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頭の中で音色も含めて メロディーが浮かんできて あとはそれを書き留めるだけ

Vol.27
作曲家 菅野よう子(Yoko Kanno)氏
 
アニメファンの間には、かなり名の轟いている方です。なので、誤解のないよう主語を明確にしておきますが、筆者(清水)は、個人的に『攻殻機動隊S.A.C.』シリーズと『∀(ターンA)ガンダム』を高く評価しています。フォークロアなのに官能的なものから、ソリッドでクールなものまで、ほんとにかっこいい主題歌、挿入歌の仕上がりを絶賛しています。もちろんたくさんのファンが、いろんな評価、いろんな楽しみ方をしているはず。そちらに興味のある方は、ネット上に多数あるファンサイトを覗いてみてください。 ってなわけで、文字通り喜び勇んで出かけたインタビューであります。一説によると、最初から最後まで、不憫なくらいメロメロだったらしいです。本人はプロとして、鋭く質問し、厳しく迫り、仕事を完遂したつもりなのですが……。生まれて2度目の「サインください」をやった手前、強くは反論できないのもまた事実であります。

できれば隠れていたいという気持ちがある。 隠れているほうが、フィットするんです。私には。

『菅野よう子』個人名義でのアルバムリリースには興味がなさそうですね。

アーティスト個人名義のアルバムと、いわゆる仕事でつくるサウンドトラックと、自分の中では区別がありません。仕事の作曲の合間を縫って個人的にやりたいことって、ないですね。普段の仕事で、十分に個人的な創作ができているので(笑)。

サウンドトラックがメインで個人名義のアルバムがないとなれば、“黒子”とか“裏方”とかいう表現にもなると思います。そういう自覚はある?

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“黒子”という言葉が「自己表現をしない」を意味するなら、それはないです。ただ、「私がつくったのでございます」と言いたい欲望も、ありません。すごく恥ずかしがりなんですよ。できれば隠れていたいという気持ちがある。隠れているほうが、フィットするんです。私には。

隠れていたいという気持ちは、『てつ100%』でバンド活動している時から?

コンテストに出るけどピアノがいないので応援してくれと頼まれて、仕方なく弾いたらバンドが優勝しちゃって。自動的にレコードを出すことになって、デビューしちゃった。写真を撮られて、コンサートをやって……。もちろん楽しかった思いもありますが、やりたくないことをやることになってしまったという気持ちは、正直ありました。

そのバンド活動が終わって、今の仕事につながっていく。

作曲家としてのキャリアなんかないので、デモテープを求められますよね。でもないし、つくる気もない。自己主張が苦手だから。それでも「やってみないか」と言ってくださる方がいて、「え~、こんなもんしかできませんが」とやっているうちに、ここまできてしまいました(笑)。作曲家の友人に言わせると、「信じられない」そうです。「僕が、これまでに何10本のデモテープつくってると思う!不採用でもデモを送りつづけて、それでやっと仕事の依頼につながる。それが普通だ」――なんだそうです。私はとても幸運なケースなんだと思います。

結局、プレイヤーよりもコンポーザーのほうが性に合ってたということがわかった。

そうですね。明らかに、プレイするよりつくっているのが好きです。

「好きだけど、ここはちょっと嫌だ」ということも、 言葉では言えないけど、曲なら1分くらいでポンと表現できちゃう。

曲づくりは、いつごろから?

覚えている範囲では、2歳半とか3歳の頃にはつくってました。

ほんとに?

子供って、いい加減な歌、歌うじゃないですか。そういう意味です。なんでもかんでも歌にしてたのを覚えてます。近所の男の子のことを「○○くんは、かっこいい~」なんてね。

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う~ん、ファンキーな子だったんですね。

今思うと、言葉や態度で表現できない部分を歌で表現していたんですね。普通にまっすぐに言えない気持ちを歌ったり、ピアノで弾いたりして、感情表現を補っていた。

今につながる音楽的バックグラウンドは、そこですか。

音楽にして、弾いたり歌ったりすることが、言葉を口にするより楽だった。「好きだけど、ここはちょっと嫌だ」というようなことも、言葉では言えないけど、曲にするなら全部を凝縮して1分くらいでポンと表現できちゃう。それは、今も変わりません。

そんな菅野さんの青春時代は、当然、音楽活動にどっぷり?

まったく。少なくとも13~20歳は、全然つくってないですね。興味は文学へのほうが強くて、新聞社に入りたいと思ってました。

それで、早稲田の文学部なんですね。

そうです。三島由紀夫や大江健三郎に憧れて、三島の文章を全部ノートに書き写したりしていました。

目の前にあるのはピアノなのでピアノの音しかでないんですが、私は、頭の中でピアノではない好きな音を鳴らしていました。

アニメファンに支持されていることは、自覚してます?

自宅ではテレビを観ないし、公式サイトも持っていないし、こうした生活をしているとファンの方と接触する機会もないので、実感はなかなか持てないです。ただ、海外で録音をするようになって以降、あちらでさえ「菅野さんの○○が好きです」と声をかけられるので、かなり実感を持てるようになってきました。

いくつもあるファンサイトを覗いていみると、みんな熱いですし、菅野さんの仕事に敬意を持って語り合ってますよ。

この場を借りて、深く、深く感謝したいです。

アニメに偏った評価をされるのは、本意ではない?

いえ、まったく。評価されることの嬉しさに、ジャンルなんて関係ないです。

活動のフィールドは、アニメとCMと映画。

はい、その3つは明らかに入ります。ただ、私の中では格別の区別はないんですが。

分野というか、肩書きというか、自己申告ではどうなるんですか?

ジャンルで分ける感覚はないんですよね。だから、自己申告するなら“曲書き職人”なんだと思います。

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曲は、どんなところで、どんな風に書いてます?

こういうところで、こういう時に(笑)。

え?!

打ち合わせの最中や、移動中の車の中で頭の中に浮かんできます。家でピアノの前に座るのは、それを楽譜に落とすためですね。

ひえ~、聞いてみるもんだな。作曲って、そんな風にするものなんですか。

たぶん、子供の頃のピアノの先生の影響です。その先生は、「このフレーズは、どんな音で弾きたい?」って聞いてくれる方でした。目の前にあるのはピアノなのでピアノの音しか出ないんですが、どんな音色がいいかと問いかけてくれるので、私は、頭の中でピアノではない好きな音を鳴らしていました。だから今も、頭の中で音色も含めてメロディーが浮かんできて、あとはそれを書き留めるだけ。ほぼ完成しています。

結婚式の服しか手がけないという洋服のデザイナーがいますけど、 私はそれに対して 「そんなわけないでしょう」と言っちゃいます。

菅野さんの作品は、曲調のバリエーションが幅広いことに感心します。

私がよく使うたとえ話なんですが――結婚式の服しか手がけないと言う洋服のデザイナーがいますけど、私はそれに対して「そんなわけないでしょう」と言っちゃいます。いろいろ考えがあって絞り込んでいるのでしょうが、つくろうと思えば日常着だってエプロンだってできるでしょう?それ、もったいないと思うんです。少なくとも私は、「得意はこれ」とわざわざ道を狭める気はありません。相手かまわず「私のつくるものはこれなので、着て」ではなく、相手を見て、その方に似合う服をつくれる人でいたいですね。

なるほど、そういうメンタリティならサウンドトラックの依頼も、ひとつひとつ楽しめそうですね。

そうですね。どんどん違う依頼がくるので、楽しめます。あちらからモデルさんがきてくれて、その姿を見てから「こんな服を着せよう」と考えるのは楽しいし、ストレスなし(笑)。逆に言うと、私は、モデルさんに会えないとつくれないということにもなります。

そんな菅野さんが、日々努力していること、勉強していることは?

作曲のための勉強という意味では、まったくしてません。勉強は嫌いです(笑)。ひとつ言えるのは、依頼主と打ち合わせる時に、その人が言わんとしていることを理解するために気持ちをリラックスさせて、右脳を空いた状態にする。そこは、とても大切にしていますし、努力しています。

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依頼の内容を右脳にインプットして、組み立てていくわけですか?

右脳は感覚の脳なので、組み立てるというより感じるですね。実を言うと、依頼主の言葉は全然聞いていないのかもしれない(笑)。その人がどんな感性の持ち主で、言いたいことはどんなことなのかを感じるのに全神経を集中させています。「お願いしたかったのと全然違うけど、いいね」と言われることが多いのは(笑)、そのせいでしょうね。

誰も誉めたりしてくれなくても、好きなことをしていれば 何かになれると私は信じています。

今、仕事量は、適量ですか?

いえ、多過ぎると感じてます。

平均的に、週に何日くらい作曲に使っている?

ほぼ毎日です。おかげ様で仕事には切れ目がないので、そうなります。

ワーカホリック?

そういう感じ、あります。けっこう尽くし型で、こんなに全部に一生懸命にならんでも(笑)と自分で思うこと、あります。

ほほう、それは、尽くされるほうはたまらないかも。

作曲自体は一瞬で終わるんですが、録音が長いんですね。思い描いた音になるまでは、10回でも20回でも録り直すし、立ち会います。

最後に、このサイトを愛読してくれているクリエイターたちに、エールを贈っていただけるとありがたいんですが。

う~ん、どんなことが言えるかなあ……。好きなことをやっていれば、必ず何かになれる。誰も誉めたりしてくれなくても、好きなことをしていれば何かになれると私は信じています。我慢してやることってやっぱりつづかないから(笑)、恥ずかしがらずに好きなことをまっすぐに、自信を持ってやっていってほしいと思います。

取材日:2013年4月25日

Profile of 菅野よう子

profile

宮城県出身。早稲田大学文学部在学中に、「てつ100%」のキーボード担当としてデビュー。1stアルバム『てつ100%』、2ndアルバム『あと3cm』をリリースする。同バンド解散後ソロデビュー。現在では主にアニメ音楽の作曲を手がけ、アニメファンから絶大な支持を得ている。テレビCMの音楽も数多く手がけ、他のテレビ番組で今までに手がけたサウンドトラックの曲が使用されることも非常に多いため、誰もがどこかしらで彼女の曲を耳にしているはずである。 【主な作品】 <アニメ> 1994年 マクロスプラス 1995年 マクロスプラス MOVIE EDITION 1995年 MEMORIES - 『彼女の想いで』 1996年 天空のエスカフローネ(溝口肇と共作) 1997年 音響生命体ノイズマン 1998年 カウボーイビバップ 1998年 ブレンパワード 1999年 ∀ガンダム 2000年 劇場版 エスカフローネ 2001年 地球少女アルジュナ 2001年 カウボーイビバップ 天国の扉 2002年 ∀ガンダム I 地球光/II 月光蝶 2003年 WOLF'S RAIN 2003年 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 2004年 攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG 2005年 創聖のアクエリオン(保刈久明と共作) 2006年 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society 2007年 Darker than BLACK -黒の契約者- 2007年 創星のアクエリオン

<ゲーム> 1985年 三國志 1986年 信長の野望シリーズ 全国版 1988年 戦国群雄伝 1990年 武将風雲録 1992年 覇王伝 1994年 天翔記 1987年 蒼き狼と白き牝鹿 ジンギスカン 1988年 維新の嵐 1990年 大航海時代 1993年 大航海時代II 2000年 ナップルテール 2005年 カウボーイビバップ 追憶の夜曲 2007年予定 ラグナロクオンラインII

<映画> 1996年 僕は勉強ができない 1997年 夏時間の大人たち 1998年 Beautiful Sunday 2002年 tokyo.sora 2002年 水の女 2004年 下妻物語 2005年 阿修羅城の瞳 2006年 好きだ、 2006年 ハチミツとクローバー

<テレビドラマ> 2001年 世にも奇妙な物語 - 『ママ新発売』 2002年 真夜中は別の顔 2004年 X'smap~虎とライオンと五人の男~ 2006年 父に奏でるメロディー

<CM> 500本以上

 
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