『カメラを止めるな!』上田慎一郎監督の新境地「社会問題をコメディに」縦型ショート動画の裏側
大ヒット映画『カメラを止めるな!』の公開から約7年、上田慎一郎監督は新たに縦型ショート動画にも注力しています。2023年には、縦型短編監督作「レンタル部下」がTikTokと第76回カンヌ国際映画祭による「TikTokShortFilm コンペティション」でグランプリを獲得。TikTokやYouTubeで公開中の作品はどれも、現代社会をシニカルに捉えたものばかりです。
スクリーン向けの映像と異なる、縦型ショート動画は「違う競技」かのよう。尺の違いから「テンポ」も異なると明かしてくれた上田監督に、映画人としてのルーツ、新たにメガホンを取った2024年11月公開の長編映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』のお話などを聞きました。
映画好きな少年時代を経て、撮影の「マネ」をするように
定番の質問とはなりますが、上田監督にとって人生に影響を与えてくれた映画は何でしょうか?
よく聞かれます(笑)。小学校時代に、同級生の父親が映画好きだったのは、強く影響していたと思います。当時住んでいたのは人口1万人に満たない小さな町で、レンタルビデオ店が1軒しかないような地域でしたが、同級生宅の本棚には彼の父親が集めた映画がたくさん並んでいたんです。無骨な文字で作品タイトルが描かれたビデオがたくさんあって、よく借りていました。
当時は、どのような作品をご覧になっていたんですか?
90年代のジャンル映画が多かったですね。『レリック』とか『アナコンダ』とか。超大作の『トゥルーライズ』もあり、シュワちゃん(アーノルド・シュワルツェネッガー)やジャン=クロード・ヴァン・ダム、ドルフ・ラングレンの作品なども観ていました。高学年になると、自作の「映画ノート」を作って「タイタニックは10点」みたいに、レビューも書いていました。中学生になって、『パルプ・フィクション』、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』、『マグノリア』など作家性の強い映画たちに出会い、本当の映画好きになった気がしています。
その後、中学時代には父親のハンディカムを手にして、映像を撮るようになったそうですね。
好きなハリウッド映画や、テレビで観たコントをマネして撮っていました。今の原点ともいえます。周りにサブカルチャー好きな友人がたくさんいたので、放課後に「今日は何撮ろうか?」と言い合いながら、よく集まっていました。脚本はなく、その場で「次の展開はこうしよう」と相談しながら、そろそろ帰らなきゃとなったら「じゃあ、そろそろ銃撃戦で撃ち合おう!」と誰かが言い出して(笑)。次の日はまた集まって同じことを繰り返す毎日で、まさに青春でした。
大ヒット作『カメラを止めるな!』の背景ではプレッシャーも
そんな青春時代には、脚本を書いた経験もあったのでしょうか?
はじめて脚本を書いたのは、中学1年生でした。国語の授業で演劇をやるというものがあったんです。班ごとに演目を決めて。基本は「桃太郎」や「金太郎」、「浦島太郎」のような既存の物語をやるのが恒例でしたが、僕たちの班では「オリジナルをやりたい」と言って、自分が脚本を書きました。
どんなオリジナル作品だったのでしょう?
例えるなら、ロボット版『E.T.』のような。3人の高校生と、変わりものの博士が作ったAIロボットの友情を描いたSF作品『3人と1体』を書いたんです。授業で発表したら評判がよく、クラスを飛び越えて「3年生を送る会でやろう」となったのが、人生初の本格的な作品づくりでした。
高校時代も映画を撮り続けたそうですね。
中学時代とは異なる、本格的な映画制作ですね。文化祭でほかのクラスはたこ焼き屋やお化け屋敷をやっているのに、僕らは「映画を作ろう」となったんです。同級生をキャスティングして、高校1年生で20分ほどの短編映画をはじめて作り、高校2年生で60分ほどの映画を作りました。
同じく高校時代には、演劇部にも入部したのだとか?
高校3年生のとき、その作品を観てくれた演劇部の先生から「入部しないか?」と誘われて、わりと本格的な演出も経験しました。ただ、当時はまだ映画監督をめざしてはいなかったです。真剣に将来を考えたのは、高校卒業を控えた時期の進路相談でした。それまでは「今」しか見えていなくて、自分の進路を書くとなってはじめて「将来か。じゃあ、映画監督かな」と考えたんです。
高校卒業後は商業映画の世界へ進み、2017年11月に公開した初の劇場長編監督作となる長編映画『カメラを止めるな!』は大ヒットを記録しました。
作品が名刺代わりとなって、仕事のオファーが増えました。ただ、周囲の期待が大きくなるにつれてのプレッシャーも常にあります。いただくオファーも『カメラを止めるな!』のような作風を求められて「どんでん返しを」とか「たくみな伏線回収を」とか、実際に言われるんです。
以前より気持ちは軽くなりましたが、完全に吹っ切れてはいません。ただ、代表作を作った経験のある映画監督は、誰もが味わう感情とも思うんです。僕自身は『カメラを止めるな!』の肩書きを塗りかえたいですし、自分の名前だけで認知してもらえるように、新たな段階へ進むのが課題です。
新たに力をそそぐ縦型ショート動画は「映画とは違う競技」
2022年11月には、TikTokのハッシュタグチャレンジ「#ショートフィルム」のアンバサダーに就任。以降、縦型ショート動画を精力的に手がけていますが、当初はどのような印象を持っていましたか?
正直なところ、悪印象でした(苦笑)。勝手に「茶番のネタ動画ばかりなんだろう」と想像して、TikTokの登録すらしていなかったんです。でも、実際にふれてみると印象が変わりました。しっかりと脚本を準備して、カット割りにこだわり、上手に編集された動画がたくさんあったんです。質の高い作品が数多く存在するとわかり、先入観を持たずに新たなメディアや表現を知る大切さを学びました。
映像クリエイターとして、横型と縦型での映像づくりにはどのような違いがあると考えていますか?
縦か横かの違いより、大きく変わるのは全体のテンポです。映画とは違う競技ともいえますね。ただ、横型長編の映画撮影で培ったスキルは縦型にも活かせます。縦型ショートは、体感で長編映画の2〜3倍はテンポが速く、映像業界でよく使われる脚本の制作アプリ「O’s editor」でシナリオを書いてみるとわかります。ドラマや映画では、アプリ上で「1ページあたり1分」が定説なんです。ただ、ショート動画では「3ページあたり1分」になることが多く、最初はその違いが分からず作品を見直し、よけいなカットを削って、編集にかなりの時間をかけました。
社会問題を「コメディ」に代えて届けたい
上田監督による縦型ショート動画は、現代社会をシニカルに捉えた作品が多い印象です。
近未来のリアリティSFが、自分のカラーとして定着してきたとは思います。ショート動画1作目『キミは誰?』は、会話サポートAIに助けられてコミュニケーションを図る男女の話でしたが、当初はなりゆきでした。元々、テレビ番組『世にも奇妙な物語』のような1話完結のSF作品が好きでしたし、年齢を重ねるにつれて、社会問題への関心が強くなったのも理由だと思います。
@picorelab 会話サポートAI、使う?「キミは誰?」第1話 #ショートフィルム #アンバサダー #倉悠貴 #横田真悠 ♬ オリジナル楽曲 – 上田慎一郎
たとえば、話題にあがった『キミは誰?』はどのように発想をふくらませたのでしょう?
作品の構想を考えていたときに、思い浮かんだのがチャップリンの白黒映画『モダン・タイムス』だったんです。作品はかなり古く、産業革命によって訪れた機械文明に翻弄(ほんろう)される人間への皮肉を描いたコメディで、現代であれば「AIに置き換えられる」とひらめきました。
チャップリンの映画が原点になっていたとは、意外でした。
海外では、社会問題をコメディとして昇華している映画も沢山ありますが、邦画では少ない印象があります。問題提起となると、メッセージ性が強く重い作品になりがちですよね。ただ僕は、社会問題をエンターテインメントや笑いによって飲み込みやすくしたいと思っています。
AI時代には日常の「ノイズ」をインプットするのも大切
2024年11月には、新たな監督作となる長編映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』が公開されます。
本作は『カメラを止めるな!』の公開前から動いていた渾身のプロジェクトです。ソ・イングク、 スヨン、 マ・ドンソクの豪華共演で日本でも話題を呼んだ韓国ドラマ『元カレは天才詐欺師~38師機動隊~』を原作にオリジナリティを加えた作品で、日本では珍しいタイプのエンターテインメント作品になったと思います。
まじめな税務職員と天才詐欺師、アウトローたちが脱税王からお金を奪うアメリカ映画のようなプロットになっており、これは僕自身がハリウッド映画を見て育ったのも影響しているかもしれません。ただ、ポップでありながら骨太な作品にしたいとは意識していました。映画館へ頻繁に足を運ぶ映画ファンも、年に数回というライト層の方も、どちらも楽しんでいただけるものを目指しました。
映画監督としてこの先、業界へどのように貢献したいと考えていますか?
エンターテインメントやフィクションには、現実や社会を変えていく力があると信じています。ひょっとしたら、スティーブ・ジョブズも映画『2001年宇宙の旅』に登場したタブレットをヒントに、iPhoneやiPadを作った可能性も0ではありませんし、自分もエンタメの力で、世界や社会を動かしていきたいです。
それから映画業界に貢献したいことは…いっぱいありますね(笑)。ただ1つだけあげるならば、ミニシアターの閉館に歯止めをかけたいと思っているんです。
小学校時代に『タイタニック』や『アルマゲドン』のような超大作を見て映画好きになった僕も、中学時代にクエンティン・タランティーノやマーティン・スコセッシなど、映画好きが好むような作品も観て、真の映画好きになりました。
今はシネコン全盛の時代ですが、超大作“だけ”を観て映画監督をめざす人がいるかというと、疑問が残ります。ミニシアターで上映される「何だ、この映画は」と引っかかる作品もあって、「こういう映画もアリなんだ」と思った人が、監督になっていくはず。そういう場所を絶やさないことが、未来のクリエイター育成にもつながり、映画界の多様性も保たれると考えています。
最後に、話題にあがった「未来のクリエイター」に向けてメッセージをお願いします。
日々のインプットの仕方を意識してほしいです、かな。僕も忙しいと怠けてしまいますが、書評家の三宅香帆さんによる書籍『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社)を読んで、自分のインプットの仕方を改めて見直しました。現代社会ではすぐに役立つ情報が強く求められていて、読書はよけいな情報、すなわちノイズが多いために効率が悪く避けられているといった指摘が書かれていたんです。
クリエイターであれば逆の思考も必要だと思っています。今すぐ役に立つ情報、仕事に直結する情報だけではなく、役に立つか分からない情報、今の自分には余計な情報、つまりノイズも含めたインプットが重要で。先ほど言ったミニシアターでは、何が得られるのか、どんな感情が呼び起こされるのかわからない様な映画もたくさん上映されているんです。ただ、それらをいかに吸収していくかが、AIの台頭する社会で生き残る術にもなると信じています。
取材日:2024年6月27日 ライター:カネコ シュウヘイ 撮影: あらい だいすけ
『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』
©2024アングリースクワッド製作委員会
11月、新宿ピカデリーほか全国公開
監督:上田慎一郎
出演:内野聖陽 岡田将生
川栄李奈 森川葵 後藤剛範 上川周作 真矢ミキ 鈴木聖奈
音楽:鈴木伸宏・伊藤翔磨
配給:NAKACHIKA PICTURES
©2024アングリースクワッド製作委員会
公式サイト:angrysquad.jp
X:@angrysquad2024
ストーリー
税務署に務めるマジメな公務員・熊沢二郎(内野聖陽)。ある日、熊沢は天才詐欺師・氷室マコト(岡田将生)が企てた巧妙な詐欺に引っかかり、大金をだまし取られてしまう。親友の刑事の助けで氷室を突きとめた熊沢だったが、観念した氷室から「おじさんが追ってる権力者を詐欺にかけ、脱税した10億円を徴収してあげる。だから見逃して」と持ちかけられる。犯罪の片棒は担げないと葛藤する熊沢だったが、自らが抱える”ある復讐”のためにも氷室と手を組むことを決意。タッグを組んだ2人はクセ者ぞろいのアウトロー達を集め、詐欺師集団《アングリースクワッド》を結成。壮大な税金徴収ミッションに挑む―。