用字系の個々の歴史を無視して斜体を真似る勘違いと思い上がり! ~連載「組版夜話」第8話~

連載「組版夜話」第8話
組版者
MAEDA, Toshiaki
前田 年昭

組版が依拠するのは文字 (や記号符号) の姿形であるが、 文字がテキスト (意味) と不即不離であることを忘れると、 とんでもない勘違いを犯すことになってしまう。

例えば 「、」 は、 日本語でも中国語でも用いられる符号だ。 中国語 (漢語) 「延安、 上海」 の日本語訳は 「延安・上海」 であり、 日本語 「神戸・京都」 の中国語訳は 「神戸、 京都」 である。 変わるのは約物のみ。 そのうえ使われるのは見慣れた 「、」 である。 が、 中国語の 「、(顿号)」 は、 形は同じ日本語の読点とは役割が異なって事物の並列を示す。 因みに、 日本語の読点と同じ役割で用いられるのは 「,(逗号)」 である。

このように、 記号符号、 句読点、 括弧類、 その他さまざまな装飾、 太字や斜体、 傍点、 傍線などは、 声に出しては読まれないが、 テキストの構造を示す、 重要な役割を果たす。 姿形は内容と不即不離であり、 組版はテキストと一体だ。

次の調査表は、 もとの言語の装飾を上欄に示し、 翻訳文のなかでの置き換え例を下に示したものだ。

ここで考えたいのは、 和字 (漢字、 仮名) に斜体はありかどうかということだ。 紀要論文などで、 書名を斜体にしている例がみうけられ、 また、 ウェブで斜体指定に日本語フォントは対応すべきだという主張もきく。 果たして、 いかがなものだろうか。

英語におけるイタリック体は、 明確な約束に基づいて用いられてきた 〔村上陽介 『英語正読マニュアル』 研究社出版、 2000年〕。 例えば、

  1. 本、 雑誌、 新聞、 劇、 映画、 絵、 彫刻、 楽曲などのタイトル
  2. 船、 電車、 ジェット機、 宇宙船などの名前
  3. まだ十分に英語化していない語句、 あるいは外国語として意識されている語句

などの表記がそれにあたる。

日本語への翻訳ではどう置き換えられてきたか。 調査表が示すとおり、 斜体はそのまま斜体にはならない。 斜体が和文組版に馴染まないのは、 和字は正方形 (正体) が基本ゆえ、 斜体は基本的にあり得ないからである (写植以降は、 技術的には斜体が可能となり、 スーシャ (写研) という横組み専用の斜体文字もあった。 しかし、 これは、 広告や見出しなどの使用に限られ、 本文では用いられなかった) 。

元の用字系のなかでの斜体表記は、 和文組版では、 1.や2.は習慣的に 『 』 や 「 」 であらわし、 3.は傍点などで示されてきた。 繰り返すが、 今現在、 文字を斜体にすることは技術的には可能だ。 けれどこういった英語/日本語の約束が、 隔たりなく共有され流用されることは、 まず考えにくい。 つまり、 技術的に可能かどうかということと、 文字言語として用いられることが定着しているかどうかは別の問題なのである (事実、 かつてワープロの初期にあった横倍角、 縦倍角などのように、 その用字系にない、 すなわち習慣として存在しないものは、 定着しないままに消えていった) 。

2013年ごろに、 斜体指定に対して日本語フォントはどうあるべきかが論議になったことがあった。 その議論は、 山本太郎さんによる 「和字にとって、 イタリックにするということ自体、 意味がない。 したがって、 和字に対してitalicやobliqueの指定がなされている場合は、 それを無視する。 これは横組・縦組の別を問わない」 〔 「日本語のタイポグラフィにおけるイタリック体と斜体について」 〕という明解な意見が、 混乱に終止符を打ったと記憶している。

言語を置き換えるのは翻訳者の作業だが、 組版者もまた、 その作業を共にする。 とりわけ約物は重要な位置を占める。 翻訳では、 元の言語と用字系/置き換える言語と用字系――それぞれの“持ち駒”のなかで、 “同じ”か、 より近似的なものを選んでいく。 漢文を日本語として読むために訓点や返り点が編み出され、 18世紀には 『ターヘルアナトミア (解体新書) 』 翻訳に取り組んだ前野良沢らはパンクチュエーション (句読点) の置き換えに腐心した。 こうした苦闘を背景にして明治期、 二葉亭四迷らは言文一致運動のなかで句読点を考案した。

先人の苦労に思いをはせるとき、 もとの言語でイタリックが用いられているからといって、 和文組版に歴史的に存在しなかった斜体を用いるのは、 あまりにも安直、 それぞれの文字の歴史に対する冒瀆である。 ウェブで斜体指定に対応することが国際化だという暴論に及んでは、 植民地根性という他はない。 それぞれの用字系は固有の歴史を持っており、 歴史への視座を欠いては組版は成立しない。

 連載 「組版夜話」 もくじ

プロフィール
組版者
前田 年昭

1954年、大阪生まれ。新聞好きの少年だったが、中国の文化大革命での壁新聞の力に感銘を受け、以来、活版―電算写植―DTPと組版一筋に歩んできた。

1992-1993 みえ吉友の会世話人、1996-1998 日本語の文字と組版を考える会世話人、1996-1999 日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員。現在、神戸芸術工科大学で組版講義を担当。

  汀線社WEB https://teisensha.jimdofree.com/
  KDU組版講義 http://www.teisensha.com/KDU/
  繙蟠録 http://www.teisensha.com/han/hanhanroku.htm

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