グラフィック2023.01.25

「好きなもののために自ら動くことも大事」バイリンガルイラストレーターの海外で働くコツ

Vol.207
イラストレーター、グラフィックデザイナー、TVタレント
Kailene Falls
ケイリーン・フォールズ

イラストレーターとしてイラストエッセイ集「日本のいいもの おいしいもの」(朝日新聞出版)を発売するほか、バラエティ番組でも活躍するケイリーン・フォールズ(Kailene Falls)さん。
9年前、 “大好きな日本で就職したい”という夢を叶えるために来日。“イラストレーターになる”、“本を出版する”など新たな夢を次々と見つけては叶えています。
バイタリティあふれるそんな彼女に、海外で働く中で感じた驚きや大変さ、夢を見つけるための過程やクリエイターとして大事にしていることなどを語ってもらいました。

SNSを活用し情報収集、やっとのことで得た就職情報

なぜ日本に来ようと思われたのですか?

日本語を勉強しはじめたのは、高校生の時でした。15歳の時に独学で勉強しはじめて、文化にも興味を持つようになりました。
高校生の時にすでにデザイナーになりたいと思っていて、デザインの仕事に役立ちそうな語学を勉強したいと思い、英語とは全く違う語学を学ぼうと思いました。
そのときは中国語やロシア語、アラビア語なども検討したのですが、日本のデザインは国際的にクリエイティブ業界で認められていたことや、日本ならではのデザインセンスに惹かれたので、日本語を選択しました。つまり私が日本について興味を持ち始めたのは大学に入ってから。勉強したら文化が心に響き、半年後くらいには“いつか日本で仕事をしたい”と思うようになっていました。

日本のデザインセンスで惹かれた部分はどこですか?

真逆な二つで、すごくシンプルなところと、ごちゃごちゃとしていてカラフルなところです。日本は、漢字やひらがな、カタカナ、アルファベット、数字など様々な文字を使って表現されますが、アルファベットと数字がメインのアメリカとは違って表現に幅があって面白いんですよ。
そして日本を知っていくと、パッケージデザインにこだわっていることに気づいて。昔から日本では、中身だけではなくパッケージを含めて贈りものとして考える文化が根づいているんですよ。だからデザインを意識する機会が多く、数多くのおしゃれなデザインを生まれているんだと思います。そのあたりにすごく興味を持ちました。

“いつか日本で仕事をしたい”と思ったとのことですが、学生時代に日本へ留学してデザインと語学を学ぼうとは考えなかったのですか?

最初は留学も考えました。ただ日本で勉強した場合は、日本人と比べて日本語が下手な日本のデザイナーになり、アメリカで勉強した場合は、日本人と比べて日本語が下手なアメリカのデザイナーになる気がして……。それならアメリカで勉強して個性を活かしたデザイナーになろうと思いました。

大学卒業後、日本のデザイン会社に入社したとのことですが、就職活動はすんなりできましたか?

アメリカだと卒業の2、3カ月前に仕事を探す人が多く、私もその時期にこれまでの作品をひとつのファイルにまとめたポートフォリオをつくり、日本のデザイン会社にメールとともに送りました。ただそれは全く上手くいかず……。困った私はSNSで日本への就職活動のやり方を聞き、そこで転職サイトを教えていただき、日本の会社とアポが取れました。
アメリカと日本の就職活動で、一番違うと思ったのが面接です。アメリカは自分のデザインをまとめたものを見せて評価してもらうのですが、日本はまずは面接が必要で……。当時はまだリモート面接に馴染みがなく、興味を持っていただいても「面接を受けるために東京に来てください」「東京に来たときにまた連絡ください」と言われることが多かったです。
実際に入社した会社も東京で面接をしました。オリンピックもあるし、海外の人が働くのも面白いと興味を持ってくれました。そのような会社にはなかなか巡りあえないので、本当に運がよかったんだと思います。

知り合いがいない中での就職活動は大変だったのですね。

日本人の友達はいましたが、デザイナーの友達はいなかったんですよ。もし同じ仕事の人がいたら紹介してもらったりして、もう少しラクだった気がします……。やはりどのような企業が人を求めているのかなどを知れる情報集めはすごく大事だと思います。SNSで就職サイトを教えてもらえなかったら、きっと出合えなかった会社ばかりなので。
改めて考えると、大学を卒業したばかりの「日本大好きです!」という海外の若者を働かせるのは勇気がいたと思います。だからこそ最初に就職した会社にはすごく感謝しています。ちなみに一度日本の会社に就職したら、次を見つけるのはここまで難しくないと思います。何事も最初が大変ですから。

恥を捨てて意味が伝わるように話す。語学は、100点でないことを認めることが大事

実際に日本の会社で働いて、言葉の壁は感じませんでしたか?

感じましたよ。なかでも敬語の使い方には驚きました。敬語はものすごい偉い人に対して使うという印象を持っていて、日常ではほとんど使わないと思っていたんですよ。だからメールなど日常的に敬語を使っていると知りショックを受けました。このように、実際に来日してから知ったことはたくさんあります。やはり分からない言葉も多かったです。
打ち合わせのときに分からない言葉が出てきて、その度に調べていたらいつの間にか話が進んでしまったり、分かっているフリをして聞いていたら相手から詳しく質問され困ってしまったり……。言葉が分からなければその場で聞き返せばいいのですが、最初の頃はプライドが高くて、聞くのも恥ずかしかったんですよ。質問して間違えていたらイヤだから質問もできなくて。失敗して気づいて、これは少しずつ直していったところです。

恥ずかしい気持ちは捨てないとダメなのですね。

恥を捨てることはすごく大事です。とくに語学は話して間違えて成長するものなので。意味が伝わればいいと割り切ることが必要です。海外で働くとき、どうしてもコミュニケーションをパーフェクトにしたいと思うのですが、自分が知っている単語だけを選んで、意味が伝わるように話せばいいと思います。どの言葉を使うかがメインではなく、自分の思いや伝えたいことさえ伝わればいいので。語学は100点を求めるのではなく、100点でないことを認める事が大事だと思います。

言葉以外でも想像と違ったことはありましたか?

たくさんありましたね。これはデザイン業界の専門的な話ですが、日本のデザイナーさんは良い意味ですごく細かい方が多いです。1万パーセントでズームして、ピクセル1つズレていないかを確認したり、CMYKの数字をわかりやすく揃えたりと、きれいなデータをつくる方が多いです。最初はそこまでこだわらなくてもいいのでは?と思ったのですが、いつの間にか私も日本のやり方に染まり、今ではものすごいきれいなデータをつくる人になっています(笑)。きっとその国によって独特な働き方はあると思います。それに慣れていくことも大事だと思います。

実際に働いてみないと分からないことも多いということですね。

いいことも悪いことも経験することで分かっていくと思います。日本で働いて素晴らしいと感じたのは、チームワークがあるところです。

私、一度すごく悔しいミスをしてしまったことがあるんです。最終段階でクライアントからデザイン修正が入ったので直して校了したのですが、その元としたデータがひとつ前の古いもので……。なので出来上がったパッケージは以前修正したものが直っておらず印刷されてしまいました。
それを知ったときは頭が真っ白になりましたね。ただ、会社の人たちは私を責めるのではなく、チームとしてどう対処したらいいかをみんなで考えてくれて……。最終的にはみなさんで印刷所の倉庫に行き、ひとつひとつ修正箇所にシールを貼りました。恥ずかしさと悔しさで忘れられない想い出になっているのですが、協力して助け合うところはすごくありがたいと感じました。日本の良いところだと思います。

グルメガイドやエッセイなど幅広いターゲットに興味を抱かせるイラストだけでない本づくり

現在はイラストレーターとして活躍していますが、いつからイラストに興味を持たれたのですか?

“いつか日本で仕事をしたい”という夢が叶い、新たな目標を見つけようと目指すものを探していたら、イラストに力を入れたいと思うようになりました。デザイン会社では、パッケージに掲載するちょっとした絵を描くことがあったんですが、いつの間にかデザインの中に小さくても自分のイラストが使われることのほうが嬉しくなり、使われたことに満足感を持つようになって……。イラストを描くのが楽しかったです。ただ、デザイン会社でイラストを描いていると、案件に合うイラストを描くことが大事で、私の絵である必要はなくなってくるんですよ。そこにモヤモヤした気持ちが生まれ、私らしさが出るイラストを描きたいと思うようになりました。

そこで生まれたのが、食べものの水彩画イラストなのですね。

会社ではデジタルで描いていたのですが自分の癖でデジタルだとその時の流行のテイストに寄せてしまいがちになるので、自分のカラーが出るかな?と全く使ったことがない水彩画にチャレンジすることにしました。最初は風景や人物など色々描いてみましたがあまりピンとこなくて。

食いしん坊だったことが食べもののイラストを描き出したきっかけです。ある日、会社帰りに寄ったコンビニで三色団子を見かけて、かわいいし水彩画としても描きやすいのでは?と思い、買って描いたらすごくかわいくできて。これは私らしい絵になったと思いました。その上、デザイナー目線で見たときに、グルメイラストはニーズがあると思い、仕事にも繋がっていくと感じました。好きなアートとグルメを組み合わせて仕事になるなんて私にとってかなり理想的な発見でした。

そこからどのようにしてフリーランスのイラストレーターになったのですか?

まずは同じテイストのイラストを30点ほど描きました。そしてそれをまとめたパンフレットをつくり、色んな会社に送って……。とりあえずアタックしてみることにしました。
あとこれは日本で働いている外国人にとってすごく大事なことなのですが、ビザの関係上、完全なフリーランスになるのではなく、一定の収入を得るためにデザイナーとして業務委託で契約してくれる会社をSNSで探しました。スケジュールがフレキシブルで、自分の時間を見つけながら働ける形に変化させた感じです。もちろん最初は怖かったですが、本当にやりたいことをしていたので“頑張ろう!”というモチベーションは常に保てました。

22年にはイラストエッセイ集「日本のいいもの おいしいもの」が出版され、イラストだけではなく、食べものやお店の紹介が日本語と英語で書かれているのが印象的でした。このような形で作品をまとめようと思ったきっかけはあるのですか?

コロナ禍になり、部屋で過ごす時間が増えたとき、それまで月1回くらいしかしていなかったSNS投稿を毎週必ずしようと決めました。そこで気づいたのが日本の食べものに興味を持つ外国人が多く、食べものはもちろんどういうお店で食べられるのかなど、感想なども知りたがっていること。大好きな日本の文化を世界に届けられるのは素敵なことだと思い、SNSのように写真とイラストと日本語と英語のバイリンガルの本をつくりたいと思いました。アートに興味がある人、グルメガイドとして読む人、エッセイとして楽しむ人など、幅広い方に興味を持っていただけるんじゃないかなって。実際、すごく素敵な本ができたと思います。

日本の食文化で面白いと感じる瞬間はどこですか?

目で食べる文化があるところです。素材を活かしたり、鮮やかな見た目だったり、形を模倣したりと、イラストで描いていてもすごく楽しいです。食べもので季節を感じるのも日本ならではです。よく日本の方が「日本には四季がある」と言いますが、海外にももちろん四季はあります。「食べることや行事などで四季を感じる」のが日本ならではだと思います。やはり春には三色団子など花見に関わるものを食べたくなりますから。

どう動けばいいかを考えて自分の好きなことを仕事にする

夢だった日本で働くこと、イラストの仕事をすること、グルメイラストの本を出版することなど、目標を掲げては必ずそれをクリアしていますが、今の夢は何ですか?

アメリカのイラストレーター、ノーマン・ロックウェルのようにストーリー性があるポスターを描いてみたいと思っています。ちょっとノスタルジーな日本のシーンを描きたくて。今はそのために油絵に挑戦しています。また、50、60年代の日本の古い写真などを集めてその時代を知ろうとしています。
このような夢を持てたのは、夢を一つずつ叶えてきたからこそ。よく「常に夢に向かっていて前向きですね」と言われますが、正直、くじけそうになることもあります。ただどんなことが起きても、あまり深く考えすぎず失敗を失敗だと思わないことにしています。これは海外で活動するにはすごく重要。ちょっとしたハプニングはチャレンジだと思い、反省はしつつ次に向かっていくことで、頑張れると思います。

そんなケイリーンさんが考えるクリエイターにとって大事なことは何だと思いますか?

いいものをつくるには自分がそれを好きでないとダメだと思います。そしてその好きなもののために、自分から仕事を取りにいく行動力も必要。食べものが好きで食べものの仕事をしたいと思っていても、多くの人に自分は何ができるのかを知ってもらわなければ何も始まらないので。好きなものを仕事にするためには、どのような行動をとったらいいかを考え、順番を決めて行動していくことが大事です。

まずは好きなものを見つけることから始めるのが大事なのですね。

はい。でも、好きなものは途中で変えてもいいと思います。私も、デザインがイラストに変化して、今度はポスターに興味が湧いていますから(笑)。今までやってきたことを変えてしまうことに抵抗があるかもしれませんが、やってきたことは絶対に使える知識になっているのでムダではありません。その知識を武器に、自分のやりたいことに突き進んでください。未来はきっと楽しいと思いますよ。

取材日:2022年12月6日 ライター:玉置 晴子 スチール:幸田 森 ムービー 撮影:指田 泰地 編集:遠藤 究

『日本のいいもの おいしいもの』

THE WONDERFUL & DELICIOUS IN JAPAN

KAILENE FALLS 著

フードイラストレーター、ケイリーン・フォールズが案内する、日本のグルメ&カルチャーガイド。海外にはない日本の食文化&お店の魅力を、愛情を込めて描き上げたフードイラストでご紹介。当たり前の料理も、違った角度から知ることで新たな魅力に気づけます。文章は和文・英文を併記。

出版社: 朝日新聞出版 
定価:1650円(税込)
発売日:2022年6月20日
A5判並製 224ページ

いちご×おいしいもの展

※ケイリーンさんのインスタにて在廊時間とワークショップの予定をお知らせしています。

会期:2023年2月8日(水)~14日(火)最終日は午後5時終了
場所:阪神梅田本店 8階ハローカルチャー2

ケイリーン・フォールズさんが、阪神梅田本店で初の個展を開催します。
本展では、いちごのモチーフを中心に、彼女の眼で見た”おいしいもの”を描いた水彩画など、多彩な作品を展示販売。見ているだけでおいしそうな作品たちをどうぞお楽しみください。

 

 

 

プロフィール
イラストレーター、グラフィックデザイナー、TVタレント
ケイリーン・フォールズ
1993年生まれ、アメリカミネソタ州出身。ミネソタ大学日本学部・デザイン学部卒業後、2014年より東京のデザイン制作会社に就職。デザイナー、イラストレーターとして、大手企業のパッケージのエディトリアルレイアウトなどの制作を担当。2018年に独立し、フリーランスとして活動開始。デジタルのイラストだけではなく、水彩画の食品イラストなどを得意とする。また日本語と英語のバイリンガルレポーターとして、バラエティなどでも活躍。2022年に日本の食べものをまとめたイラストエッセイ集「日本のいいもの おいしいもの」(朝日新聞出版)を発売。 ケイリーンさんのインスタにて在廊時間とワークショップの予定を掲載しています。
https://kailenefalls.com/

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