映像2019.11.06

俳優には「君だったらどう感じる?」って聞くようにしています。役をつくるのは俳優ですから

Vol.008
映画『影踏み』監督
Tetsuo Shinohara
篠原 哲雄

第41回日本アカデミー賞で優秀監督賞を受賞した『花戦さ』『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』『ばぁちゃんロード』など多彩な作品を手掛ける篠原哲雄(しのはら てつお)監督。最新作の『影踏み』は、『月とキャベツ』の山崎まさよしさんと23年ぶりにタッグを組みます。人気ミステリー作家・横山秀夫の原作をミステリーの面白さそのまま人間ドラマとして映像化した篠原監督に、ミュージシャンと俳優の演技の違い、原作と脚本の関係などを語っていただきました。

山崎まさよし×横山秀夫×篠原哲雄は運命によって引き寄せられた

1996年公開の『月とキャベツ』以降、何度かコンビを組まれている山崎まさよしさんとの久しぶりの長編映画ですね。

山崎くんとは、『月とキャベツ』の数年後に短編映画の『けん玉』(『Jam Films』内の一編)、そしてその数年後にテレビドラマを一緒にやって、数年に1回のペースで仕事はしているんですよ。ただ長編映画はずっと一緒にできていなくて……。会うたびに“長編映画ができたらいいね”って言っていました。

そんな山崎さんとの久々のタッグ。今回は、「半落ち」「クライマーズ・ハイ」「64-ロクヨン-」などで知られる横山秀夫さんの「影踏み」が原作ですが、どういう経緯で横山作品を映像化することになったんですか?

そもそも横山さんとは、『月とキャベツ』を撮影した伊参(いさま)スタジオが行っている「伊参スタジオ映画祭」で知り合いました。群馬県の吾妻郡にある中之条町で行われている小さな手づくりの映画祭なんですが、発足時にこのスタジオができるきっかけとなった小栗康平監督の『眠る男』や『月とキャベツ』のようにこの町を舞台にした映画がつくられることを願い、シナリオ大賞を実施しています。それに2013~2015年に審査員として参加してくださったのが、群馬県にゆかりがあり上毛新聞出身の作家である横山秀夫さんで、審査員の一人であった僕と横山さんは、審査を通して映画観や映画に対する見方を共有しました。そして2016年、20周年を迎えた『月とキャベツ』と横山さん原作の『64-ロクヨン-』が「伊参スタジオ映画祭」の上映作となり、横山さんのファンだった山崎くんが横山さんと意気投合し、“横山秀夫原作で山崎まさよし主演作をつくろう!”ということになりました。

なんか運命のようなものを感じますね。

“山崎まさよしと篠原哲雄で映画をつくろう”という機運が高まっていたところに横山さんと山崎さんの出会いですから運命的ですね。そのあと、横山さんの作品をひも解いていったら、実は映像化されていない作品がほとんどない(笑)。困っていたら横山さんからまだ映像化がされていない「影踏み」という作品はどうだろうか?と提案があり、作品も決まりました。出会ってから形になるまではすごく早かったですね。2016年の暮れに映画化の話をして、2017年の半ばには方針が決まり、後半には脚本づくり、2018年の初頭には製作できる資金が各方面から集まって、その年の春先には撮影していましたから。かなり順調でしたよ。

ミュージシャン・山崎まさよしは自分そのもので勝負をしていた

© 2019「影踏み」製作委員会

ミュージシャンである山崎さんの演技の魅力はどのような所にありますか? やはり俳優とは違いますか?

やはり他の俳優にはない魅力があります。その大きな理由は間違いなくミュージシャンで演じ手ではないというところですね。演技を構築しようとしているわけでもなく、自然体のように振る舞っている。つまり“山崎まさよし”という人物そのものでしか勝負はしていないところです。もちろん芝居に慣れているわけでもないから器用さもないし、常に芝居について考えているわけでもないから俳優たるものこうあるべきという姿がない。何かに憑依するというより、本人の存在そのもので画面に定着するんですよ。それって俳優にとっては難しく、興味が惹かれるところです。ちなみに恋人役として尾野真千子さんに出ていただいていますが、出演の決め手になったのは山崎くんと一緒にやれるということだったようです。

実際できた映像を見て山崎さんの演技はいかがでした?

山崎まさよしという体を通して、主人公の真壁修一になっていましたね。うまく役にハマっていたと思います。今回演じた真壁修一は、正しいかは置いておいて泥棒なのでなかなかテクニックが必要な職人のひとり。職人であるミュージシャンとの共通項をどこかで見出していたと思います。また、横山さんの作品は基本発想として「官と民」の戦いが描かれていて、この作品では警察官が「官」なので泥棒は「民」であってそれもかなり底辺。そんな底辺の人間が「官」の愚かさやあざとさ、ばかばかしさやえげつなさを見て歯向かっていく、「官」に対して小さな戦いを挑んでいくところに山崎くんは共感ができるところがあったのだと思います。

監督はどのようにお芝居をつけているのですか?

もちろんこうしてほしいという指示はしますが、芝居は役者がするものなので基本は「君だったらどう感じる?」って聞くようにしています。やはり動いている本人が瞬時に感じ取っているものが大事だと思っているので。役をつくるのは俳優ですよ。台本に書かれていることを肉体を持った人が肉付けしていく。そうやって役がよりリアルになっていくのだと思います。

今回は山崎さんは音楽を担当していましたね。これも演技に影響はありましたか?

そうなんです。この映画においての彼は、俳優であり音楽家。演じていながらにしてその場の音楽を想像していくという役割があったんです。こっちはミュージシャン・山崎まさよしとしての視点が必要で……。演じている自分をどこか俯瞰して見ている部分があったのかもしれません。それこそ俳優とは全然違う目線ですね。

原作から本当に大事なことを見つけ出し肉付けしていく

横山作品といえば骨太なミステリーというイメージですが、本作はもちろんミステリーですがファンタジーや恋愛要素も入った人間ドラマだと感じました。

この作品は、どこか『月とキャベツ』に似ている要素があります。それは、北村匠海くんが演じた啓二の存在ですね。原作を読むと「耳の奥から聞こえてくる……」と書いてあるのですが、やはり分かりやすくするためには、彼の存在を目に映るように映像化しなければならないと思いました。そして“この世からいなくなる存在を描き、いなくなったところでやっと主人公と恋人の恋が成就する”という画は最初から決めてつくっていました。なので途中のミステリアスな題材をどうピックアップしていくかだけで。原作本の実写化は、読んだときに感じた一番大事なモノや大切に感じたコトを見つけ出し、そこにどう肉付けしてくかが大事。そのようにしてできた本作は、現在と過去の事件が交差する犯罪モノとしても楽しんでいただけますし、ファンタジーや恋愛映画としても楽しんでいただける作品になっていると思います。

原作から描くシーンをピックアップする際、どのようにして選ぶのでしょうか?

脚本家は原作をあらゆる角度から読んで決めていきます。今回でいうと、2年前、修一が盗みに入った家の妻・葉子をたぶらかしている人物を探し出す物語ですが、原作だと葉子の肌につけられた歯型から、犯人を想像していきます。これはミステリー小説ならではの手法ですごく面白いんですが、映像的には現実的ではない。女性の身体の見える位置に歯形をつけることやそれを見てすぐに犯人が分かるというのは、現実ではありえない……。なので今回はこの部分はカットされています。リアルに落とし込むのは、意外と難しいんですよ。

頑なにならずに自分の可能性を最大限に考え楽しむことが大事

そもそも監督はいつから映画監督を目指そうと思われたのですか?

17歳くらいの高校生のとき、ロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』を見て、映画に興味を持ち始めました。その後、大学に入り法学部へ進んだんですが、やはり自分の興味があるのは映画だと気づきまして……。当時は、のちの自分の師匠になる森田芳光監督が『家族ゲーム』などを撮って若手のスター監督として存在し、相米慎二監督や長谷川和彦監督がしのぎを削っていました。監督になるにはフリーで助監督になっていくのか、自主映画をつくって「ぴあフィルムフェスティバル」などに投稿するという道しかなく……。8ミリの使い方すらわからなかった僕は、自ずと助監督になろうと思いました。まずはシナリオに学校に行って、そこから助監督の仕事をいただいて。大学生のときに2本くらい見習いで助監督として映画に関わることができましたね。ただそんな中でも、松岡錠司監督など「ぴあフィルムフェスティバル」で賞を撮った同世代の監督もいたりして、こっちも参加してみようと自主映画もつくりました。そのころの「ぴあフィルムフェスティバル」は立ち会い審査というのがあって、そこで“映画は音と画と編集がすごく大事。それができずに発想だけで映画をつくろうとしてもダメ”と言われて……。小さな技術を定着させてから、作品に落とし込む力が必要だということが分かりました。それからはちゃんと勉強したいと思い、助監督を職業としてきちんとやるようにしました。

どういうタイミングで監督になれたのですか?

しばらくしていくと、フリーで何年もやっても監督には簡単になれないことも分かってきて……。昔のように、映画会社に入りさえすればいずれ監督になれるわけではないので、自分でどうにかしなければと思い、再び自主映画を撮ることにしました。その際のスタッフは仕事をしながらこの人とやりたい!と思った人に声をかけて交渉しましたね。今思えば、仕事をしながら自分のスタッフを探していたという(笑)。ズルい助監督です。そうやってつくった「『RUNNING HIGH』(1989年)が「ぴあフィルムフェスティバル」で入賞し、次は16ミリだと考えて『草の上の仕事』(1993年)を撮り、結果、この作品が劇場でかかったので初の劇場公開作品になりました。ある意味ラッキーでしたね。自主映画で撮っていたものも評価され、9年間くらいで助監督を卒業することができましたから。

そんな監督から見て、クリエイターにとって大事なことは何だと思いますか?

これがすごく難しい……。自分のことで考えると、映画をつくりたいという気持ちですかね。僕はどんなジャンルでもやるし、これといった主張したいモノは特にないんですよ。どちらかといえば映画が好きなので映画をつくりたいと思っていただけで、題材は後で考えているくらい。一貫してつくりたいモノはありますが、絶対にコレだというものはない。自分でいうのもなんですが、恋愛映画もミステリーもヒューマンも色んな作品に携われることがひとつの特徴なんだと思います。柔軟性は意外と大事です。あまり頑なになっちゃダメというか。あらゆる可能性は探って考えたほうがいいですから。若い人は頑なになりやすいですが、一回、自分の考えていることを疑って見ることも大事かも。僕も20代のころ、親しい友人にいろんな視点を考えるようにって言われました。それってすごく大事だと思いますね。

取材日:2019年9月25日 ライター:玉置 晴子 ムービー(撮影・編集):村上 光廣

『影踏み』

影踏み

© 2019「影踏み」製作委員会

11月15日(金)全国公開

キャスト:山崎まさよし 尾野真千子 北村匠海 中村ゆり 竹原ピストル 中尾明慶 藤野涼子 下條アトム 根岸季衣 大石吾朗  高田里穂 真田麻垂美 田中要次 滝藤賢一 鶴見辰吾 /大竹しのぶ
原作:横山秀夫「影踏み」祥伝社文庫
監督・脚本:篠原哲雄
配給:東京テアトル
© 2019「影踏み」製作委員会

 

ストーリー

世間のルールを外れ、プロの窃盗犯として生きてきた真壁修一(山崎まさよし)。ただの「空き巣」とは違う。深夜に人のいる住宅に忍び込み、現金を持ち去る凄腕の「ノビ師」だ。証拠も残さず、取り調べにも決して口を割らない。高く強固な壁を思わせるそのしたたかさで、地元警察からは「ノビカベ」の異名で呼ばれていた。ある夜、真壁は偶然侵入した寝室で、就寝中の夫に火を放とうとする妻の姿を目にする。そして彼女を止めた直後に、幼なじみの刑事・吉川聡介(竹原ピストル)に逮捕されてしまう。2年後、刑期を終え出所した真壁は、彼を「修兄ィ」と慕う若者・啓二(北村匠海)と共に、気がかりだった疑問について調べ始める。なぜあの夜、自分は警察に補捉されてい たのか。そして、あのとき夫を殺そうとしていた葉子(中村ゆり)という女の行方は?恋仲の久子(尾野真千子)が懸命に止めるのを振り切り、自らの流儀で真実に迫っていく真壁。裏社会を結ぶ細い線が見えてきた矢先、新たな事件が起こって……。

プロフィール
映画『影踏み』監督
篠原 哲雄
1962年生まれ、東京都出身。大学在学中に助監督として活動。その後、フリーの助監督として森田芳光監督、金子修介監督、根岸吉太郎監督作品に携わる。1989年8ミリ『RUNNING HIGH』がぴあフィルムフェスティバル特別賞を受賞。1993年に16ミリ『草の上の仕事』が神戸国際インディペンデント映画祭でグランプリを受賞。国内外の映画祭を経て劇場公開となり、監督デビュー作となる。1996年、山崎まさよしが主演した『月とキャベツ』が大ヒット。『花戦さ』(’17年)、『プリンシパル~恋する私はヒロインですか?~』(’18年)、『ばぁちゃんロード』(‘18年)など監督作多数。

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