“色彩のプロ”に聞く、多様性を理解した柔軟なクリエイティブとは?

Vol.224
artience株式会社
 
(左から)マーケティング本部 本部長 笹生勝也/社長特命担当 近藤雅彦/カスタマーサポート本部 池田卓美

ハザードマップや信号機など、色による情報が正しく伝わらなければ、日常生活の安全に影響することも。そのため、色弱の方や高齢者でも、色による情報を正しく理解できるバリアフリーな色使い「カラーユニバーサルデザイン(CUD)」が求められるようになっています。

artience(アーティエンス)株式会社は、カラーユニバーサルデザインの考え方が生まれた当初から積極的に取り組んできた企業の一つです。今回は、そんなartienceグループの東洋インキ株式会社の方々にインタビュー。色の組み合わせなどによる見やすいデザインの考え方や、カラーユニバーサルデザインの活用例などをうかがいながら、クリエイティブに生かせるヒントを探りました。

色彩の総合メーカーとして取り組んできたカラーユニバーサルデザイン


マーケティング本部 本部長 笹生勝也さん

はじめに、御社の事業や活動についてお聞かせください。

笹生さん:当社は1896年から128年にわたって、主にインキの製造販売に焦点を当ててきました。近年は化学メーカーとして色材や樹脂などの事業も拡大し、インキが売上の半分を占める一方で、他の事業も同じくらいの重要性を持つようになりました。さらに、海外市場も急速に成長し、多岐にわたる事業をグローバルに展開しています。

2024年1月1日には、さらなる企業変革のため「東洋インキSCホールディングス株式会社」から「artience株式会社」へ社名を変更しました。

アーティエンスという新しい名前は「art」と「science」を融合した言葉です。インキの製造にとどまらず、化学メーカーとして時代のニーズにあわせたソリューションや付加価値を提供していこう、という意味が込められています。

カラーユニバーサルデザインの取り組みもその一つというわけですね。

池田さん:はい。当社では1990年代にアメリカでユニバーサルデザインが発祥した当初から、関連する取り組みができないかと模索してきました。そして、2004年10月にNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構が設立されたことをきっかけに、本格的なカラーユニバーサルデザインの取り組みが始まりました。

日本国内の先天的色弱の方の総数はおよそ300万人で、男性の約20人に1人が先天性色弱だとされています。ヨーロッパには発生確率がもっと高い国もあり、世界で2億人以上が先天的色弱と推定されています。

つまり、これだけの方々が、見え方の違いによって不便さを感じているといわれています。そこで当社は、色彩の総合メーカーとして、カラーユニバーサルデザインの普及と啓発を担うべく、推進活動を続けています。

色の見え方の違いによる不便さをデザインの段階から取り除く


カスタマーサポート本部 池田卓美さん

そもそもカラーユニバーサルデザインの考え方とはどういったものなのでしょうか。

池田さん:ユニバーサルデザインは、身体能力の差や年齢、性別、国籍などに関係なく、できるだけ多くの人が利用しやすいように考えられたデザインのことです。

その中でも、「色の見え方」に着目したのがカラーユニバーサルデザインであり、多様な色覚に配慮して、誰にとっても見やすいデザインを実現し、情報が全ての人に正確に伝わることを目指しています。

色弱の方は、色がまったく見えないわけではなく、一般の色覚とは少し異なる見え方をします。特定の色同士の組み合わせが識別しにくい場合があるため、色分けだけに頼った情報伝達では問題が生じる可能性があるんですね。

例えば下の図のように、一般の色覚者には明確な色の分布がわかる場合でも、色弱の方は全体が黄色っぽく見えてしまい、理解しにくくなることがあります。

画像提供:東洋インキ株式会社

こうした色の見え方の違いによる不便さをデザインの段階から取り除いていこうというのが、カラーユニバーサルデザインの考え方です。

カラーユニバーサルデザインが求められる例として、公共施設や新聞雑誌など、不特定多数の人が利用する場所やサービスが挙げられます。最近では、ウェブサイトでもカラーユニバーサルデザインに配慮したページが増えています。

色弱の方々は、それぞれ異なる色の見え方をするのでしょうか。

池田さん:色弱には3つのタイプがありますが、そのうち、大半は2つのタイプに占められています。光は「赤」「緑」「青」の三原色に分けられるという話を聞いたことがあるかと思います。 人間の目の細胞にも、三原色のそれぞれの色を感じる錐体という細胞があります。これらの錐体がどれだけ刺激されたかによって「赤」「緑」「青」の情報が脳に伝わり、色を認識しているといわれています。色弱の方は、そのうちどれかの錐体が欠けたり、十分に機能しなかったりするため、色の見え方に違いが生じるというわけです。 先天性色弱の方のうち、赤い光を認識する錐体が欠けている方(1型2色覚〈P型〉)は約25%。緑の光を認識する錐体が欠けている方(2型2色覚〈D型〉)は約75%を占めるとされています。 まれに、青い光を認識する錐体が欠けているケース(3型2色覚〈T型〉)もあるそうですが、一般的には、先天性色弱のほぼ100%が1型2色覚と2型2色覚によるものだといわれています。

見え方をシミュレーションした画像。上が1型2色覚(P型)の方の見え方、下が2型2色覚(D型)の方の見え方。

画像提供:東洋インキ株式会社

 
上の図では、バナナの黄色やタオルの青色は、色の見え方にあまり違いがありませんよね。このように、色弱の方と一般の色覚の方が同じに見える色があります。よくカラーユニバーサルデザインで黄色と青を使ったものを見かけるのは、そのためなんです。

もちろん、リンゴの形が見えないわけではないため、実際には赤を使っても問題ありません。色を使うのであれば、色の組み合わせには注意が必要だというわけですね。

色覚タイプ別にどのように見えるのかを表した例。

画像提供:東洋インキ株式会社

色相や画像処理を活用して見やすいデザインを実現

間違いやすい色の組み合わせには、どのようなものがありますか?

池田さん:ピンク色に対して灰色を使う、赤に対して緑を使うなど、間違いやすい組み合わせにはいくつかのパターンがあります。代表的な間違いやすい色の組み合わせを覚えておくと、デザインの際に役立つのではないでしょうか。

色弱の方が判別しにくい色の組み合わせの例。「ピンクに対して灰色を組み合わせると色弱の方には見えにくい」と池田さんは言う。

画像提供:東洋インキ株式会社

印刷物では、赤でもCMYKの値によってさまざまな見え方がありますよね。調整を加えることによってカラーユニバーサルデザインになるのでしょうか?

池田さん:色弱の方々がよく言われるのは「深紅の赤よりも、やや朱色やオレンジに振ってくれると見やすくなる」ということです。ただ、赤とひと口に言っても、実際にはさまざまな色があり、色の使い方は複雑で難しいものです。

そのため、当社では「色彩のバリアフリー」を実現するために、カラーユニバーサルデザイン支援ツール「Lioatlas(リオアトラス)® CFUD」を開発して提供しています。

それは具体的にどのようなものですか?

池田さん:リオアトラスは、色覚タイプによる違いのない、見やすい色の組み合わせを誰もが簡単に作成できるアシストツールです。最適な色の組み合わせを選定するだけでなく、色覚タイプによる色の見え方の違いも確認できます。

作成した配色データは、AdobeのグラフィックソフトやMicrosoftのOffice系ソフトに直接出力できます。これにより、色彩デザイン段階でカラーユニバーサルデザインに対応できます。

また、実際に出来上がったデザインが色弱の方にどのように見えるかをシミュレーションするアプリケーションもあります。このアプリケーションでは、自動的に色を判別し、見えにくい色を見やすい色に変換してくれます。

Lioatlas® CFUDのプレスリリース

デザインの中には、意図した色を変えたくない場合もあるかと思います。そうした場合の対処方法はありますか?

池田さん:色弱の方は、一般の色覚の方よりもコントラスト(明度差)に敏感だといわれています。そこで「ディザ処理」という画像処理を利用する方法もあります。

例えば、認識させたい色の部分に市松模様を追加し、遠くから見ると色として認識され、近くで見ると模様が分かるように処理をします。こうすることで、色に頼らず、文字や形状によって情報が識別できるようになるんですね。

画像提供:東洋インキ株式会社

ディザ処理をうまく活用してデザインすれば、色相をできるだけ変えずに色弱の方にも見やすいデザインを実現することが可能です。

ほかにも例えば、カレンダーで休日の日付の文字を単純に赤色にするだけでは見えにくい場合も、文字を丸く囲むなどデザインの工夫を組み合わせることで解決できる場合もあります。

御社のソリューションは実際にどのような場面で活用されているのでしょうか?

池田さん:一例をあげると、株式会社バンダイ様では、当社のソリューションを利用してすべてのパッケージにカラーユニバーサルデザインが適用されています。キャラクターの色は変えられませんが、文字ははっきり見えるように配慮されています。

警視庁では、カラーユニバーサルデザインを適用して都営バスに秋の交通安全運動のラッピングをして運行しました。この取り組みは2009年に行われ、おそらく、これまでの入札制度の中で、カラーユニバーサルデザインが入札条件の一つに加わった初めてのケースだと思われます。また、さまざまな保険会社のパンフレットやインターネットのホームページでも当社のソリューションを使ったデザインが使用されています。

こんな話もあります。イギリスのあるサッカーの試合で、黒のユニフォームと赤のユニフォームを着たチームが対戦した際、色弱の方にはチームが判別しづらいとテレビ局に苦情が殺到したそうです。これは日本のメディアでも報じられましたが、色弱の方からすると実際にはどのように見えていたのか、当社で見え方のシミュレーションを行うと、ほとんど同色に見えていたことが判明し、その結果が記事に反映されました。

高齢化対応もカギに。多様性を理解した柔軟なクリエイティブを

見え方のシミュレーションは、デザインの際にも役立ちそうですね。御社におけるカラーユニバーサルデザインの取り組みは他にもありますか?

池田さん:日本が抱える課題の一つは、高齢社会です。そして高齢者の視覚に関してよく取り上げられるのが、老人性白内障です。50歳代で約45%、80歳代ではほぼ100%の方が発症するといわれています。人生100年時代という言葉もありますが、そうなると誰もが白内障になる可能性があるわけです。

当社では30年ほど前から高齢者の視覚に関する研究を進め、白内障の方でも見やすい画像を印刷するソリューションを提供しています。

これをさらに進化させるために、現在、名城大学との産学連携により、白内障の症状による見え方をシミュレーションするツールを開発中で、2024年夏頃にリリース予定です。

最後に、クリエイターに向けてメッセージをお願いします。

近藤さん:ものづくりでは“ワールドスタンダード”という言葉が世界共通のものとして象徴的に使われますが、実際にはほとんどの情報が視覚的な手段で伝えられおり、そこに多様性があることを認識するのは、クリエイティブや情報発信において非常に重要だと思います。

先ほどヨーロッパには先天性色弱の発生確率が日本より高い国があるという話があったように、クリエイターはそれぞれの地域による違いなども理解したうえで、どのように創造するかを考えることが大切ではないでしょうか。

                     社長特命担当 近藤雅彦さん

人間は視覚のほかにも、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感が備わっています。インキや印刷技術を駆使して、レンガや食品の手触りを立体的に再現したり、印刷物に香りをつけたり、温度や光で見え方が変化したりするなど、当社ではさまざまな手法を提供しています。視覚だけでなく、触覚なども含めて、こうした技術が多様な表現に役立つことを願っています。

笹生さん:私たちは、クリエイターの方々とより直接的なコミュニケーションを取りたいと考えています。「こんなことを表現したい」とリクエストがあれば、さまざまな選択肢をご提案できるかもしれません。展示会やウェブサイトからお気軽にコンタクトしていただけるとうれしいですね。

取材日:2024年2月5日 ライター・スチール:小泉 真治

artience株式会社

  • 代表者名:髙島 悟
  • 設立年月:1907年(明治40)1月
  • 事業内容:
    持株会社としてのグループ戦略立案および各事業会社の統括管理 グループ営業品目:有機顔料、加工顔料、プラスチック用着色剤、カラーフィルター用材料、缶用塗料、樹脂、接着剤、粘着剤、塗工材料、天然材料、メディカル製品、グラビアインキ、フレキソインキ、グラビアシリンダー製版、オフセットインキ、金属インキ、印刷機械、印刷機器、プリプレスシステム、印刷材料、インクジェット材料
  • 所在地:〒104-8377 東京都中央区京橋2丁目2-1 京橋エドグラン
  • URL:https://www.artiencegroup.com

東洋インキ株式会社

  • 代表者名:安田 秀樹
  • 設立年月:2011年4月
  • 事業内容:印刷・情報関連およびパッケージ関連の印刷インキの製造・販売。国内一部エリアにおけるartienceグループ製品の販売・サービス
  • 所在地:〒104-8377 東京都中央区京橋2丁目2-1 京橋エドグラン
  • URL:https://www.artiencegroup.com/ja/group/toyo-ink

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