グラフィック2020.03.11

秘すれば花? Mushrooms @Somerset House

vol.93
London Art Trail
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

「キノコのアートの展示があるから行ってみようよ。」そんな声に誘われて向かったのは第46回でも紹介したテムズ川沿いにあるサマセットハウス。今回はこの広大な建物のサウスウィングにあるTerrace Roomsより、Mushrooms: The Art, Design and Future of Fungi 展をお伝えします 。

Beatrix Potter ©The Armitt Trust
ポターは1888 – 1897年にかけて300枚ものキノコのイラストを描いている。

 

まず目に入るのは博物館の標本見本のように正確に描かれたキノコの水彩画。描かれたのはビクトリア時代で英国において一般家庭にも顕微鏡がフツーに存在したほどまさに博物学の全盛期。作画者は、ビアトリクス・ポター。ご存知、ポターはピーターラビットの生みの親。実は絵本を書き始める前に彼女が夢中になっていたのはキノコだったんです。ポターはアマチュア研究者として王立植物園のキューガーデンで研究を重ねるほどになります。しかし最初はポターを歓迎していた研究者たちも、彼女が胞子の培養に成功すると態度が一変。博物学の権威、リンネ学会への論文を書き上げたものの、女性であったため学会に参加することは認められませんでした。結局論文は植物園副園長が代理で読み上げることになり、タイトルだけしか読み上げられなかったとも。地団駄を踏んだポターですが、これを期にキノコと別れを告げ絵本作家への道へ。性差別がなかったら真菌学者として名を馳せていたであろうポターですが、そうなっていればピーターラビットは生まれなかったと思うと複雑です。ちなみにリンネ学会は当時性差別があったことを認め、1997年に公式に謝罪したそうです。論文の発表から100年後のことです。

ルイスキャロルの不思議の国のアリスの挿絵、イラストはGwynedd M.Hudson, 1932

キノコの出てくる児童文学といえば、不思議の国のアリス。ヨーロッパでは長い間キノコはその奇妙な見た目や毒性から魔女や魔術と結びついて得体の知れない恐ろしいものとして扱われてきました。それが児童文学に登場することで、不思議だけど親しみのあるものへとその地位に変化が訪れます。

“Untitled (Wood) ©Graham Littl

古典絵画のように綿密に描かれた絵の中で少女たちが行なっているのはキノコ狩り?カゴの中の赤いキノコのベニヤマタケ、大きな茶色の脳みそのようなシャグマアミガサタケ、白いマシュマロの玉のようなジャイアント・パフボールなどが描かれています。作品はGraham Littleの “Untitled (Wood) 2019”。

“Fly Amanita, 2010” ©David Fenster

キノコは植物それとも動物?植物は自分で養分をつくりだすけれど、菌類や動物は、他の生き物から養分を得て生きている!そう考えると菌類は進化的には植物より我々動物に近い生き物なんだそう。人とキノコの共通の祖先は12億年前にさかのぼるのだとか。紅白のカラーでおなじみのベニテングタケに扮しているのはDavid Fenster。キノコとして人との関係を淡々と解説しているパフォーマンス作品は “Fly Amanita, 2010”。

“My fingers distended as honey dripped from your lips
and we danced in a circular motion, 2019” ©Adham Faramawy

シロシビンやシロシンを含むキノコは幻覚作用を引き起こすために太古から各地で神と交信する神聖な媒体として使われて来ました。1950年代に入ると西洋においてこの存在が広く知られるようになり、その研究が進む一方で、快楽のための乱用も盛んになります。Adham Faramawyのそんなキノコでトリップしたような映像作品“My fingers distended as honey dripped from your lips and we danced in a circular motion, 2019”

“Land of the midnight mushrooms 2019”  ©Seana Gavin

夜になると都市のあちこちにニョキニョキとキノコが伸びて来て、キノコのビルに灯がともり…。キノコにはやっぱりSFの世界が似合う?Seana Gavinのキノコをモチーフに近未来的な世界を描いたコラージュ作品“Land of the midnight mushrooms 2019”。

“Digressions, 2020” ©Hamish Pearch

黒焦げのパンから生えて来たキノコに紙から生えて来たキノコ!黒焦げのパンは最近こちらで流行している、挽いたコーヒー豆のゴミを使った肥料でのキノコ栽培キットを彷彿させます。培養紙からキノコを育てる!なんて日が来るかも。作品はHamish Pearchの“Digressions, 2020”

“Large mycelium ceiling pendant 2017”  ©Sebastian Cox & Ninela Ivanova

この有機的な形のランプの傘、実は生きているんです!生きてるって、どういうこと?傘は実際菌糸体で出来ていて今も育っているのだとか。作品はSebastian Cox Ninela Ivanova の “Large mycelium ceiling pendant 2017”。

“Hypha, 2019”  ©Pentagram, Counterpoint & Rosie Emery

キノコで文字を表現したらどうなる?コンピューターが用意されていて、菌糸体とキノコの胞子の成長をプログラミングした活字書体を試せるようになっていました。早速「MIYUKI」と自分の名前を入力して見たら!ぐんぐん育ってワイルドなマッシュルームに。読めるかな? 作品はPentagram, Counterpoint & Rosie Emeryのコラボレーションプルジェクトで “Hypha,2019”。
普段は隠れた存在のキノコに焦点を当てたキノコのアート展、いかがでしたでしょうか。ここでは紹介していませんがアートだけでなくたくさんの関連書物やレストランとのコラボレーションなども用意されていて興味深かったです。

プロフィール
London Art Trail
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:www.miyukikasahara.com

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