「滑走路の沼にはまる」

第93話
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
Akira Kadota
門田 陽

趣味嗜好は十人十色と言いますが、人は年齢によってもずいぶん好みが変わっていくと思います。僕は今、誰かに趣味を聞かれたら迷うことなく落語と相撲(もちろん両方とも客席で見るだけ)と答えますが、落語を好きになったのは40歳を超えてからでした。それが今では生活の一部かのように寄席や落語会に通う日々。30代の頃までわりとやったゲームには興味が失せ、カラオケにも全く行かなくなりました。お酒はずっと飲み続けていますが、20代はウイスキー、30代は日本酒、そして40を超えてからは主に焼酎を飲むようになりました。それに伴って入る居酒屋も変わります。若いころは何となく敷居が高く感じられていた小料理屋さんや気難しそうな大将がいる店にも出入りできるようになりました。加齢とともに人間が図太くなったのかもしれません。

さて、先月から僕は上野に住んでいるのですが、家のすぐ近所のアウトドアショップが気になります。そこはここに引っ越す前までは全く興味がなかったお店。もちろん有名なお店なので一度か二度は入ったことがありますが、僕とは違う余裕のある人たちの空気感が漂う店内はどことなく馴染めませんでした。いい感じの外国のお店の雰囲気。家には小さくない暖炉がある国の暮らしを思い浮かべることができるそのお店の名前はmont-bell(モンベル)。きっと品のいい北欧の背の高い人たちの国のお店なのでしょう。

では今回なぜ僕には縁遠いと思われたモンベルが気になったのか。それは新居(事務所兼)のベランダに寛げる椅子がほしいと思ったからです。ディレクターズチェアというかキャンピングチェアというのかな?肘掛けがあってそこに飲み物の置けるカップホルダーの付いた椅子です!この類のものを現物を見ずにネットでポチッとする度量はないのでお店に行きました。店内はウッディで明るくて素敵で台東区とは思えません。店員さんの対応もテキパキしていて心地よく、すぐに目当ての椅子も見つかり色違いで2脚を購入。その場の勢いで年会費1500円を払ってモンベルクラブにも入会しました。なぜだかちょっと誇らしく思えました。

椅子を担いで事務所に戻りベランダで組み立てるとドンピシャで大満足(※写真①)。

※写真①

早速冷蔵庫からビールを出してカップホルダーに置くともう飲まずにはいられません。気持ちよく2缶目を飲んでいる途中で、ふとモンベルってどこの国かなと気になります。イケアがスウェーデンだからたぶんスウェーデンではないな。フィンランドかノルウェーかデンマークかもな?と予想しながらスマホで検索してその場で愕然としました。

うん?エッー!?ウソでしょ!!モンベル本社は大阪府大阪市でした。いや~すっかり騙されていました。いやいや、モンベル側には何の落ち度も罪もありません。僕が勝手に北欧のいい感じの国(って、どこやねん!)の休日にくつろぐ背の高い余裕綽々の人たちの絵を思い浮かべていただけです。いやいや、絶対わざとでしょ。お店の佇まいも商品のトーンもカタログやパンフレットやリーフレットのデザインもどれも欧州風だし、絶対わざとでしょ!第一、お店の玄関のクマ(※写真②)はどう見ても北欧でしょ!

※写真②

北欧、行ったことないけど。あ~~またしても見事に騙されました。これで今年二度目です。

僕は子供の頃からずっと文房具が好きで特にノートが大好きです。ロケで海外に行くと決まってその土地の文房具屋さんでローカルなノートを買います。ところがコロナで海外に行けなくなりました。その頃、丸の内のステーショナリーショップで見つけたノートに強く心奪われました。そのノートの名前はRollbahn(ロルバーン)。滑らかな紙質、書きやすい5㎜方眼、ゴムの栞紐が付いていて後ろには5枚のビニールホルダー。お見事な仕様です。ノートの横に立てられたショップカードには「ロルバーンはドイツ語で滑走路の意味。自由な発想の旅へ向けて離陸してください」と書いてあります。魅かれました。この日から僕は全国津々浦々でロルバーンのノートを探しまくりました。というのもロルバーンは色々なアーティストやキャラクターや地方とのコラボ商品があってコレクターも多いのです。地元福岡に戻ったときは「あまおうロルバーン」、札幌では「夕張メロンロルバーン」、仙台では「伊達政宗ロルバーン」、ほかにも「草間彌生ロルバーン」、「村上隆ロルバーン」、「ウルトラマンロルバーン」、「エヴァンゲリオンロルバーン」と次から次に見つけては購入しました。定価はいずれも1冊1000円前後ですが、中にはわざわざ飛行機で買いに行ったりもして気が付くと200冊以上。収納スペースに困るようになりました(※写真③)。

※写真③

どっぷりとロルバーンの沼にはまりました。2023年、今年に入りコロナもだいぶ落ち着いて海外にも行けそうなムード。ヨシッ!退職記念にロルバーンの祖国ドイツに行って本場のロルバーンを買おう。ネタにもなるし、有給消化もあるから善は急げすぐ行こうとロルバーンの本社の場所を調べました。

うん?エッー!?ウソでしょ!!ロルバーンは日本のデルフォニックスというメーカーが発売しているブランドでした。本社は目黒区八雲、電車で行けます。このロルバーンショックからようやく立ち直りかけていたのに、こんどはモンベルショック。振り返ると過去にもモスバーガー、エドウィン、モロゾフ、フランスベッド等々にも同じ目にあいました。

今回の結論。僕はいや人間は同じミスを何度だって繰り返す動物。以上。

 

ところで十人十色って、つまり一人一色だから至極普通な慣用句だよな、九人十色とかの方が謎めいて面白いのに、という話はまたの機会に。

 

※掲載の社名、商品名、サービス名ほか各種名称は、各社の商標または登録商標です。
※写真③掲載の商品:ロルバーン ポケット付メモ

プロフィール
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
門田 陽
クリエーティブ・ディレクター/コピーライター 1963年福岡市生まれ。 福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州、(株)電通を経て2023年4月より独立。 TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。 趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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