緑の中で耳をすませてみれば? @Wakehurst Kew (前編)

Vol.111
アーティスト
Miyuki Kasahara
笠原 みゆき


警戒心の強いバン(moorhen)のひなが足元に現れてびっくり。こんなに間近でみたのは初めて。

緑豊かな美しい池の先には白亜の邸宅がゆったり構え、水辺は水鳥の親子で溢れています。ここは一体どこ?西ロンドンにある王立植物園、キューガーデンに、実は分園があるのをみなさんご存じでしょうか。分園は「ウェイクハースト」という名で、ロンドンの南、西サセックスにあるんです。あの広さを誇るキューガーデン、約132ヘクタールに対してウェイクハーストはなんと約190ヘクタール!ぐるっと一周すれば約3.6キロ。丘あり谷あり、森、草原、湿地や湖に取り囲まれた広大な自然の中に16世紀の邸宅、庭園そしてキューの研究施設が構えています。この隠れた秘宝ウェイクハーストから、屋外サウンドアート、Summer of Sound 2020を2回に分けてお伝えします。ウェイクハーストへはロンドンブリッジ駅から南へ電車とバスを乗り継いで1時間ほど。

入り口で渡された地図を片手に水の流れ落ちるウォーター・ガーデンに沿って歩いていきます。滝があり、段々に岩の組まれた構えは何だか日本庭園みたい!と思っていたら、水のせせらぎに紛れて聞こえてくるのはカーンという高い金属音。あれっ、この仕掛け、どこかでみたことある、普通は竹筒でできてて…。そう、一般にししおどしとして知られる、添水 (そうず) と呼ばれる仕掛けによく似てる?水量のバランスにより時折り響く音は、元来はその名の通り鳥獣を脅かし、追い払う農具だったもの。やがてその鹿や猪の進入を防ぐという実用性とともに音を楽しむ静寂な庭のアクセントとして発達したのだとか。 西洋バージョンはやはり竹じゃなくて金属?鉄の筒の下にしつらえてあるのはベルでしょうか。作品はKathy HindeのWater Balance, 2019。


Water Balance, 2019 ©Kathy Hinde

Water Balance, 2019 ©Kathy Hinde

さらに下っていくと現れたのはノハナショウブの葉が生い茂り睡蓮の浮かぶ池。もう少し早い時期に来たら紫の綺麗な花が見られただろうになどと考えていると、いきなり、ゴーンという金の音が聞こえてきて、シンバルを使った添水 (そうず) の一種が目に入ります。なるほど、こんな形もあり?と感心。こちらも同じくHindeのWater Balanceシリーズ。

「Bee Careful!」ミツバチに注意!という、Beeとbeをもじった看板が現れ、ミツバチなどの花粉媒介者が集まるように植物を群生させた「ポリネーション・ガーデン」付近を歩いているのがわかります。

北上して登っていきます。東にはウエストウッド・バレーの深い谷が望まれ、だいぶ高いところまで来たのがわかります。人の気はなく頭上に響き渡るのは小鳥のさえずりのみ。

谷の上の見晴らしの良い高台にはショックキングピンクの山野草、ヤナギランが群生。ここで火が使われたのかも?ヤナギラン(Rosebay Willowherb)は19世紀初めまで、英国では珍しい植物でした。ところが人工的に破壊された荒地や火を用いた地、汚染された地を好むため、産業革命後に激増。別名Fireweed。1940年のドイツ軍のロンドン大空襲(ザ・ブリッツ)の跡地に咲き乱れたため、英国ではBombweedとも呼ばれています。地面が焼けた後、他の植物より真っ先に現れ群れを成し、鮮やかな花を四方八方に広げミツバチたちを呼び寄せて生態系を一気に回復させるヤナギラン。この日も無数のミツバチが忙しく花から花へと飛び回っていました。そうそう、ヤナギランはトールキンの指輪物語にも出てきます。

西の遠方には自然保護地区のローダーバレーが望めます。ローダーバレーへはこの先に鍵のかかった入り口のある門があり、ウェイクハーストの入り口の案内所で鍵のコードと地図を貰えば散策することができます。こちらも150エーカーの広さなので訪れるのはまた今度。


Listening Horns, 2019 ©Kathy Hinde

森の中を西へ下っていきます。聞こえてくるのは?水辺が近い様子。そしていきなり視界がひらけ、ガマの茂る湿原、ザ・ウェットランズが現れます。木製の橋の両脇から何やらラッパのようなものがニョキニョキ。耳をラッパに傾けてみると…。ドク、ドク、ドクドクドクという激しい水音が聞こえて来てまるで水の中を散策しているよう。作品はこちらもまたKathy Hinde の「Listening Horns, 2019」。ラッパが水に接していないのに音が反響する不思議。

幹の幅が1メートル以上ある真っ赤な肌のGiant Redwood, セコイアデンドロンが次々と現れ、北アメリカの森に迷い込んだような不思議な感覚に。ここはホースブリッジ・ウッド。聞こえてくるのはチェロやバイオリンのカノン。


Sonic Woodland:Glade, 2020 ©Hidden Orchestra

森の中に現れたのはハンモックで森林浴をする人々。森の一角に10台ほどの小舟のようなハンモックがつられていて、なんとも心地よさそう。目に見えない地下の生き物たちとの共生をイメージして作られた音の流れる空間でハンモックに揺られ森と一体化?作品はHidden OrchestraのSonic Woodland:Glade, 2020。

さて、せっかくなので私もここで一休み。それではまた次回、ウェイクハーストの旅を続けましょう。

プロフィール
アーティスト
笠原 みゆき
2007年からフリーランスのアーチストとしてショーディッチ・トラスト、ハックニー・カウンシル、ワンズワース・カウンシルなどロンドンの自治体からの委託を受け地元住民参加型のアートを制作しつつ、個人のプロジェクトをヨーロッパ各地で展開中。 Royal College of Art 卒。東ロンドン・ハックニー区在住。 ウェブサイト:http://www.miyukikasahara.com/

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