「1億3千万円みかん」

第83話
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
Akira Kadota
門田 陽

今年もまた夏が長そうです。最近の日本は四季がある国には違いないでしょうが、春夏秋冬というより春夏夏夏秋冬くらいの割合になってしまった気がします。暑い日が続きます。こんなときは家で電気代を気にしながら過ごすよりも空調の効いた寄席にでも行くのが一番とご隠居のような心持ち。

夏の寄席に行くと、ときどきトリネタなどで「千両みかん」を聴くことがあります。つい最近も上野の鈴本演芸場で(春風亭)一之輔師匠の「千両みかん」をたっぷり楽しみました。あらすじを語るなんて野暮ですがザックリ言うと、その昔大きな商家の若旦那が夏の盛りに原因不明の重病で床にふせます。医者に診せると気の病ではないかということ。幼い頃から仲の良い番頭が若旦那に理由を尋ねると「みかんが食べたい」のだと言います。

そんなことならお安い御用と引き受ける番頭ですがここからがタイヘン。当時、真夏にみかんはありません。もちろんみかんを売っている店もない。江戸中(この噺は元々は上方のものを先人がアレンジしています)を探しますが見つかりません。途方に暮れる番頭になじみの八百屋さんが「万惣」にならあるかもしれないと教えてくれます。万惣は江戸時代随一の果物問屋で実在したそうです。藁をも掴む思いで万惣に行くと、倉庫の大量のみかん箱の中からたった1個だけ腐らずに状態のいいみかんが見つかり大感激。そこで番頭が値段をたずねたところ店主は「千両です」とこたえます。

さて、千両って今のお金だといくらでしょう。試算のやり方で多少違いはあるようですが江戸時代の蕎麦の代金から換算すると1両が現在の約13万円位。ということは千両は1億3千万円。「あなたのような無理難題を言われるお客様がいつ来られてもいいように、とてつもないムダをかけて最高のみかんを用意しているのだから千両は決して高くないはず」と店主は語ります。それはもっともながらあまりに高価すぎるので一旦店に戻り自分の主にその旨を伝えると人の命が千両なら安いものだと番頭に千両箱を持たせます。このあとサゲ(オチ)まで書くと流石に野暮の極みなのでそこはぜひ寄席に通ってみてください。なかなか秀逸なラストです。

それでふと思い立ちました。あれ?今ってこんなに暑いけどみかんは売っているのだろうか。一人暮らしをして早30年。みかんどころか果物を自分で買った記憶がありません。

子どもの頃は手が黄色くなるまでよく食べました。冬になるとこたつにみかんは当たり前だったザ・昭和の門田家の食卓。みかんは箱買い(ダンボール箱)していました。あの頃は1個20円位だった記憶がありますが、今の値段は全くわかりません。案ずるより産むがやすし、という言葉の使い方が合っているかはともかくまずはお店へゴーです。

家の最寄りのイオン系のスーパー「まいばすけっと(※写真①)」はふだんは期待外れなことが多いのですが、おっといきなりありました!JAからつ(唐津)の温室みかん6個498円(※写真②)。小ぶりですがきれいな黄色。1個83円が安いか高いかよくわかりません。続いて2軒目は京橋にある人気の路面店の八百屋さん(※写真③)。夕方頃はいつも主婦達で溢れかえっているお店です。ここでもあっさり発見。JA蒲郡市の温室みかん5個580円(※写真④)。1個116円です。次に向かったのは銀座三越の生鮮食品売り場。当然のようにありましたがさっきの八百屋さんのとそっくりな見た目。それもそのはず。同じJA蒲郡市の温室みかん。ただしお値段はだいぶ違って6個1,944円(※写真⑤)。1個324円です。それにしても現代農業のチカラは大したものです。夏でもみかんがふつうにあります。


※写真①


※写真②


※写真③


※写真④


※写真⑤

しかしです。何か今一つ腑に落ちないというか万惣で番頭さんが感じたであろう満足感のようなものが湧いてきません。そうだ、そうです、肝心要のあそこに行かなくちゃ。創業1894年、老舗フルーツ専門店銀座千疋屋(※写真⑥)を忘れていました。いわば令和の万惣です。自動の敷居をエイヤと乗り越えいざ店内。やっぱり求めていたのはここでした!!まるで僕が来るのを待ち構えていたかのような美しいみかん達(※写真⑦)。1個432円のみかんを1個だけレジに持って行きましたが、お店の方は笑顔できれいな紙袋にその1個のみかんを入れてくれました。それだけでこちらも笑顔になれました。


※写真⑥


※写真⑦

家に帰って全てのお店で買ったみかんを並べてみました(※写真⑧)。左から①スーパーマーケット②八百屋さん③百貨店④千疋屋です。大きさの参考までに煙草の箱を置いています。皮をむくと4個とも中身は十房でした。味は僕の個人的な感想ですが①中甘②薄甘③薄甘④濃甘で、②と③はまるで同じ味でした。ただ甘さは好みですし一言で言えばどれもおいしかったです。ですが、次にみかんを買うならどこで買うにしても絶対に冬がいいと思います。だってどれも、メチャ小さいんだもん。いずれも十房一口で食べちゃいました。


※写真⑧

 ところで「みかん」は果物の中で人名にはあまり用いられません。桃や梨や梅や林檎に比べて人気がない(※2020年のベビーカレンダー調べ名前ランキングでは1605位中1605位)のはその響きから「アカン」とか「イカン」とか言われてしまうからなのかなぁ、という話はまたの機会に。

プロフィール
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター
門田 陽
電通第5CRプランニング局 クリエーティブ・ディレクター/コピーライター 1963年福岡市生まれ。 福岡大学人文学部卒業後、(株)西鉄エージェンシー、(株)仲畑広告制作所、(株)電通九州を経て現在に至る。 TCC新人賞、TCC審査委委員長賞、FCC最高賞、ACC金賞、広告電通賞他多数受賞。2015年より福岡大学広報戦略アドバイザーも務める。 趣味は、落語鑑賞と相撲観戦。チャームポイントは、くっきりとしたほうれい線。

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