映画は共通の言語です

番長プロデューサーの世直しコラムVol.99
番長プロデューサーの世直しコラム 櫻木光

テレビコマーシャルの制作会社に就職した当時、軽くコンプレックスを抱いた事がありました。それは、観た事のある映画の量と質に関してでした。 企画打ち合わせや、資料探しの時に、また、仕事が終わってから行く飲み屋の席でも先輩達の会話に、当たり前に出てくる映画の知識の豊富さにびっくりしてしまったのです。 先輩達は映画マニアでした。

そりゃあそうでしょうね。仕事がCMの制作だとしても、自分で映像を作っちゃう側に回ってそれを生業にしようと思うのだから、相当好きじゃないとできませんね。 そういう自分も当時は結構映画を観てきた方だと自負していたのだけど、先輩達に比べるとただただ普通の人でした。

何がショックだったかというと、先輩達が普通に会話する技術論のなかに出てくる、「あの映画のあのシーンみたいな」の『あの映画』を観た事がない事が多く、何を話しているのかさっぱり解らない事でした。 俳優の話だけではなく、当然、監督の話、カメラマンは誰で、機材は何か?脚本は誰が書いたか?合成の手法はこうで、CGはこうやってる…なんて、「なんでそんな事知ってるの?」って話までしている。制作者の中で「共通の言語としての映画」が確実に存在していたからです。「やばい、言葉が通じない」と思いました。

そんな感じで話について行けない僕にある先輩がこう言いました。 「俺たちがさ、音楽屋さんに、音楽を作ってくれって頼むとするじゃねえか。そのとき、音楽に詳しくない音楽屋さんに、お前、音楽作ってくれって頼みたいか?俺たちはCM屋さんだけど映像屋さんなんだから、そういうのにマニアックに詳しくないと、誰もCM作ってくれって頼みたくないンだと思うよ」

まともな意見でありました。

それからは、もう悔しくなったり、恥ずかしくなったりしちゃって、時間があれば、レンタルビデオ店に行き、名作とされている映画から片っ端から観るようにしました。なかなか映画館に行って映画を観るというような時間のとれるような身分ではなかったので、テレビで何かの映画が放映されると知ると、興味があろうとなかろうと、必ず録画して観ました。寝る時間を削って観ていた思い出があります。嫌々観ていた訳ではありません。集中して観ていると朝になっちゃう事があったのです。 ただ漠然と観ればいいってものじゃありませんから、観た映画には必ず好きか嫌いかを決めて、何故好きか、何故嫌いなのかという理由をつける事にしました。そういう区分けしか出来なかったからです。

そうして行くうちに、徐々に先輩達の話にもついて行けるようになりましたが、最大の収穫は、自分は何が好きで何が嫌いか?ということが解ってくるようになったことです。自分が作るコマーシャルフィルムはこうあってほしい。という願いみたいなものが生まれて来たんだと思います。

最近の若い部下達と話をしていると、昔、僕が通用しなかったように、「共通の言語としての映画」のところの話が通じない事が多くなってきました。多くなってきたというのは、極端に通じなくなって来たという事です。(人にもよるとは思いますが・・・) 「世代間の溝」と言ってしまえばそれまでなんですけど、『2001年宇宙の旅』すら観た事のない若者が増えてきました。僕らの2001年は未来の事だったけれど、今の20代にとっては、物心ついたときには過ぎ去っていた過去の話だったりするのでしょう。 じゃあ、新しい映画についてとことん詳しいかというと、そうでもない。テレビコマーシャルの海外の賞のトレンドについてめちゃくちゃ見識が深いかというと、そうでもない。いずれも僕らの方が高いレベルで興味を維持しているのは話をしているとわかるのです。決めつけはいけませんが。

そんな話を撮影部と飲みながら愚痴っていたら、「撮影部もそうですよ」という。 俳優と愚痴りながら飲んでいたら、「若い俳優のやつらもそうですよ」という。 そして必ず、「若い奴らは何を目指してここにやってくるんでしょうね?」という疑問で終わる事が多くなってきました。

今と違って僕の若い頃は、映画を見る手段としては、映画館に行くかレンタルビデオで借りるか、テレビの映画番組を見るか、という三通りのやり方しかなく、映画を見るという行為がとても限られていた様な気がします。 今は、当然、映画館もきれいで大きくなったしIMAXや3Dのシアターもある。地上波もデジタルだし、BSもありCS放送もある。映画のチャンネルはいっぱいあって、ほんのちょっとの料金で映画観放題のオンデマンドの配信もある。なんせ家のテレビも大っきくなったし、ハイビジョンだし、ハードディスクで放送している映画を録画すれば、観たいときにきれいな画像のまま簡単に観る事が出来る。そのデータをタブレットで持ち出して通勤の途中に観る事も出来る。 映画の視聴環境としてはもすごい進化を遂げている時代だと思うのです。だけどそういうシステムを享受しているのはおじさんたちばかりで、若者がおもしろがっているとは思えない様な現状なのです。

若者達にはやらなければならない事が他にたくさんあるのでしょう。若者は意外と忙しい。それが公務員の若者なら「時代の流れだ仕方ない」と思えるのでしょうが、映像関係の仕事に携わる若者達にはそうあってほしくない。自分が先輩に言われた「俺たちはCM屋さんだけど映像屋さんなんだから、そういうのにマニアックに詳しくないと、誰もCM作ってくれって頼みたくないンだと思うよ」というところに立ち返るからです。

いっぱい手に取って、それが好きか嫌いかを確かめながら、自分のスタイルを作って行く事が「洗練される」ということであるならば、映画に限らず、あまりにものを知らないで作っちゃったものは鈍臭くて観ていられないでしょう。そんな事を続けると今やっている事はやめなきゃいけない日がすぐにやってくる。その仕事の周りの共通の言語を理解しないのであればなおさらであります。

それよりなにより、映画の中に出てくる人たちに、生き方とか意地の貼り方とか、気の使い方とか、やせ我慢のかっこよさ、とか苦悩とかとか、いろんな事を学ぶものだ。そういう中から自分の生き方を見いだしてほしいとも思うのです。

「君たち、漫画から漫画の勉強するのはやめなさい。一流の映画をみろ、一流の音楽を聞け、一流の芝居を見ろ、一流の本を読め。そして、それから自分の世界を作れ」

手塚治虫が藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などトキワ荘のマンガ青年たちに言った言葉だそうです。

この言葉を、若い頃に真に受けちゃったものですけどね。僕は。

「映画って、本当にいいものですね」

Profile of 櫻木光 (CMプロデューサー)

プロデューサーと言ってもいろんなタイプがいると思いますが、矢面に立つのは当たり前と仕事をしていたら、ついたあだ名が「番長」でした。


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