シンガポールのクリエイティブを語る #2

Vol.34
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. エージェント/マネージングディレクター
Junya Oishi
大石 隼矢

Fellows Creative Staff Singapore PTE. LTD.代表の大石隼矢(おおいしじゅんや)です。

いつもコラムをお読みいただきありがとうございます。
第34回目のコラムです。

<前回まで>
8月9日はシンガポール建国58周年の記念日でした。「クリエイターエージェントとしてシンガポールに来て、もう3回目の建国記念日か」と余韻に浸りながらコラムのテーマを考える中で、私がこれまで書いてきたコラムのアーカイブを読み、3年経って気づいたシンガポールのクリエイティブ事情について自分の言葉で“アップデート”をすることにしました。
(前回のコラムはこちら→https://www.creators-station.jp/column/197077

<今回のおはなし>
前回のコラムで語った内容とは違う切り口で、今回書きたいと思った時に「きっとこのコラムを読む方々の中には将来的に海外で働きたい/海外の仕事を受けてみたい、という方もいるのではないか?」と考えつき、実際のシンガポールの給与や報酬事情を取り上げてみようと思いました。実は以前のコラムでもシンガポールのクリエイティブ系職種の給料や報酬額について少し触れたこともあるのですが、それを読み返してみると「リアルな声」がなくあまり参考にならないかも?と感じました。せっかく私は現地にいるので、直接クリエイターやクリエイティブ関連のお仕事をされている方々にプチ取材を敢行して、より解像度の高い「現地情報」を提供したいと思います!

 

■クリエイターの賃金は他の職種と比べて低い!?

私はここ数年、シンガポールのクリエイティブ業界は着実に発展してきていると思います。クリエイティブと一口に言ってもさまざまですのでわかりにくいかもしれませんが、例えば日頃訪れるビル街の建築、飲食店の内装、ショッピングモールに入居するアパレルや化粧品ブランド、街ゆく人々のファッションが私がシンガポールに来た約3年前よりも洗練されていたり、モダンであったり、トレンドなデザインであったり、変化を感じるからです。シンガポール発のクリエイティブも増えたと思います。そういったところから私の専門領域である人材市場を見ていくと、デザインやブランディング、コンテンツ制作、ソーシャルメディア運用、といった求人を目にすることが確実に増えました。しかし、私が3年前シンガポールに来た頃には、周りから「シンガポールでクリエイティブは育たないよ」と言われていました。

では本当に、シンガポールでは他の業界と比べてクリエイティブ業界は育たず、「クリエイターの賃金は低い」のか?ここを少し深掘りしてみましょう。クリエイティブ業界、というグループ分けはシンガポールでまだ確立されていないためいくつかのソースを見ながらピックアップして他の職種と比較していく方法を取りたいと思います。今回はシンガポールで最も大きいジョブサイトの一つ、Jobstreetの2023年9月現在のデータを参照していきます。

<シンガポールの職種別平均給与>*全役職ランクを含む平均
1)Software Engineer(ソフトウェアエンジニア)
SGD4,900〜5,000

2)Data Engineer(データエンジニア・AIなど)
SGD5,200〜5,800

3)Financial Planner(ファイナンシャルプランナー)
SGD4,000〜5,000

4)Network and Security Engineer(ネットワーク・サイバーセキュリティエンジニア)
SGD4,800〜6,000

5)Designer(デザイナー全般)
SGD3,700〜4,800

6)Video Editor(映像エディター)
SGD2,700〜3,400

7)Creative Director(クリエイティブディレクター)
SGD6,500〜8,800

8)Sales Executive (営業スタッフ)
SGD3,100〜4,000

9)Primary School Teacher(小学校教師)
SGD3,700〜4,900

10)Restaurant Chef(飲食店シェフ)
SGD2,900〜3,800

参照:https://www.jobstreet.com.sg/career-advice/explore-salaries(2023年9月14日時点アクセス)

手作業で一つ一つ見ていくと、このような結果でした。シンガポールでは金融分野やIT分野はかなり進んでいるので比較対象として取り入れたのと、営業や教師、飲食店シェフなどは他業種でありながらみなさんにも馴染みのある職種だと考え、ピックアップしてみました。どんな印象を持たれましたか?日本円ではなくシンガポールドルで記載したのですが、2023年9月時点でのシンガポールドルの円相場は106〜108円を推移しています。「え!平均給与高い!」と思うかもしれませんね。ただ日本とシンガポールでは、家賃や物価などの違いや労働人口数の差があるため一概に断言できませんが、あくまで平均ということを考えると日本と同じか少し上かもしれません。

クリエイティブ系の仕事はというと、ここで取り上げたのはDesigner、Video Editor、Creative Directorの3種です。ITや金融に比べると見劣りするものの特段「低い」という印象は持ちません。またDesignerの中でもGraphic Designer、Web Designer、UX Designer、Interior Designerで少し異なってきます。

Graphic Designer
SGD2,800〜3,300

Web Designer
SGD3,200〜4,100

User Experience(UX) Designer
SGD4,600〜5,000

Interior Designer
SGD3,000〜3,700

 

■企業は幅広いポジションのクリエイターを求めている?クリエイティブ分野での転職市場感は

上記以外にもデザイナーという仕事はそのジャンルが多岐に渡りますね。シンガポールでも同様で、このほかにもProduct Designer(プロダクトデザイナー)やCG Designer(コンピューターグラフィックデザイナー)、Game Designer(ゲームデザイナー)、Architectural Designer(建築デザイナー)といった求人が掲載されています。またPhotographer(スチールカメラマン)やCopywriter(コピーライター)、Social Media & Content(SNSとデジタルコンテンツを扱う職種)、Event Manager(イベントマネージャー)、Digital Marketer(デジタルマーケター)など。

もっと細かく言えば、会社によってはTikTok Video Strategist(TikTokビデオ戦略立案)みたいな求人もあったりしまして、興味深いです。

シンガポールでクリエイティブ関連職が注目されていることを象徴する記事がDesign Singapore Councilから出ていました。

記事:Singapore’s design workforce to grow 25% Demand driven by non-design sectors
https://designsingapore.org/news/singapores-design-workforce-to-grow-25-demand-driven-by-non-design-sectors/

この記事によればシンガポールのデザイン関連職の67%は非デザイン業界で働いているということ。つまりデザイン事務所とかクリエイティブエージェンシーではない企業に勤めているということになります。2030年までに必要となるデザイナー関連職は増加すると予想されていますし、給与額も上がっているとのこと。また「企業がユーザーにとって親切なデジタル体験を生み出すことへの戦略的価値を認識するにつれてデザイナーの需要が高まる」とあるので、デザイナー関連職にとどまらず、デジタル体験が重視される世の中においてクリエイティブ関連職のニーズは今後も高まっていくでしょう。給与も人材需要に応じて上がっていくでしょうね!

 

■では実際のクリエイターたちの声は?

では実際、シンガポールで私が出会ってきたクリエイターたちはどのような意見か気になりますよね。やはりこういったデータは誰でも時間をかければ調べられますが、現地にいる私だからこそ届けられるのは生の意見!ということで実際に、現地で働くクリエイターの声をピックアップしていきたいと思います。共通してこんな質問をしてみました。

 

“Do you feel that market salary range of creative related position like you do has been increased compared to 5 years ago?”(5年前と比べてあなたのようなクリエイティブ関連の仕事をしている人々の市場給与幅は向上したと思いますか?)

 

クリエイティブディレクター/個人事業 Aさん
「私が企業で働いていた直近では自身の給与の変化はありませんでした。長く勤めていても給与が大幅にアップするということはあまり経験できませんでした。現在はフリーランスを経て独立しているので参考にならないのでは。ただ、シンガポールでは転職とともに給与が上がっていくので業種問わずに盛んに転職する人が増えれば平均給与は上がっていくと思いますよ」

映像ディレクター/フリーランス Bさん
「考えたこともなかったな(笑)僕はずっとフリーランスだからかもしれないけど、急にクライアントからもらえる報酬が増えたってことはないよ。だけどアメリカやヨーロッパの人と仕事をするからそちらのレートだとシンガポールより高いこともある。君の質問を機に市場価格を気にするようにしてみるよ(笑)」

コンテンツクリエイター/広告代理店勤務 Cさん
「5年前というと私が入社する前ですからあまり大きな給与の変化には気づかないですが、給与ではなくて求人の数で言えば増えた気がします。シンガポールのジョブサイトは一つではありませんし、今はLinkedInと言ったソーシャルメディアで積極的にダイレクトリクルーティングが行われています。そこでは給与額を聞かれてそれ以上を提示されることが多いようですし、ヘッドハンティングみたいな感じですね。実際に調べたことはありませんけど、転職によって給与が上がっている人は増えてると思いますよ。あと私はシンガポール人だから副業できますし、そういう部分での収入も気にしています」

デジタルマーケティングマネージャー Dさん
「とても難しい質問だが、答えはNoだ。僕が感じる限りはね。5年前と大して変わらないよ」

 

■シンガポールの転職文化とクリエイティブ関連職の需要増との相乗効果で、全体的に賃金が底上げされる

Design Singapore Councilの調査データでは、クリエイターの賃金が上がっていると言われていましたが、実際の取材を行ったクリエイターからは、「実感できない」という声が多数を占めました。ただ、Cさんも話していたように、転職をすることによって自分の給与や待遇をより良いものにしていく習慣が根付いているシンガポール。私がこのリサーチと取材を通じて確信できたのは、シンガポールは転職が盛んに行われる国であることと昨今の企業でのデザイナーをはじめとしたクリエイティブ関連職の需要増が掛け合わさることによって、いわゆる市場価格が上がっていくのだろうということです。

さらに、ITの進歩が著しいシンガポールにおいて、デジタル領域でのユーザーフレンドリーさを重視していく企業が増えてくれば、それに携わるクリエイターたちのニーズも高まりそう。シンガポール国内に限って言えば、今後ますますクリエイティブ人材への注目は高まるでしょうね!

そうなってくるといろんな経験やスキルを携えたクリエイティブ人材が5年後10年後にはさらに増えていくとともに、国内に限らず海外へもその人材を獲得しようとする流れが来るんじゃないかと思います。それに応じて、国外からもシンガポール人クリエイターを求める流れが来ているし、さらに増えていくかもしれません!私が来た頃に言われた「シンガポールでクリエイティブは育たないよ」という言葉が過去の話になるかも?とワクワクしています。

一方でそうなった時にシンガポール企業からの日本人クリエイターの需要はどうなっていくでしょうか。日本のクリエイターは素晴らしいスキルを持っている方が多いと思うし、シンガポール人クリエイターとはまた別のアイディアが出るので、そこに需要と価値を作れると思います。勉強熱心で新しい技術やアイディアに敏感なシンガポールでは、そう言ったケース、つまりシンガポールから「日本のデザイナーを使いたい」だとか「映像ディレクターで優秀な日本人を紹介してほしい」といった場面が増えていくのかもしれません。

こう言ったことを想像した時に、私がやらなければいけないミッションは、今から日本人クリエイターの紹介実績を作っていくこと。Fellowsとともにシンガポールをはじめとした東南アジアと日本とのクリエイティブ人材の交流を生んでいきたいと思います。

 

※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。

プロフィール
Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd. エージェント/マネージングディレクター
大石 隼矢
1990年 静岡県焼津市生まれ。小さいころからサッカーに魅了され、日韓ワールドカップで来日したデイビッド・ベッカムの話す英語に衝撃を受け、自分も話せるようになりたい!と大学は外国語大学へ。2010年カナダ・ウエスタンオンタリオ大学へ交換留学。2012年株式会社フェローズ入社。ブロードキャスト・ビジュアルセクション。2020年4月にフェローズ初の海外拠点であるFellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.の責任者に就任。好きなバンドはOasis、最近の趣味はNetflixで英語学習、尊敬する歴史上の人物は吉田松陰と白洲次郎、好きな食べ物はカレーライスとらっきょう、嫌いな食べ物はかぼちゃと大学芋、みずがめ座B型、佐々木希とジェームズディーンと富岡義勇(鬼滅の刃)と同じ誕生日。
Contact:https://www.fellow-s.com.sg/contact-us/
Twitter:@junya_oishi
Facebook:https://www.facebook.com/profile.php?id=100063693212316
LinkedIn:https://sg.linkedin.com/company/fellows-creative-staff-singapore

また、Fellows Creative Staff Singapore Pte. Ltd.では、フリーランスのクリエイターがリモートワークでプロジェクトを受注できるサービスを始めました。その名も「Fellows Creators」。例えば日本人がシンガポールの案件を、シンガポール人が日本の案件を、といった形でクロスボーダーに案件の受発注ができるようなサービスを目指しています。
詳細はこちら▽
https://fellow-s.com.sg/fellows-creators/

日本中のクリエイターを応援するメディアクリエイターズステーションをフォロー!

クリエイターズエージェント in シンガポールをもっと見る

TOP