観客に問う「あなたはいま闘っているか」、「レ・ミゼラブル」などに何度も救われた

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

 「レ・ミゼラブル」や「ラ・マンチャの男」など、日本に根付いた海外ミュージカルは2、3年、あるいは5、6年に1回程度は繰り返し上演されることが多い。主役など俳優の成長を見極められるのも一つの楽しみだし、公演ごとに一部が入れ替わる共演者の奮闘ぶりにも目が向く。しかし、つくづく思うのは、何年かに一度試されているのは観客自身だということ。観客のその時々の人生がその作品に反映することもあれば、感受性や人生経験の違いで全く違う作品に見えることもある。何より突き付けられるのは、「自分はいま、闘っているか」という事実である。(写真はミュージカル「レ・ミゼラブル」の一場面=写真提供・東宝演劇部)

 

 ミュージカル「ラ・マンチャの男」は歌舞伎俳優、松本白鸚が市川染五郎、松本幸四郎時代を通じて1969年から演じ継いできた。「ドン・キホーテ」の作者、セルバンテスが宗教裁判の審問を待つ間、牢名主たちの気をそらすため寸劇を披露する物語で、自分が遍歴の騎士「ドン・キホーテ」だと思い込んでしまった隠居中の郷士アロンソ・キハーナについて語りだす。

 ドン・キホーテを「まぬけな紳士」と思い込んでいる人もいるかもしれないが、実は自分の夢や理想のために突き進む者の「象徴」として描かれている。劇中では、「人生に安易に折り合いをつけず、自分があるべき姿のために闘う」ことの大切さが説かれる。この作品を観るたびに観客は「あなたは夢を追っているか、そのために闘っているか」と問われるのだ。

 

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」は何度目かのフランス革命下の人間模様を描いた群像劇であり、「夢」は「理想」に置き換えられているが、やはり「あなたは理想のために闘っているか」という問いを突き付けてくる。

 民衆にとって理想が何なのかはまだ明確ではなかった時代かもしれないが、ひとつ確実に言えるのは、人々は自由を求めていたということ。それを何よりも切望していたはずだ。

 学生たちによる政府軍への反抗が描かれるものの、「レ・ミゼラブル」自体は革命劇ではない。それは、混乱する社会の中で、真の自由を求めて奔走した人々の魂の人生の集合体である。つまり「自由という旗のもとに集え」という大きなメッセージがいくつもの時代を貫いて示されるのだ。だからこそ、「レ・ミゼラブル」は大きな感動を呼ぶ。一見、民主主義が確立したかのような現代にも、それを危機に陥れる事態は世界のあちこちで起き、不気味に広がる様子も見せている。たとえ革命戦士でなくても、一介の市民に過ぎないとしても、人々が追い求めるべき自由はいたる所にある。そんなことを観客に強烈に突き付けてくるのだ。

 

 私もそれらを突き付けられることによって、仕事やプライベートでその時々に抱いている感情や、日常に埋没してしまった「闘わない自分」を問い直す機会に恵まれた。「ラ・マンチャの男」にも「レ・ミゼラブル」にも、いったい何度救われたことか。

 新型コロナウイルスのパンデミック下で、エンターテインメントは「不要不急か」「人生に絶対に必要なものか」がずいぶん議論になったが、いまこそ高らかに言おう。「エンターテインメントは人生を変える力を持っている。人生になくてはならないものだ」と。

 

 ミュージカル「レ・ミゼラブル」は、5月25日~7月26日に東京・丸の内の帝国劇場で、8月4~28日に福岡市の博多座で、9月6~16日に大阪市のフェスティバルホールで、9月28日~10月4日に長野県松本市のまつもと市民芸術館で上演される。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者として従事した30年のうち20年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。円満退社後の2014年にエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞などで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。パンフ編集やイベント司会、作品審査も手掛け、一般企業のリリース執筆や顧客インタビュー、広報アドバイスや公式サイトの文章コンサルティングも。今秋以降は全国の新聞で最新流行を追う記事を展開。音声YouTubeも準備中。活動拠点は渋谷・道玄坂。Facebookページはフォロワー1万人。ほぼ毎日更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/ )。noteの専用ページ「阪 清和 note」は(https://note.com/sevenhearts)

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