よっし、肚は決まったぞ。映像とは、観客に投げつける不安、緊張感、つまり、サスペンスなんだ

Vol.023
井筒和幸の Get It Up !
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

「晴れ、ときどき殺人」は不良性感度を追うシャシン(映画)じゃないんだぞ、今度は大丈夫なのか?」とボクにもう一人の自分が話しかけてきたので、「何とでもなるわ。ピンク映画修業の頃に気分を戻して、キャメラワークだって冒険してやるから、任せとけ」と答えていた。

物語はいたって単純な謎解きのおとぎ話だ。アメリカ留学を終えて帰国した女子大生が、次から次に遭遇する殺人事件にてんやわんやするだけ。「自然に、単純に、省略して」をモットーに、発想の限りにやってやろうと思った。

初夏のクランクインまで、助監督たちと毎日、打合せと称して飲んだ。酒は妙薬で、撮影コンテのプランもすぐに浮かんだ。それを走り書きした店のテーブルのナプキンを忘れて、助監督に取りに戻らせると店の人が捨てずに取っておいてくれて嬉しかった。帰国子女に、洋館風のお屋敷舞台のサスペンス。洋画みたいなバタ臭い世界だ。

だったら、キャメラもバタ臭くいこう、またアメリカ製のパナビジョンだろ。それに、アメリカのイーストマン・コダックカラーフィルムだ。パナビジョンのレンズは「ガキ帝国」以来ずっと使ってきたんだ。如何にもアメリカンな切れ味だし、ドリーショットもハンディも何でもこいの強者だ。ハイカラに決めてやろうと思った。

客に不安と緊張を与え続けることだ。その隙間に、アドリブのギャグを放り込んでやろう。落語家の桂枝雀が言っていた「緊張と緩和」だ。緊張させていたらギャグも立つんだ、と思う付くままに、上がってる撮影脚本に書き込んでいったもんだ。

そして、撮影所は日活撮影所にスタッフルームがおかれた。離人症と格闘しながら撮った『みゆき』の時に、食堂の人とも懇意になっていたし、慣れたものだった。日活スタジオの壁の向こうは切り売りした分譲マンションが迫っていたが、まだロマンポルノの製作も月に3、4本のペースだが続いていた。赤い車で現れた『恥辱の部屋』主演の風祭ゆきを発見して、いい女優だなと憧れた。よっし、いつか現場に呼んでみたかった。(彼女は、次作の『金魂巻』や翌年の『犬死にせしもの』でほんとに出てもらうことになったが)。

キャメラワークも思いつくまま、サスペンスが持続するようなコンテを考えてみた。主人公の女子大生が自宅のロビーラウンジで、何十人もの弔問客の挨拶をして回るうちに、さっき挨拶をしたばかりで応接室に待たせていた中年の探偵男がナイフを胸に突き立てたまま血まみれになって倒れているのを発見して驚愕するまでの3分間ほどの長回しのテイクを、彼女の動きに合わせてハンディキャメラがスムーズに回り込めるよう、ラウンジと廊下を隔てた大きな板壁を、そっくり引いて退け、20秒足らずの間でそっくり元に押し戻すための仕掛けをセットデザイナーに考えてもらった。

本番では、このハンディワークはステディカム装置がまだ出回ってなかった時で、カメラマンはスタジオの高い天井からロープでボディごと吊るさせて、肩に担ぐ重さを減らせるようにし、動き回るたびにロープを曳き上げたり下ろしたり、テンションをロープ係と呼吸を合わせて調節させた。フィルムのマガジンは1テイクごとにチェンジされた。ラウンジの観音開きのドアからクレーンが突き出てきて、キャメラマンが下りると10秒足らずで引いて隠したりと、そんな矢継ぎ早の仕掛け撮影など何回テスト練習しようとも1発でOKが出るわけがなく、マガジンは何十回も取り換えられた。フィルムも時間も完全徹夜で使い果たしてしまう、そんなサスペンスな楽しい撮影が待っているとは誰も思っていなかった。

映像は各部のスタッフがあらゆる仕掛けを使って、息を合わせて作る面白さがある。そして、面白いのは、観客にこれでも食らえと見せつけるはずの最高の不安とその迫る緊張感を、現場のスタッフたちが先に嫌というほど味わってしまうことだ。

『晴れときどき殺人』はわずか一億円ぐらいのバジェットだと聞かされたが、まあ撮れるだろと思えた。撮影が中盤に入った頃、邸宅の隠し部屋のシーンで、忍び込んだ容疑者の青年(太川陽介)に「酒饅頭」でも食わそうとシナリオにないことを思いつき、スタジオから近い調布駅に助監督を走らせたら、普通の白い饅頭しかないと電話が入り、新宿に探しに行ってもらって、30分間ほど「酒饅頭待ち、です」と休憩になったのも思い出す。モノづくりに余裕があったからだと思う。皆も、「虚構の時」を愉しんでいたのだ。

 

<続く>

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