めていなかった分野にこそ挑戦してみたいんです。

パスタや豆腐のような、食品の形状にまで踏み込めるデザインの可能性は大きいですね。

不思議なことにね、「うわ、何で引き受けちゃったんだろう」って吐き気がするような案件のほうが、「おお!」ってなるデザインができる確率は高いんですよ(笑)。最初の打合せで、こんな感じでいけるかな…と想像できてしまうようでは、世の中の“想定外”には行きつけない。吐き気がするくらいハードルは高いほうが、インパクトを与えられるアウトプットになんとか到達できることが多いと感じています。自分のチャレンジにも境界線を引かず、想像もつかないようなことをやっていきたいですね。

取材日:2022年12月5日 ライター:土谷 真咲

オーラボ株式会社/o-lab inc.

  • 代表者名:綾 利洋
  • 設立年月:2016年7月
  • 資本金:500万円
  • 事業内容:プロダクトデザイン 、工業デザイン、ブランディング、クリエイティブディレクション、コンセプトメイキング、デザインコンサルティング、ブランド戦略コンサルティング、グラフィックデザイン、Webデザイン、コピーライティング、製品開発支援 等
  • 所在地:〒606-8423 京都府京都市左京区鹿ケ谷桜谷町42-1
  • URL:https://o-lab.jp/
  • お問い合わせ先:080-3135-1739 

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