“インスタ最恐”とSNSで話題になったホラーコミックを原作としたFODオリジナルドラマ企画『憑きそい』。作者が遭遇する身の回りの恐怖体験をリアルに描いた漫画作品集が、1話約12分の全10話で映像化されたショートドラマ作品です。 『憑きそい』の製作には、注目の若手や海外の第一線で活躍する数々のクリエイターが参加しています。海外の映像製作で多用される「現場編集」という手法を取り入れるなど、新しい映像製作の取り組みに挑戦しています。
前編となる本記事では『憑きそい』のロケ現場を訪れて、監督の一人である山口龍大朗さん、チーフ助監督の土田準平さん、現場編集担当の井上博貴さんにインタビュー。日本のドラマ・映画製作ではまだめずらしい現場編集にフォーカスしながら、撮影の舞台裏やドラマ製作にかける思いなどを取材しました。
「現場編集」が撮影現場にもたらす数々のメリット
ドラマ『憑きそい』の撮影現場では、数々の挑戦に取り組まれているそうですね。その一つに現場編集があるとうかがいました。どういった作業なのか教えてください。
井上さん: 文字どおり、収録現場で撮影した映像をパソコンに取り込み、動画編集ソフトを使ってその場でつないでいく作業です。といっても現場で本編集まで行うのではなく、あくまでも簡易的に映像を組んでみて、カット割りなどを確認するための仮編集の一部です。ほかにも、監督の演出意図が絵コンテどおりに反映されているかや、規定の尺(映像の長さ)に収まっているかなどを現場で検討するのに役立てています。
山口監督: いわば、作品の仮設計図を現場でつくるイメージですね。私が今回、現場編集を取り入れたいと思ったのは、物語のような尺の長い作品にこそ、活用する意味があると思ったからです。例えば、撮影した映像が前のカットに合っているかどうかの判断です。撮影後に編集室でシーンを確認することになりますが、「カットがつながってなかった」と後から気づいても、再び撮影には戻れません。現場編集を行えば、そうした判断が現場レベルで可能になり、必要であればすぐに撮り直しができるというわけです。
先ほどまで行っていた撮影でも、井上さんと「このカットは必要か」「もっと長めに撮った方がいいのではないか」と相談しながら、取捨選択して効率よく進められました。無駄な撮影を極力減らせることは、スタッフの方々に負担をかけないという意味でも、非常に大きなメリットだと考えています。
井上さん: 私も、別の作品で監督をすることがあります。現場編集を今回はじめて行ってみて、自分が監督する作品でも生かせる点が多いと感じました。現場で映像をつないで全体像がわかると、次のシーンの撮影に確信を持って移れるのではないかと思いますね。
お話をうかがうと、現場編集は撮影の効率化だけでなく、結果的に作品のクオリティー向上にも役立っていると感じますが。
山口監督: はい。やはり監督としては、役者さんのお芝居の魅力を優先させたいので、より演技を生かすために、どうするかを考える材料にもなります。その場で撮り方を変えることもありますから、結果としてより魅力的な作品づくりにつながっているのではないでしょうか。
土田さん: アクションやホラーといったジャンルの作品は、リズムやカット割りの妙が不可欠だと思っています。とくにホラー作品では、視線の誘導によって緊張感をどこまで持たせられるかが重要です。現場編集が入ると、その場で考えを詰められるため、作品がより違う見え方になると思いますね。
例えば、今回の企画の中で遠くから幽霊が現れるシーンがあります。現場でコマ落としで撮影をして、テンポよく見せようとイメージしながら撮影していたんですが、実際にどういう見え方をするかは、後日編集をかけてみないと分からないことも多いんです。それを現場ですぐに確認できるのは、活用の意味があると思います。
映像の着地点を見極めてプロセスを簡略化することが重要
一方では、絵コンテなどで完成イメージを事前にきちんとつくっておかないと何度も取り直しになり、余計に時間がかかってしまうこともあるのではないでしょうか。
山口監督: 準備の時間を取れるかどうかは、作品ごとの状況や予算の規模によって変わってきます。準備の時間を十分に確保できないのであれば、製作過程の別の部分で補う必要がありますが、そのための一つの方法として現場編集が活用できるのではないでしょうか。絵コンテを完成させるにしても、すぐにできることではありませんから、その時間を排除して現場で詰めていく場合もあっていいと考えています。
要は、バランスを取って進めるのが最善の方法というわけです。絵コンテをまったくつくらない監督もいらっしゃいますし、それぞれのスタイルによりけりですね。重要なのは、最終的にどういう映像にするかをしっかりと見極めること。そこに行き着くまでのプロセスをどれだけ簡略化できるかに尽きるのではないでしょうか。
土田さん: 現場編集の良し悪しは結局、監督がどこに重きを置いているかによって変わると思います。監督のタイプもさまざま。ビジュアルにこだわる監督なら現場編集は大いに役立つでしょう。反対に、本編集などの仕上げで詰めていく監督や、見せ方よりも芝居に重きを置いて撮りたいという監督であれば、現場編集はそれほど必要のない作業かもしれません。撮影のどの部分を効率的に進めるかによって、使い方次第で変わってくる気がしますね。
今回の作品においては、現場編集を参考にしてカット割りを減らすなど、山口監督が大いに活用されている印象ですので、非常にフィットしていると感じています。
井上さん: 現場編集は、単純に効率を良くするための作業だと捉えているので、どこまで取り入れるかは現場の人たちの考え方によって変わってくると思います。現場編集を生かすことで現場の効率が上がり、いい作品づくりにつながればいいですね。
今後は日本でも普及する? 現場編集が秘める可能性
撮影中、現場編集の映像を出演者さんとも確認している様子が見られました。反応はどうでしたか?
井上さん: 現場で編集していること自体、とても珍しそうに見ていらっしゃいました。海外に比べて、日本のドラマや映画の製作現場ではまだあまり普及していないため、現場編集という手法そのものに触れる機会が少ないのだと思います。
土田さん: 日本の映画界ではまだ一般的になっているとはいえない状況ですね。ただ、取り入れている製作チームはいくつか知っています。もともとテレビドラマなどの収録ではよく使われている印象がありますし、次第にドラマや映画製作にも浸透してきているのではないでしょうか。
井上さん: ほかにもCM業界でよく行われているようです。映画製作に取り入れられるかどうかは、予算の規模に応じて決まるかもしれないですね。VFX(ビジュアル・エフェクツ、CGなどの視覚効果のこと)を多用するような予算感の大きな映画では、現場編集を取り入れるケースが多いように感じます。
日本のドラマや映画の製作現場でまだあまり普及していないのは、なぜだと思われますか?
井上さん: おそらく、撮影した映像をその場でシビアにチェックしようという意識がないこと。さらに、スクリプター(記録係)の方がシーンの内容などを細かく記録しているため、現場編集がなくても問題なく進行できてきたという背景もあるのではないでしょうか。また、今回実際に現場編集を行ってみて、現場が移動するたびに機材も一緒に持ち運ぶのは難しい面があると感じました。
ドラマ『憑きそい』では、ノートパソコンやモニターなどの機材を撮影現場に持ち込み、私一人で編集する方法をとっています。もっと大きなモニターや作業テーブルが備わった現場編集専用のベースがあって、チームで作業できる環境が整えば、浸透しやすくなるかもしれません。そうはいっても、映画のバジェット(予算や経費)もさまざまですから、必ずしも現場編集を入れられるとは限りませんが。
山口監督: 私の場合だと、バジェット感の大きい作品であれば、確実に現場編集を入れるようにしています。CGが多い映画やカットに制限がある作品は、使用するカットをしっかり判断して撮影しなければ、無駄な撮影が増えてしまうことにもなりかねません。無駄に撮ることは、無駄なお金がかかること。無駄をなくして予算を有効的に使うためにも、現場編集が役立つのだと考えています。
現場編集ご担当の井上さんにうかがいます。現場編集をする上で、大切にされていることを教えてください。
井上さん: やはり、監督が何を確認したいかを踏まえて作業することです。山口監督は、絵コンテや尺を綿密に準備されています。そうした事前プランがしっかりしていれば、映像を絵コンテどおりに並べていくだけの仮編集でも十分な検討材料ができあがります。後で修正があっても作業しやすいため、現場編集の利点をより生かせるのではないかと感じました。
現場編集の映像を確認してカットの検討をする山口監督
井上さんが監督をされる作品にも現場編集を取り入れたいと思いますか?
井上さん: バジェットに余力があれば、ぜひ取り入れたいですね。山口監督がおっしゃっていたように、撮影後の編集の際に「カットのつながりが今ひとつしっくりこない」ことも減ります。その場である程度、カットがつながっているのを確認できると、次のシーンの撮影も安心ですから。今回の経験を生かして、さらに効率的な使い方を模索できればと思います。
多様な経験や視点を新しい作品づくりに落とし込みたい
今回の現場には、海外で活躍するクリエイターも参加されています。違う考えの方々を受け入れていくことも、一つの新しい挑戦ですね。
山口監督: 私は常々、自分と異なる感覚をもつスタッフと一緒に映画をつくりたいと思っています。海外経験の有無に限らず、多様なフィールドで活躍される方々の経験が融合することで、どういった新しいものができあがるのか、とても楽しみなんです。もちろん、今回もやってみなければわからなかった部分もあります。新しい挑戦をしなければ、今までどおりのものしかできませんから。
やはり視聴者の皆様は、今まで見たことのない作品を求めていると思うんです。そのためには、製作現場に何かしら新しい風を入れていくべきだと考えています。さまざまな経験を持つスタッフならではの“違う視点”を取り入れて、新しい作品づくりに落とし込んでいきたいですね。
土田さん: 製作スタッフは全員、誰も見たことのない作品をつくりたいという情熱をもって製作に取り組んでいます。新しいものをつくるためには、予定調和でない方が楽しいですよね。昨今は、CMやミュージックビデオ、舞台など、さまざまなバックボーンを持った方がドラマや映画の製作に加わるようになってきました。人によりそれぞれ異なる目線で製作に携わっているので、作品ごとに毎回違った新しさがあります。
土田さんも普段は監督をされるとうかがいました。この作品には監督目線で考えられるスタッフが多いと感じますが「船頭多くして船山に上る」ようなことは起きませんか?
土田さん: 意見の対立はたまにありますが。スタッフはみんな、なるべく自分の考えを押し付けないように配慮していると思いますよ。お互いプロですから、型破りなやり方をみると、時にはどうしても「こういう撮り方をするのが普通だよ」などと口を出したくなる気持ちもあるでしょう。しかし、せっかく尖った個性があるのに、それを削ってフラットにしてしまうようなことをすれば、誰も見たことのない作品はつくれません。スタッフそれぞれがバランスよく自分の個性を発揮して、監督も最終的にはスタッフを信頼して任せる。今回の作品では、それがうまく回っていると感じます。
山口監督: 私自身も能力を高めていきたいところですが、自分の仕事の範囲だけに目を向けるのではなく、違う経験のある人を取り込むことで、チームとしてまた別の世界が見えてくると思います。また今回、現場編集や多様性のあるスタッフといった、新しい取り組みへの挑戦を通じて、次の新しいチャレンジが見えてくるはずです。今後も積極的にいろいろな人と仕事をしながら、新しい作品づくりに挑戦していきたいと思っています。
取材日:2023年5月17日 ライター、スチール撮影:小泉 真治
VIDEO
『憑きそい』(全9話)
■配信: 2023年7月28日(金)第1〜3話配信開始(第1話無料) 2023年8月4日(金)第4〜6話配信開始 2023年8月11日(金)第7~9話配信開始 ※配信日時は予告なく変更される場合がございます。予めご了承ください。
■地上波放送:2023年8月16日(水)フジテレビ放送スタート (関東ローカル) 8月16日(水)25時25分~25時55分 第1話・第2話 8月23日(水)25時25分~25時55分 第3話・第4話 8月30日(水)25時25分~25時55分 第5話・第6話 9月 6日(水)25時35分~26時05分 第7話・第8話 9月13日(水)25時45分~26時15分 第9話
■出演: 山田真歩 山崎樹範 円井わん 大水洋介(ラバーガール) 深尾あむ ほか ■原 作:「憑きそい」山森めぐみ著(扶桑社刊) ■スタッフ: <脚本>藤本匡太(solo)/川原杏奈 <監督> 曽根隼人(BABEL LABEL)/山口龍大朗(エクション)/坂部敬史(DREAMFLY)/ 小山巧(THREE CHORDS) <プロデュース>下川猛(フジテレビ) <プロデューサー> 渡邉直哉(パロマプロモーション)/柳井宏輝(パロマプロモーション)/井上博貴/ 山口龍大朗(エクション) 制作プロダクション:パロマプロモーション 制作著作:フジテレビジョン
ストーリー
霊感が強い主人公のめぐみ(山田真歩)は趣味の占いをきっかけに様々な人々と出会い、恐怖体験に巻き込まれていく。ある日めぐみは駅のホームで笑う男と共に線路に飛び込む人を見てしまった。その瞬間の男の笑顔が頭から離れないー 丘の上に立つその家はいわくつきの物件だったー 子供の頃から怖かった実家、その階段から何か気配がー 蛇に取り憑かれた女子高生。消えた恋人はどこへ?彼氏の母親が怖すぎる。 思わず悲鳴を上げてしまう最恐のホラー体験を。