映像2024.05.30

映画ソムリエ/東 紗友美の“もう試写った!” 第35回『かくしごと』

vol.35
映画ソムリエ
Sayumi Higashi
東 紗友美
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『かくしごと』

▶自分の持つ“正しさ”の概念について考え直したい人におすすめ

ラストシーンが忘れられない度100 

「この状況に陥ったとき、自分には何ができるのだろうか?」映画を見ていてそのように心を揺さぶられる瞬間がある。

法律は人間が決めたものでしかない。もし、主人公だったら、この映画の中に自分がいたとしたら、何が正解なんだろうと何度も何度も考えさせられる。1つだった価値観をいくつにも広げてくれる映画です。

(あらすじ)
絵本作家の千紗子(杏)は、長年絶縁状態にあった父・孝蔵(奥田瑛二)が認知症を発症したため、渋々田舎に戻る。他人のような父親との同居に辟易する日々を送っていたある日、事故で記憶を失ってしまった少年(中須翔真)を助けた千紗子は彼の身体に虐待の痕を見つける。少年を守るため、千紗子は自分が母親だと嘘をつき、一緒に暮らし始めるのだった。次第に心を通わせ、新しい家族のかたちを育んでいく3人。しかし、その幸せな生活は長くは続かなかった─。(公式サイトより)

『生きてるだけで、愛。』(2018)で劇場長編監督デビューを飾った関根光才監督による待望の長編第二作目『かくしごと』は、杏を主演に迎えた、子どもを守る女性の姿を描いた愛と嘘の物語。

年間約22万件…1990年度に統計開始されてから1度も減少することのない幼児虐待問題、2040年に推計584万人あまりにのぼると言われている、認知症患者の介護問題など、現代社会の課題とされる題材にエンターテインメント性を取り入れて、誰しもに自分ごと化させる心打たれるミステリー映画となっていた。

心の機微が繊細に描かれていて、純文学の小説を読んだ感じに近いものがあった。一般的に映画のラストシーンは忘れられないものが多いが、今回のラストカットにはとにかく心揺さぶられた。

小さな希望を感じる(いや、感じ取りたい)エンディングに涙が落ちた。

杏さん自身も「ラストが特に面白く、素晴らしい脚本だと思いました。自分の役については、すごく難しいシチュエーションだと思うのですが、もしかしたら今の自分だったらできるかもしれないと思ったことが大きな理由です」と出演の理由をお話されているが、……「“自分の子ども”と、嘘をついて育てる」という普通の精神では耐えられないかもしれない選択。それを選んだ強烈な母性をもつ人物像を、共感できる女性の姿に落とし込み魂で演じきっている。主人公の揺れない姿に、私達は揺さぶられる。

また、千紗子に守られる拓末を演じた中須翔真さんの眼差しの純真さは、母性を掘り起こすだけでなく、正義の天秤を何度も揺るがした。

中須さんは100名以上が参加したオーディションから抜擢されたそうだが、本作プロデューサーの河野氏は「一次審査は大阪からリモートで受けてもらったのですが、その時点で拓未役はこの子だ、と思いました。」とコメントしている。今後の活躍に期待したい。

そして、この作品は「ミステリー作家が描く感動小説」として評価も高い北國浩二の「噓」が原作になっているが、映画化された際の「かくしごと」というタイトルは秀逸そのものだ。

(それは)杏さん演じる千紗子だけではない。登場人物それぞれが胸に秘めた“かくしごと”を抱えているのだ。

人間味あふれる、すべてのかくしごと。そのどれもが共感できてしまうものであった。誰の痛みも張り裂けそうなほどわかってしまったのだ。

身の潔白ばかりが評価される、SNSの時代。少しの濁りすらも許されず、さらしものにされることが当たり前になった現代に、人間とは元来もっと複雑で140文字なんかでは判断できないくらいに、奥深くて、複雑で、誰かを守るために生きている尊い生き物なんだと思い返すことができた。

それぞれのかくしごと。それは、やさしい嘘に近い。

大切な人を想うが故のいくつもの秘密…そのすべてを一つのストーリーにまとめあげた監督にも、あらためて圧倒的な手腕を感じた。少しずつその秘密が解き明かされていく過程はミステリーとしても惹き込まれた。

子どもの虐待や死亡事件など苦しいニュースばかり目にするこの時代に、幸せそうな3人の姿を思い出すと、胸が詰まる。彼らは紛れもなく「家族」だったと私の瞳にはうつっている。

血縁関係のない、社会的に弱い者を含め構成された共同体。彼らのつむぐ小さな幸せを守ることはできないのだろうか。

疑似家族を描いた作品は数あれど、今作もまた血のつながりではなく心でむすびついた様子が描かれた、考えさせられる映画だった。
正義とは。善悪とは。司法とは。血の繋がりとは。正しさとは。
皆で、作品を通して考えていきたい。
生きづらさを抱えている子どもたちに、幸せな未来があることを願って。

『かくしごと』6月7日公開

出演:杏
中須翔真 佐津川愛美 酒向芳 木竜麻生  和田聰宏 丸山智己 河井青葉 安藤政信
奥田瑛二
脚本・監督:関根光才
原作:北國浩二「噓」(PHP 文芸文庫刊)
音楽:Aska Matsumiya
主題歌:羊文学「tears」F.C.L.S.(Sony Music Labels Inc.)
エグゼクティブプロデューサー:松岡雄浩 津嶋敬介 小西啓介
企画・プロデュース:河野美里
プロデューサー:服部保彦 石川真吾 櫻田惇平
アソシエイトプロデューサー:青木真代
撮影:上野千蔵
照明:西田まさちお
録音:西條博介
美術:宮守由衣
装飾:野村哲也
衣裳:立花文乃
ヘアメイク:那須野詞
編集:本田吉孝
音響効果:渋谷圭介
助監督:亀谷英司
制作担当:入江広明
ラインプロデューサー:渡辺修
製作:メ~テレ ホリプロ ハピネットファントム・スタジオ ポニーキャニオン トーハン ZENA STYLE グラスゴー15
企画・制作:ホリプロ
配給:ハピネットファントム・スタジオ ©2024「かくしごと」製作委員会
文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
2024 年/日本/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/128 分 映倫 G

公式X:https://x.com/kakushigotofilm

プロフィール
映画ソムリエ
東 紗友美
映画ソムリエ。女性誌(『CLASSY.』、『sweet』、『旅色』他)他、連載多数。TV・ラジオ(文化放送)等での映画紹介や、不定期でTSUTAYAの棚展開も実施。映画イベントに登壇する他、舞台挨拶のMCなどもつとめる。映画ロケ地にまつわるトピックも得意分野で2021年GOTOトラベル主催の映画旅達人に選出される。 音声アプリVoicyで映画解説の配信中。

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