アニメ2022.04.27

アニメーション業界の常識を打ち破る! 業界全体に横たわる人材不足の課題を克服するため、今まさに革新の風が吹く新会社

東京
株式会社プロダクション・プラスエイチ 代表取締役社長
Honda Fuminori
本多 史典

設立第1作目に、オリジナルアニメーション『地球外少年少女』を手掛けたことで、今もっともアニメファンの注目を集めるのが、アニメーション制作会社「プロダクション・プラスエイチ(以下、PLSH)」です。2022年3月末には、2作目となるアニメーション作品として、漫画家・浅野いにお作品初のアニメ化となる『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』を手掛けることが発表されました。
そんな今もっとも勢いを感じるアニメーション制作会社に迫ると、アニメーション業界に横たわる「労働」という課題を克服するべく、従来の常識を打ち破るさまざまな施策を講じていることが分かりました。

絵を描けなくてもアニメーションの仕事に関われる。

まずは、本多さんご自身がアニメーション制作の道に入ったきっかけを教えてください。

小さい頃からアニメーションに触れてきたので、「どうやって作っているんだろう?自分でも作ってみたい。」という気持ちが次第に大きくなっていったんです。アニメーション業界で、何か自分にできることはないかと考えた時に、プロダクション・アイジー(以下、IG)石川光久社長のインタビュー記事や三本隆二さん(当時IGの制作部長)のコラムを読んで「制作進行」という仕事があることを知りました。私は、いわゆる絵を描いたりなどのクリエイティブなことはまったくできなくて。絵を描けなくてもアニメーションの仕事に関われるんだ、と知りました。
その後、大学卒業後に自らの進路を悩んでいたところ、自分の好きな作品で劇場版『GHOST IN THE SHELL』 や劇場版『機動警察パトレイバー2』などのアニメーション制作をしていたIGのHPを偶然見たら制作進行の募集があったので、駄目で元々で応募してみました。好きなアニメーションを制作していた会社であり、尊敬するプロデューサーが在籍する制作会社を受けみたところ、縁あって運良く入社できたというのがきっかけでした。

入社してみて、アニメーション業界の仕事は想像していたとおりでしたか?

入社するまでは皆キラキラして働いている、と漠然と思っていたので、割と大変な環境で働いているなという印象でした。

想像通りの環境ではなかったにも関わらず、これまでアニメーション業界でのお仕事を続けてこられた理由はなんですか?

大学時代のサークルでも同じような役割をしていたこともありますが、皆で一所懸命に何かを作り上げるっていうことが好きなんですよね。それから、とても良い技術、良い腕を持って頑張る方がたくさんいたので、その人たちのために何かしたい、応援したいっていう気持ちがすごく強かったと思います。

独立までに歩まれたキャリアを教えていただけますか?

「制作進行」から始めて、3年ほど経った時期に「制作デスク」という仕事を任されました。しばらく制作デスクに携わり、入社から10年ほどで「アニメーションプロデューサー」の役割を担うことになりました。その後、IGポートのグループ会社のSIGNAL.MDの立ち上げなどで経験を積み、2020年7月に独立をしました。

技術がなくても、クリエイターに認められる存在になるために必要なこと。

IGでは、『攻殻機動隊』や『東のエデン』、『PSYCHO-PASS』など数多くの人気作に関わっていらっしゃいますが、特に印象に残った作品があれば教えてください。

私のキャリアの中で一番影響が大きかった作品は、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』だと思っています。神山健治監督と仕事をしたことで、トップレベルの監督が制作進行に求めるレベルを学んだというか……。自分自身の仕事への向き合い方、制作哲学、仕事人としての人格形成に大きな影響を与えたのではないかと思います。

技術がなくてもクリエイターに認められる存在になるために必要なこととは、ずばり何でしょうか。

当たり前のことを当たり前にやることだと思います。人間って身の丈にあったことしかできないと思うんですが、当たり前のことができるように身の丈を上げるしかないんですよね。まず締め切りや、提供すべき素材、そういう一つ一つの約束を守ること。作業を進める上で困っていることや障害となっていることがないかを確認したり、できることをやってあげる。クリエイター個人と自らの仕事に対して逃げ出さずにちゃんと向き合うことが、クリエイターとの信頼関係を勝ち得るポイントだと感じています。

それが御社の理念であるHの一つ、“誠実(honesty)”に繋がってくるわけですね。ではPLSHの設立、独立を決めたきっかけを教えていただけますか。

実は第一作目となった『地球外少年少女』の制作は、もともとは以前所属していた会社で企画していたんです。でも色々な条件が整わずが難航していました。そんな時、IGの石川光久社長から、やるなら独立するしかないんじゃないかと背中を押されたことがきっかけでした。出資者もご紹介いただき、現取締役のメンバーからも協力を得てなんとか独立にこぎつけました。そんな経緯なので、私は「独立」が目的ではなく手段だったんですよね。私はこの『地球外少年少女』という磯光雄監督の作品を、何としても作って完成させないと一生後悔すると思い、結果的に作品を完成させる手段として独立したといったほうが正しいかもしれないです。

独立の原動力となった『地球外少年少女』の魅力とはなんでしょうか?

磯監督の書くシナリオや映像って、行ったことがないにも関わらず、そこに行っているかのように感じさせる演出が断トツで突出しているんです。自分もそこに行ってみたい、見てみたいという気持ちにさせる演出力がすごい。
『地球外少年少女』の中で、ゆりかごという安全な場所から飛び出す話があるんです。自分自身に当てはめたときに、私のゆりかごは会社員という安全な立場にいることなのかなと思いました。磯監督はそういうつもりで書いていないでしょうが、私にとってみたら、これは「ゆりかごから飛び出しちゃえよ」という磯監督からの挑戦状だと感じました。この素晴らしい作品を完成させて、たくさんの人々に観てもらわないと駄目だろうと思った。そう思わせてくれた作品でした。

従来の壁を破って、クリエイターの職分を広げたい。

御社の公式HPには、「危機的なアニメーション業界の生き残りをかけて設立した」と書かれていましたが、危機的なアニメーション業界とは、具体的にどんなものか教えていただけますか。

いろいろあります。一番は、労働環境を改善しないと業界に人が入ってこないこと。クリエイターだけでなく制作も含めて、お金があるゲーム業界などに人材が流れてしまいがちなので、どうにか変えないといけない。人材の確保が一番重要で、そのために労働環境を改善したいと考えています。

クリエイティブじゃないところに、課題があるんですね。では、御社の強みを教えていただけますか。

2020年設立の新しい会社ということもあって、従来あったしがらみや決まりごとに対して、非常に柔軟に対応できることではないかと思っています。また、私が以前のスタジオから引き継いでいる業界トップランナーのクリエイターたちとの人脈があり、『地球外少年少女』で実現できたように、いわゆるアニメーション業界の一線級の人たちとハイクオリティーな作品を作れるということも強みです。

御社の公式サイトには、他にも「従来の習慣や工程に囚われず、常に新しい物作りができる環境をクリエイターに提供する」とありますが、取り組まれていることは何かありますか?

直近だと、無料3Dツール「Blender」を会社のシステムとして取り入れました。従来の3Dツールは、コスト的な側面でいわゆる専門の3Dスタッフしか扱えないものでしたが、専門外のスタッフも使う機会を作っています。

無料ツールなのに、扱えなかったのですか?

いままでは各セクションが縦割りで、“職分”と“機材”が一体化していたので、デジタルツールは専門のスタッフしか使えなかったんです。昔は、アニメーターなら紙と鉛筆と作画机が必要でしたが、今はPCと机、タブレットなどがあれば、どの工程もできるようになってきています。ある意味、今はそういうテクノロジーの進化が、うまく取り入れられていない状況なんです。だから、これからどうしていくべきかを考えていかなきゃいけない。
そこで私たちは、今までスペシャリストだけで割られていた縦割りの壁を横から破って、クリエイターの職分を積極的に広げていきたいと考えています。実際に、『地球外少年少女』では監督自身が撮影をやり、3Dも扱いました。アニメーターが3Dを扱うことも積極的に実施しました。また、例えば逆に3Dスタッフがアニメーションや撮影もやるなど、いろんなことができるようにしていきたい。そのために、さまざまな施策を行っています。

御社の中で、今まさに革新的なことが起こっている波を感じます。今までやったことがない職分に初めて携わった人たちの反応はいかがでしたか。

できなかったことができるようになって、表現の幅が広がっている印象があります。例えばアニメーターなら、今まで線でしか表現できなかったけれども、3Dとなると、線だけじゃなくて面に触れる。これはどのセクションでも同じことが言えるんですが、それぞれ別々に扱っていた情報を複合的に見えるようになって、各セクションで広がりが起こっているな、と感じています。

横断を始めたときの戸惑いはありませんでしたか?

制作としてはルールを1から作る作業になってしまうので、まずは試行錯誤。やって良かったこと、ダメだったこと、情報収集をもとに手探りでルール作りを進めています。メリット・デメリットが分かるので、やる価値を感じます。

活気立った社内を想像しますが、社内のスタッフにはどういったキャラクターの方が多いですか?

温和なスタッフが多いかな。温和な人たちだからこそ、今この実験ができているのかもしれません。柔軟性があって、新しいことに積極的な人が多いです。

「ジェネラリスト」の受け皿を作り、キャリアアップの仕組みを構築する。

業務の横断も含めて、今後どのような会社にしたいですか?

これまでアニメ業界では、スペシャリストを養成してきました。私はそれに加えて、ジェネラリストも育てていきたいと考えています。今の若い人たちは、AdobeやBlenderなどのソフトを学生時代から扱っている人が非常に多い。それなのにアニメーション制作会社には、そういうジェネラリストの受け皿がないんです。スペシャリストの窓口しかないので、能力を生かせる新しい受け皿を作っていきたい。これが、今後のアニメーション業界の新しい人材確保という点では必要なところだと思います。

セクションを横断する施策、ジェネラリストの受け皿などの本多さんの発想は、人材を生かせないことへの「もったいない」という考えが始発点だったのでしょうか?

そうですね。いろいろなことをできる人たちが、作画がやりたいなら動画しか入る道がないっていう状況は何か違うんじゃないかと思ったんです。もっとできる事があるにも関わらず、縛られてしまう。もちろん線画のスペシャリストになりたい人にはそれでいいけれど、そうじゃない人たちも増えている。そのせいで、人材のミスマッチが起こっていると、思ったんです。

本多さんが考える、ジェネラリストの人たちのゴールは、どういった人物像なのでしょうか?

あくまでも私たちが考えるジェネラリストは、各セクションで、スペシャリストと同じように肩を並べて作業する姿です。一般の企業でも総合職で入社し、適正や状況に合わせていろんな部署に配属されると思うんですが、それをクリエイターでもやっていこうという意味合いに近いかもしれません。
ゴールは、本人が何をしたいかにもよるんですが、演出や監督になってもよいと思うんです。今、演出や監督へのキャリアアップの道筋って、ほとんど制作出身か作画出身の二つしかないんですよ。ほかの職種から突然変異的に監督になる人もたまにいますが、システムにはない。私はジェネラリストが、システムとして、3Dからでも、撮影からでも監督になれる土壌の一つになって欲しいんです。とくに今、演出が業界的に不足しているんですよ。そういった人材育成と人材確保の一つの策としても考えています。

たしかに、これ以上のキャリアが望めないと分かったら他の業界に流れていく人は多い気がします。演出家が圧倒的に足りないというお話をされていらっしゃいましたが、演出に必要なスキルは何でしょうか。

演出には、1つのセクションのことだけを考えるのではなくて全体を見渡せる力が必要です。制作は比較的全体を見渡しやすい職種だから、制作出身者が演出になりやすいということがありました。そこで、いろんなセクションを経験し、全体を見渡しながら、各セクションや、その中の人に気配りできるようになれば、演出に必要な力が身に付くんじゃないかと期待しています。

漫画『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』のアニメーション制作を担当!

いま一番注力されていることは何でしょうか。

弊社がアニメーション制作を担当する作品が、ようやく2022年3月23日に情報解禁になりました。小学館さんの「ビッグコミックスピリッツ」で連載していた、浅野いにお先生の『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』です。浅野いにお先生の作品で初のアニメ化なので、かなり力が入ったものになると思います。

それは楽しみですね! 続報を楽しみにしたいと思います。最後に、アニメーション業界志望者へのアドバイスをいただけますか。

自分自身の時間、人生をかけた仕事になると思うので、本当に自分の作りたい作品を手掛け、自分の好きな人と仕事ができるようになるといいですね。

取材日:2022年3月22日 ライター:渡辺 りえ

株式会社プロダクション・プラスエイチ

  • 代表者名:本多 史典
  • 設立年月:2020年7月17日
  • 資本金:990万円
  • 事業内容:
    (1)劇場、テレビ、配信等によるアニメーション作品の企画及び制作
    (2)クリエイターマネジメント
    (3)プラグイン開発
    (4)著作権の取得、管理及び販売
  • 所在地:〒183-0013 東京都府中市小柳町1-19-1
  • URL:https://plsh.co.jp/
  • お問い合わせ先:https://plsh.co.jp/#top_contact

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