農場に現れたアート? Winter Sculpture Park @Gallery 32

Vol.130
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき

「ENCAPULATION, 2023」Nicola Turner

「農場の跡地を利用した屋外美術ギャラリーがあるからいってみようよ。」ロンドンの南東端、ケント州との境のベクスリー区にあるギャラリー32。ベクスリー駅を出て住宅街をぬけると目の前に現れたのは果樹園。ここがギャラリー?ギャラリー32は、3年前の英国ロックダウン真最中の2020年、規則も壁もない美術家のための自由な表現の場をと、Meg StuartとKieran Idleによって設立されました。早速散策して見ます。

りんごの樹のあいだで、子犬が恐る恐るのぞいているのは菜園温室ハウス。温室からその薄い壁を破壊して出てきている黒い生き物が鉄の爪を地面に突き刺しています。作品はNicola Turnerの「ENCAPULATION, 2023」。心的外傷後ストレス障害(PTSD)に15年以上悩まされながら制作をしているというTurner。羊毛や馬の毛など柔らかい自然素材を使って、彼女の中にある物の怪を表現し、引きずり出すことが、トラウマを癒す助けになるとTurnerは言っています。


「ABACUS, 2023」Anta Germane

子供達が遊んでいたのは巨大な玩具のソロバン?人だかりが去ってからよく見れば、串に刺されていたのは珠ではなく、英ビクトリア朝建築の家を3Dプリンターでプリントしたもの。ここ10年以上家賃も家の値段もうなぎ上りのハウジング・クライシスの続く英国。「家」が住む対象というより投資の対象、マネーゲームという考えが主流のためで、無邪気に作品で遊ぶ子供達を見ながら大きくため息をつく大人たちの姿が。作品はAnta Germaneの「ABACUS, 2023」。


Darcey Fleming

果樹園を出て丘を登ります。丘の途中ではカラフルな椅子で一息する人の姿も。近郊農場の廃棄干し草をリサイクル、カラフルに染めて編んだ椅子はDarcey Flemingの作品。


「THE POINTER, 2021」Simon Kennedy

丘の上に広がっていたのは広大な牧場!木製のサテライトのような作品が遠く彼方の現在の北極星、こぐま座α星(ポラリス)を指差していました。作品はSimon Kennedyの「THE POINTER, 2021」。


Jamie Temple

冷たく強い風の吹いていたこの日、手彫りの木の風車は、ときおり頭の向きを変えながら、綺麗に回転していました。三つの風車の中央には小さな苗木が植えられていました。この苗木は風車の作られた木と同じ木なのでしょうか?こちらはJamie Templeの作品。


「RUNE, 2023」Charlie Franklin

古代のモミュメントのようにも、溶けていくアイスバーグ(氷山)のようにも見える作品はCharlie Franklinの「RUNES, 2023」。アイスバーグといえば、南極の氷が溶けると海面が上昇するか、しないかという議論はよく聞きます。ところが、先日ネイチャー誌に発表された海洋学者の研究によると、現在の状況(二酸化炭素の排出量)が続けば、この先わずか30年ほど、2050年までには、南極の海洋の深層循環が42%遅くなるという分析が出ているそうです。過去では1000年以上の歳月をかけて変化してきたという海洋深層循環の短期間での劇的な変化。南極の氷の溶解に拍車をかけることは間違いなさそうですが、気候の変化、海洋生物への影響などは計り知れません。

「21 DOORS, 2023」Sing a Song on the Ground Collective

どこから見てもドアのある家?ドアを組み合わせて作られたという小さなキュービックの家。エッシャーのだまし絵を3Dにしたような作品は、Sing a Song on the Ground Collective (Junchao Ren (he/him), Zhaobo Yang (he/him) & Patrick Jones)の 「21 DOORS, 2023」。


Nathalie Coste

車両タイヤの接地面はやがて摩耗し、擦り切れたゴムのカスを生み出し、路面に残ります。そのカスは雨によって側溝そして川へ運ばれて海へ。紫外線で分解され、マイクロプラスティックと化したタイヤのカスを食べ続けたイソギンチャクの成れ果ての姿?そんなSF物語に出てきそうな廃タイヤで作られた作品はNathalie Costeの「AncêTres, 2023」。


LUAP

牧場に羊ではなく、大人のヒグマの背丈ほどあるピンクのクマの頭が出現!LUAPことPaul Robinsonはピンク・ベアーとして、街中、野原、山の中とあちこちに出現。子供の頃母親の引き出しに長い間しまってあったクマのぬいぐるみの記憶が元になっているのだそう。1500年ほど前に英国から姿を消したヒグマ。Robinsonはピンク・ベアーはそんなヒグマのファンタシーだといいますが、近年英国では絶滅した動植物を再導入し失われた自然を自然の力によって取り戻そうという試み、リワイルディング(再野生化)運動が盛んになってきています。実際ヒグマを狼やヤマネコと共に古代の森に試験的に放して管理するような試みも始まっていて、クマがファンタシーだけの世界で無くなる時が英国にもやってくるかもしれません。


「Ephemerality of Peace, 2023」Tere Chad

童話に出てきそうなブルーのドレスを着た女性がガーデニング?植えているのは、水仙の球根!よく見れば球根のために掘られた堀はイギリスの反核団体、核軍縮キャンペーン(CND)のシンボルマーク、のちにピースマークとして世界的に広く使われるようになったマークの形をしています。このパフォーマンス、「The Ephemerality of Peace」を行なっていたのはTere Chad。長引くロシアのウクライナへの軍事侵攻をはじめ、イランの核兵器プログラム、中国の台湾周辺での軍事演習などへの平和への願いを込めた彼女のステイトメント。訪れたこの日は2月半ば。このコラムを書いている4月初頭の今、美しい黄色の水仙の花が咲き乱れていることでしょう。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。
ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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