映像2021.12.15

映画「明け方の若者たち」で描かれたリアル。松本花奈監督がこだわったのは、見る人の想像をかき立てる嘘のない目線。

Vol.34
映画『明け方の若者たち』監督
Hana Matsumoto
松本 花奈
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2021年12月31日(金)に全国ロードショーを開始する、映画「明け方の若者たち」は、23歳の映画監督・松本花奈(まつもと はな)氏がメガホンをとりました。

2021年9月時点で9万部突破のカツセマサヒコ氏・作の同名小説を映像化。明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った黒島結菜(くろしま ゆいな)さん演じる「彼女」に、一瞬で恋をした北村匠海(きたむら たくみ)さんが演じる「僕」。世界が「彼女」で満たされる一方で、社会人になった彼は「こんなハズじゃなかった人生」に打ちのめされて……。

20代の“人生のマジックアワー”を描いた話題作です。作中の登場人物たちと同じ”若者”である松本監督の、年齢にとらわれない映画の作り方、その力強さに迫りました。

 

登場人物の奥行きを感じてもらいたい

「明け方の若者たち」を制作することになったときのエピソードをお聞かせください。

原作のカツセマサヒコさんが、この作品を書く前からツイッターに、恋愛妄想ツイートを投稿されていました。

私はそれを短編作品として実写化する企画をしていて、カツセさんとは面識がありました。その後も交流があり、「明け方の若者たち」を出版されたときに本を読ませていただいたんです。

読み進めていくうちに、使われている言葉に心惹かれて。物語の舞台は実際に知っている場所も多くて、自分ごとのようで、「映画にしたい」と思いました。

「原作もの」を映像化するにあたり、大切にしたことはありますか?

大切にしたことは、奥行きです。原作はすべて主人公の「僕」目線で書かれているので、「彼女」や尚人は、「僕から見た彼女」「僕から見た尚人」でした。映画にするなら、「僕目線だけではない」彼ら彼女らの奥行きを伝えようと思っていたんです。

「彼女」や尚人だけでなく、登場するすべての人にそれぞれの生活があると感じる作品でした。そんなリアルな演技をした、主演の北村さんや黒島さんについてお聞かせください。

北村さんとは、はじめお会いした段階から「自然体でいこう」という話をしていました。黒島さんとは、直前までどういう風にするか悩み、話し合いましたね。

お二人には、撮影しながら、現場で感じ取った感情をその場で表現してもらいました。それがすごくリアルというか、ナチュラルな雰囲気の芝居に繋がったんじゃないかなと思います。

監督が、事前にどこまで決めていらっしゃったのかがとても気になっています。例えば北村さんのスタイリングやビジュアルには、何か監督の意図があったのでしょうか?

大学卒業時からの5年間を描いているので、着ている服や髪型の変化は出していきたいと思っていました。
主人公の「僕」が着ている服に関しては、大学生、社会人1~2年目のときはバンドTシャツなどを着ていたけれど、大人になっていくにつれてそういうものは着なくなって、シックな色合いになっていく。黒島さん演じる「彼女」も、年代によって髪型の分け目を変えるなどしましたね。



後半、大人っぽく見えたのは、服装や髪形のせいもあったのですね。作中で描かれる5年の間に、キャラクターたちが監督自身の年齢を超えていったと思いますが、どのシーンがご自身の等身大だと感じましたか?

一番はやはり、最初の大学生の飲み会ですね。私、新入生の頃はああいう飲み会にも頑張って参加していたんですが、毎回馴染むことができなくて、だんだんといかなくなってしまい……。当時のことを思い出しながら、雰囲気を作っていきました。

逆に私は、新入社員研修、職場に入ってからの空気感を経験したことはありません。でも今回の映画を撮るにあたり、知っておかないといけない部分だと思ったので、原作のモデルになっている会社へ取材にいったり、いろんな会社の総務部の方にお話を聞いたりしてリサーチをしました。

 

説明しないこと、削って磨くことで嘘を減らす

映画のなかでは、「僕」や「彼女」の名前が説明されていませんね。

原作でも名前は出されていません。そこは原作者のカツセさんがこだわっているところです。

私は名前が分からなくても引き込まれて、共感し、キャラクターの心情をくみ取っている自分がいました。観る人を映画に引き込むために、考えたことはありましたか?

名前と同様にあまり説明しないこと、ですね。モノローグを入れるかどうか、それから黒島さん演じる「彼女」をどこまで描くかは、撮影の直前まで悩んでいましたね。脚本の段階では「彼女」の生活を描いた台詞もありました。ただ、実際に演じられていくなかで、そういう説明って「もしかしたらいらないのかもしれない」って感じたんです。

「僕」や「彼女」も、複雑なことは考えていなくて、純粋にお互いが「好き」という気持ちだけで動いているんだ、と思えて。あまり説明を足さないほうが、嘘がないのでは、と考えました。

撮りながら「彼女」にまつわる台詞をなくしていきました。さらに編集の段階では、「彼女」一人のシーンを見せないほうが魅力が増すんじゃないかと考えて、シーン自体を削ったところもあります。観る人に「想像させる」ことを大事にしたかったんです。

削ぎ落して磨かれた作品に、監督の狙い通り、たくさん想像をかき立てられました。そのなかで監督が気に入っているシーンを教えてください。

バッティングセンターのシーンは特に好きです。あそこの「僕」と尚人の空気感はすごくいいですよね。

それから「僕」と「彼女」が、歯磨きをしている場面。大学時代の二人の関係性とは変わったんだということを、あの距離感で表現したいと思っていたんです。黒島さんも口をゆすいだ水を豪快に吐き出してくれて、そういうところから「彼女」の人柄や、二人の関係性を描きたいと思いました。

たしかに歯磨きのときの豪快な仕草だけでも変化が見えてきます。松本監督が本作品で一番伝えたかったことはなんでしょうか?

どんな形であれ、「僕」が「彼女」にここまでのめり込めることが素敵だなと思っていて。たとえ自分がボロボロになったとしても、誰かを好きでい続けていたその気持ちを、映画を通して肯定したかったです。

撮影時のことをお聞かせください。現場では、監督よりも年齢の高いスタッフに囲まれていたと思います。制作で苦労されたことはありましたか?

苦労はなく、順調に制作できたと思います。良い意見交換をしながら進められたのでは、と。

また今回は、撮影・照明・美術の方と初対面でした。撮影監督の月永雄太(つきなが ゆうた)さんは、数々の映画を撮られていて、昔からずっと憧れていた方でした。そのような皆さんと映画を作れることが、とても嬉しかったですね。

チームになれたというイメージでしょうか。

そうですね。メインビジュアルにもなっている明け方に3人で走るシーンの撮影が印象的でした。明け方の30分ともたない短い時間のなかで、12カット撮らないといけない。そのために夜中から皆で集まって練習して。そのときは特にチームとしての一体感が生まれましたね。

映像の色づかいや音楽などが印象的で、ノスタルジーを感じました。そのあたりは意図されていたのでしょうか?

大人になった「僕」が昔を懐かしんで回想している感覚で撮っていました。だから彼女との思い出の時間も、リアルタイムで進んでいくわけじゃなくて、「そういう楽しい時間もあったな」っていう見せ方をしたんです。それが自然と思い出のような印象を与えられるようになっていったのかなと思います。

 

大切なのは、撮りたいものを伝えながら、信じて任せる

そもそも映像制作を始められたきっかけを教えてください。

いろいろあるんですけど、大きなきっかけのひとつは高校生のときに見た李相日(り そうじつ)監督の「69 sixty nine」(2004年)という映画です。

高校生の男の子たちがワイワイしている青春映画なんですけど、すごく好きで。いつかこういう映画を撮りたいなって。

はじめて撮ったのはどんな作品だったんですか?

中学生のときに、30分ほどの兄弟ものの作品を撮ったのですが、結局、完成したような、していないような感じでした……。 

映画は人を集めないと作れない印象があります。中学生で大変ではなかったですか。

当時は、役者志望でもない学校の友達になんとか出演してもらって。夜中まで撮影で引っ張りまわして、その子の親御さんから苦情の電話が来ることもありました(すみませんでした……)。

その後、高校2年生のときに映画好きの高校生が集まる団体に応募して入りました。スタッフも年齢が近かったので手探りしながら、皆で映画を作っていました。その頃のほうが、カメラなど、自分の専門外のところにも意見を挟んでいたと思います。

今は当たり前ですが、それぞれのプロフェッショナルが集まっています。皆さんの感性を信じて、任せるところは任せて進めていますね。

松本監督は「撮り方」がハッキリしていらっしゃる方なのかと思っていました。

作りたい、撮りたいものは、結構決まってはいます。でもひとりで作っているわけではないので、自分が「良いと思っているもの」をスタッフキャストに伝えつつ、皆が「良いと思っているもの」も引き出したいんですよね。

 

ぶれないことと、完成させること

クリエイターとクリエイターを目指している方に向けて、お言葉をいただけますか?

まず、ぶれないことが大切だと思っています。それから、完成させることと、続けることでしょうか。

何かを作って、全員が全員良いと言ってくれることって、たぶんないと思うんです。何を作っても良いねって言ってくれる人もいるし、批判的なことを言う人も必ずいる。

意見を聞くことも、もちろん大事なんですけど、それに惑わされすぎるべきじゃない。やっぱり、そこもバランスを取らないといけませんね。自分が作りたいもの、撮りたいって思ったその感情に素直になるべきなんじゃないかなと。そしてとにかく最後まで作りあげることです。

たくさんの人の感想や意見が聞こえてくるなかで、「ぶれない」って、きっと簡単じゃないですよね。芯をもたないといけないのですね。

なんとなく流行っているからこれかな、とか。なんとなくこういう時代だからこれかな、とか。そういうことではなくて、自分基準で物事を考え続けてほしいと思いますね。
取材日:2021年11月14日 ライター:渡辺りえ

『明け方の若者たち』

(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会

12月31日(金)全国ロードショー

CAST
北村匠海 黒島結菜 井上祐貴
楽駆 菅原健 高橋春織
三島ゆたか 岩本淳  境浩一朗 永島聖羅 わちみなみ 新田さちか 木崎絹子
田原イサヲ 寺田ムロラン 宮島はるか 
佐津川愛美 山中崇 高橋ひとみ / 濱田マリ

STAFF
監督:松本花奈  脚本:小寺和久
原作:カツセマサヒコ「明け方の若者たち」(幻冬舎文庫)
主題歌:マカロニえんぴつ「ハッピーエンドへの期待は」(TOY’S FACTORY)
制作プロダクション:ホリプロ
製作:「明け方の若者たち」製作委員会
配給:パルコ
(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会
R15+

STORY
「私と飲んだ方が、楽しいかもよ 笑?」その16文字から始まった、沼のような5年間。明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った<彼女>に、一瞬で恋をした。下北沢のスズナリで観た舞台、高円寺で一人暮らしを始めた日、フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり・・・。世界が<彼女>で満たされる一方で、社会人になった<僕>は、”こんなハズじゃなかった人生”に打ちのめされていく。息の詰まる会社、夢見た未来とは異なる現在。夜明けまで飲み明かした時間と親友と彼女だけが、救いだったあの頃。

公式HP:akegata-movie.com 公式Twitter & Instagram:@akewaka_info
プロフィール
映画『明け方の若者たち』監督
松本 花奈
1998年生まれ、大阪府出身の23歳。高校在学時の2014年に監督・脚本・編集を手掛けた「真夏の夢」がNPO法人映画甲子園主催eiga worldcupの最優秀作品賞を受賞。2016年、慶應義塾大学総合政策学部に進学。同年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭に出品した監督作品「脱脱脱脱17」がオフシアター・コンペティション部門の審査員特別賞・観客賞を受賞。

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