製作費が一千万円でもそんな洒落たキャメラが使えるなら有難いことだ。ボクは、誰も見たことがない映画を撮るぞと自分に言い聞かせた。

Vol.69
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

『ガキ帝国』(81年)の制作に取りかかるその前年、1979年に観た映画を振り返ってみる。『フレンチ・コネクション』(72年)の鬼才、ウィリアム・フリードキン監督の『ブリンクス』は終戦後のボストンで起きた現金強奪事件を基にした、ならず者たちの話。「刑事コロンボ」のピーター・フォークが家族思いの泥棒役を愉しそうに演じた。『ディア・ハンター』はベトナムの戦場で地獄に曝されるロシア系労働者仲間らの友情話だが、残虐な北ベトナム兵しか出てこないのが納得できなかった。『ビッグ・ウェンズデー』は大波に挑むサーファーたちの青春。これは切なくて胸を打たれた。『復讐するは我にあり』は緒形拳の殺人鬼に圧倒されっぱなしで時を忘れた。今村昌平監督の力業だ。『サイレント・パートナー』は平凡な銀行員が強盗騒ぎの隙に金を着服して強盗と渡り合う。よく錬られたシナリオだった。残忍な強盗役のクリストファー・プラマーもいいが、行員のスザンナ・ヨークが可憐で、「私も白昼夢が見たいわ」と言うラストが爽やかだった。『エイリアン』は予告篇に騙されて観た。宇宙貨物船とやらの乗組員らが最凶の異星生物に食い殺されていく。こんな外連味だけの見世物はボクには用がなかったが、どれもこれもボクの映画の作り方に影響したものばかりだ。

そして、1980年。この年はアート・シアター・ギルド(ATG)の佐々木社長プロデューサーの指揮下で、『ガキ帝国』の準備が始まり、ボクのそれまでの人生の中で最も忙しい年となった。周りから訊かれる度に、「これは60年代末期の大阪の繁華街を舞台に、明日を知らない不良少年たちがストリートファイトに明け暮れる話です」とうそぶいてはいたものの、果たして、どんな映画に仕上がるやら、自分でも見当がつかなかったのが本当のところだ。ボクの頭の中では、不良少年たちが大阪の繁華街で互いに目を合わせただけで喧嘩になり、徒党を組んで通りを闊歩したり、遊び場の支配を争って乱闘するそんなイメージ画像が舞い踊っていただけだ。あらすじはまだ出来ていなかった。その骨格になる場面や、登場者たちのキャラクターを固めないと話にならない。ボクは早速、ピンク映画3本を一緒に作ってきた脚本家たちと和歌山の海辺の旅館に泊まり込んで、場面(ハコ)や人物(キャラクター)を練り直すことにした。

主人公は18歳の3人組。一人は特別少年院から出てきた荒くれ者のリュウ、一人はその弟分のチャボ、もう一人は在日韓国人の高校生のケン。そして、在日朝鮮人の“明日のジョー”というチンピラが入会する大阪のキタ(梅田)を勢力圏におくのは“北神同盟”(これは実在した梅田会という集団が元ネタ)、さらにミナミ(難波)を根城にしていた“ホープ会”(これも実在した集団)、それに、生野の鉄砲隊やアパッチ、第三勢力のピース会など…。

そんな当時の悪名高いチンピラ集団を思い浮かぶままに物語に配置していくシナリオのハコ作りは愉しかった。大阪に戻ってからは、ミナミのアメリカ村でサーフショップを営む自称“一匹狼”の店長や、行きつけの呑み屋で知り合った大阪朝鮮高校出身の遊び人たちをスタッフルームに招いて、60年代末期の彼らだけが知る珍事や事件を取材した。グループの“頭”(アタマ)が代わると方々に回覧文が配られたり、自家製の改造銃を喧嘩相手に奪われて撃たれて死んだ少年がいたり、“ゴキブリ”という渾名で100人を相手に闘った超人がいたり、これらのエピソードは全部、シナリオに反映させていった。

それと並行して、オーディションに応募してきた少年たち何百人かを片っ端から面接して、この現場に参加する意気込みのほどを語ってもらい、ついでに人生の悩みを素直に打ち明けてくれた青年、孤独な顔つきの高校中退少年、もの怖じしない元気女子たちを選んだ。でも、全員が演技未経験なので、役を振り分けるのは一苦労だった。7月頃から、一行でも台詞のある役付きの者たちで場面ごとに演技リハーサルを始めた。主演に決まっていた島田紳助と松本竜介の二人も一緒に練習した。全員が真剣だった。北神同盟の“頭”役の青年が「オレ、生まれて初めて真剣に生きてますわ」と言うので、皆で笑った。  

演技未経験の若者に即興メソッドを教えることは意外に易しかった。「普段、喋ってるように喋って、してるようにして」と言うと、彼らは自然に感情表現が出来た。横から、竜介くんが「オレらみたいに吉本新喜劇見て育った者は、やっぱり、かっこつけて台詞喋ってまうからあかんねんなぁ、君らの方が上手いな」と言って、皆を励ましてくれた。紳助くんも「竜介、芝居臭いのはあかんぞ、オレまでつられてしまうし、二人共カットされてまうぞ」と笑わせた。

カメラマンの牧さん(故人)もリハーサル室にやってきて、「皆、上手いな。やっぱり大阪弁の映画はええね。オモロなるよ、この映画」と励ましてくれた。そして、「監督、ええ話があるんや。実は、器材屋がアメリカのパナビジョン社のキャメラ、CM業界ぐらいしか使わないブランドやけど、今ならドル換算で貸し出すから安くできるって。パナのレンズは切れがいいらしいし、使ってみようか」と提案した。製作費が一千万円でもそんな洒落たモノが使えるなら最高だ。ボクは二つ返事で了解した。誰も見たことがないものを撮ってやるぞと、自分に言い聞かせた。

(続く)

 

≪登場した作品詳細≫

『ガキ帝国』(81年)
監督:井筒和幸
脚本:西岡琢也
原案:井筒和幸
出演:島田紳助、松本竜介、趙方豪、升毅 他

『フレンチ・コネクション』(72年)
監督:ウィリアム・フリードキン
製作:フィリップ・ダントニ
製作総指揮:G・デビッド・シン
出演:ジーン・ハックマン、フェルナンド・レイ、ロイ・シャイダー、トニー・ロー・ビアンコ 他

『ブリンクス』(79年)
監督:ウィリアム・フリードキン
製作:ラルフ・サープ
原作:ノエル・ベーン
出演:ピーター・フォーク、ピーター・ボイル、アレン・ゴーウィッツ、ウォーレン・オーツ 他

『ディア・ハンター』(79年)
監督:マイケル・チミノ
製作:バリー・スパイキングス、マイケル・ディーリー、マイケル・チミノ、ジョン・ペバロール
原案:マイケル・チミノ、デリック・ウォッシュバーン、ルイス・ガーフィンクル、クイン・K・レデカー
出演:ロバート・デ・ニーロ、ジョン・カザール、ジョン・サベージ、メリル・ストリープ 他

『ビッグ・ウェンズデー』(79年)
監督:ジョン・ミリアス
製作:バズ・フェイトシャンズ
製作総指揮:タマラ・アセイエフ、アレックス・ローズ
出演:ジャン=マイケル・ビンセント、ウィリアム・カット、ゲイリー・ビューシイ、パティ・ダーバンビル 他

『復讐するは我にあり』(79年)
監督:今村昌平
脚本:馬場当
原作:佐木隆三
出演:緒形拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子 他

『サイレント・パートナー』(79年)
監督:ダリル・デューク
脚本:カーティス・ハンソン
原作:アンダース・ボデルソン
出演:エリオット・グールド、クリストファー・プラマー、スザンナ・ヨーク、セリーヌ・ロメス 他

『エイリアン』(79年)
監督:リドリー・スコット
製作:ゴードン・キャロル、デビッド・ガイラー、ウォルター・ヒル
製作総指揮:ロナルド・シャセット
出演:シガニー・ウィーバー、ベロニカ・カートライト、トム・スケリット、イアン・ホルム 他

出典:映画.comより引用

※()内は日本での映画公開年。
※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。

 

●鳥越アズーリFM「井筒和幸の無頼日記」(毎週日曜13:00〜13:50 生放送中)

https://azzurri-fm.com/program/index.php?program_id=302


●映画『無頼』
欲望の昭和を生きたヤクザたちを描く『無頼』はNetflixでも配信中。

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

TOP