スペース2020.04.08

サルの被り物をした社員がいる!? 設立15年目の建設会社が選んだ新しい会社の形

新潟
有限会社井上建築設計 代表取締役
Nobuya Inoue
井上 宣也

サル、キジ、イヌの被り物をした人たちが話をしている…。新潟の建築事務所・有限会社井上建築設計のブランド「サルキジーヌ」を知ろうとすると、そんな写真に遭遇します。人を食ったようなビジュアルに、名前もかなり遊んでいる。さぞ奇抜なデザインをするのではと思うと、むしろシンプルに施主の依頼に応える姿勢がうかがえます。代表取締役の井上宣也(いのうえ のぶや)さんと同社に転職して新ブランドを立ち上げた大福匠(おおふく たくみ)さん。二人の出会いによる化学反応に迫ります。

ほとんど面識がなかった独立志向のある若手に「活躍できる場を」


井上建築設計の倉庫を「サルキジーヌ」のオフィスとしてリノベーション!

会社の事業内容について教えてください。

井上さん:

井上建築設計は、2002年に私が立ち上げた会社で、当初は1人で営業から設計、現場監督まで手掛けていました。新潟市内の住宅を中心に、職人と積極的に連携していたため迅速な対応ができると重宝され、少しずつ口コミでお客さまが増えていき、2005年に法人化しました。そして、社員5人で営んでいた15年目の2018年に、大きな転機がありました。

大福さん:

当時、新潟の別の建築会社にいた僕は「このまま建築だけを手掛けていても行き詰まる。ものづくり全般を幅広くプロデュースすることで建築へつなげていきたい」と考えて、同じ想いを持った仲間と一緒に独立を考えていました。そのメンバーの家族に、井上建築設計に勤めている人がいて、独立のプランを練る場としてこの倉庫(取材を行っている)を井上さんが貸してくれたんです。そこで起業するための話をしていたのですが、起業する資金力もノウハウも足りず、なかなか踏み出せずにいました。

井上さん:

それまで話したこともほとんどありませんでしたが、とても熱意が感じられて、同じ建築家だし「そんなに自信あるんだったら、一緒にやってみないか」と声をかけました。

大福さん:

そんなご縁から、井上さんとお話をしていくことになり、ここでなら自分たちのやりたい事が実現できるかもしれないと考えるようになりました。

独立志向のある大福さんの合流は、経営方針にも影響が生まれるはずです。井上さんは気にならなかったのですか?

井上さん:

いま僕は49歳ですが、当時から結構老後のことを考えるようになっていたのが大きな要因です(笑)。将来的にいつまで経営ができるのか、いつまで仕事が取れるかなどを考えていた時期に大福君と出会ったんです。

大福さん:

建築業登録は起業してから5年しないと取れません。それを井上建築設計は持っていて、事務所登録もある。明日からすぐにでも仕事を取れる状態です。僕がそれらを取得して、賛同してくれるメンバーみんなと理想の形で仕事ができる環境を整えるのには10年くらいかかると思っていました。しかし井上さんが声をかけてくれたおかげで、自己投資もなく、井上建築設計入社後に「サルキジーヌ」というブランドを立ちあげて、2期目の今ですでに理想の軌道に乗れていると感じています。

「人のための仕事」をする、サル・キジ・イヌになる!?


建築家 石田伸一氏とのコラボプロジェクト時のポスター。

「サルキジーヌ」はインパクトの強い名前ですよね。名前の由来と、特徴を教えてください。

大福さん:

住宅や店舗の設計・建築はもちろん、グラフィックの制作やブランディングなど、「ものづくり」という部分で、新潟を盛り上げていこうと活動しています。 建築は人のための仕事であるからこそ、かっこよさを追究するのではなく、お客さまが求めている家づくり、店作りを徹底してやりたいです。その気持ちを「桃太郎」になぞらえてネーミングに込めました。建築というプロジェクトの一員として、お客さまが桃太郎で、僕たちがサル・キジ・イヌ。桃太郎=施主を助け、同じ目的に向かっていかにものづくりを楽しむかを大切に考えています。あえて被り物をしてメディアに出たりすることが、僕らの遊び心に共感してくださるお客さまとの出会いにつながっています。

井上さん:

「サルキジーヌ」のいいところは、施主が高級なものを頑張って買うというよりも、自分たちがお金を出して一緒に作っている感じがあるので、プライスレスに感じる、そういうところまで密に付き合っているところですね。その結果、スタッフも増えて、今ではうちの会社は社員が18人になりました。

大福さん:

とにかく素直に一生懸命お客さまのためにやっています。スタッフ同士も、仕事の付き合いというよりも家族みたいな感覚なので、オフに一緒に遊ぶことが多いんです。そんな雰囲気が、お客さまに伝わっているのだと思います。 でも、僕たちが実際ここまでお客さまから支持をいただけると想像してなかったんじゃないですか?

井上さん:

うん(笑)。

大福さん:

井上建築設計に僕らが入ることは、「井上建築設計」という従来の入り口はそのままに、新しい「サルキジーヌ」という入り口が増えるだけであって、会社としてやることは変わりません。 井上さんは基本的に見守ってくださって、要所でアドバイスをくださるので、経営の勉強にもなっています。前職ではキャリアを重ねるにつれて現場から離れ、お客さまと一緒にものづくりをする機会が少なることに違和感を持っていました。その点でも、井上さんのおかげで現場の最前線に行けることはありがたいです。かなり自由にさせてもらっていますが、同時に井上建築設計という看板を担わないといけないというプレッシャーもあり、いい緊張感もありますね。新しい企業の形だと思います。

お二人のタッグは相乗効果が生まれているんですね。

井上さん:

もともとは年間で手掛ける物件数は10棟ほどでしたが、「サルキジーヌ」が立ち上がって今では30棟。これでも依頼を打ち止めにして、一年待っていただいたりもしています。

大福さん:

しっかりしたものを作りたいですからね。周りにも相乗効果は生まれていて、自分がのびのびと建築の仕事をしている姿が仲間の独立の背中を押すことになったり、志に共感する人たちと一緒にチームができていったりしています。それは建築の業界にとどまらず、強烈な人間が集まって「サルキジーヌ×○○○」という、さまざまなプロジェクトにつながっています。

仕事はシェアする時代。社外の専門家も一緒にひとつのチームに


私たちが、お客さまにお供します。

建築だけでなく、さまざまなグラフィックデザインツールの制作も手掛けています。

案件数が2年で3倍ということですが、何か秘訣はありますか?

大福さん:

プロジェクトごとに社員はもちろん、社外の応援してくれる人たちと仕事をシェアながらチームで臨んでいます。価格競争で競合と一つの物件の工事を取り合う時代は終わっていって、仕事を協力したり、最善と思う事務所に紹介するなど「シェア」していくことが、これからの仕事のあり方だと思っています。実際に新潟には「住学(すがく)」という設計事務所や工務店の集まりがあります。情報交換や同業のネットワークを広げる場としての強みを生かした技術や情報をシェアする意識を持った人が増えてきていますね。

一緒に働く人にどのような意識や技術を求めますか?

大福さん:

元気で絶対的にポジティブな人! あとは、もしお客さまから社員が何か不誠実なミスをしたとクレームが入ったときに、胸を張って「彼(彼女)はそんなことしない」と言えるくらいの信頼できる人物かどうかです。チームとしてお互いを信じ合える、人間関係、信頼関係が持てる絆は絶対ですね。同じ志を同じような感覚で持てる人たちでチームを組みたいので、たとえ仕事ができても、人としてそういった付き合い、向き合い方ができないと難しいですね。

井上さん:

井上建築設計自体、人材については立ち上げたときから恵まれていました。サルキジーヌが立ち上がってからもそれは変わらず、周りの仲間が新たな仲間を呼んできてくれるので、一番安心できますね。

目指している将来像を教えてください。

井上さん:

僕は、みんなが夢を持ってやっているので、なんとかかなえてあげて、いい状態で大福君たちに会社をバトンタッチしたいと思っています。みんなが楽しく働きやすい環境が最終的に会社に残っていればそれでいいです。

大福さん:

会社を大きくするよりも、楽しい今の時間を継続させること、そしてより楽しくするためにどうしたらいいかを大事に考え、話し合い、行動しています。 始まりは家づくり・ものづくりですが、僕は人と関わるすべてのことが仕事だと思っているから、いろんな世代と「家」を建てる前にどんどん会って、家づくりだけにとどまらない人生に寄り添ったサービスを提供していきたいと思っています。日常のアパレルや飲食、結婚してから家を作るまで、さらにその先と、いろんな場面で提供できるサービスがあると思うし、今実施に向けて考えていることもたくさんあります(ここではまだ内緒にさせてください・笑)。

かっこよさはあくまでも結果。人のための仕事に、地方も都会もない


インタビューに答える井上さん(右)と「サルキジーヌ」の立ち上げメンバーの1人大福さん(左)。

「新潟」というワードも出ましたが、地方でクリエイティブな活動をするうえで、メリットやデメリットはどのように捉えられていますか?

大福さん:

デメリットはあまり感じたことはありませんが、強いて言うなら「こういうものが好き」と思ったときに、その趣向の人がどこに集まったらいいのか、分かりづらいことかもしれません。情報が少なくいため、キーパーソンやお店が「点」で少数しか存在しておらず、キャッチしづらい面があります。東京は1つのジャンルだけでもたくさんの「点」があり、それが「線」となって、新しい相乗効果が生まれやすいです。しかし反面消費されやすい。地方だと消費はされずに「点」は強さを持ちます。地方でクリエイティブなことを展開して食べていくには、そういう人たちが集まる関係性や場をいかに作り、信頼されるかが大事ですね。

井上さん:

新潟に住んでいる方々から仕事をもらい、ファンになっていただき、その後もお付き合いを続けていく。「あの人たちと会えてよかったな」という状況を増やしていければ大丈夫、そこが地方の強みだと思います。一回限りの「消費型」では地方では生きていけません。

大福さん:

もちろん人だから失敗することはあります。その時に「君だったらいいよ」とまで言ってもらえる関係性、お客さまも同じプロジェクトメンバーとして仲間が目的に向かう道中のつまずきくらいの感覚になるつながりを作れたら、広告を打たなくても僕らスタッフが看板となり、口コミでお客さまがお客さまをつないでくれる存在になれると思います。「サルキジーヌに頼むといいよ」という声が本当に嬉しくて、いまは何よりも大きなモチベーションになっています。

地方は首都圏と比べて「面白い」「かっこいい」仕事は少ないという印象があるのですが、どうでしょうか?。

大福さん:

僕は、美大を出て、30歳まで東京で建築の仕事をしていました。当時の僕はまさに「かっこいいデザイン最高!」という感覚です(笑)。そこで国際的な建築家の仕事に携わる機会に恵まれました。その仕事はまさしくかっこよさの頂点を極めた、誇りとなるはずの仕事でした。

しかし、かっこよさのみを追究した結果、工期も費用もめちゃくちゃになってしまい、完成した時に笑っている人は一人もいなかったんです。これはデザインで一番やってはいけないことで、「デザインは人のためにやる仕事であり、それを設計する時間・お金・気持ちを整えるのが設計士やデザイナーの仕事だ」と思い、新潟に帰ってきたんです。

デザインはかっこよくすることではなく、今より物事をよくするという考え方だと本当に伝えたいですね。よりよくしたものが、結果かっこよくみえたほうがかっこいい。そういうものを作っていきたいです。

取材日:2020年3月13日 ライター:丸山 智子

有限会社井上建築設計

  • 代表者名:代表取締役 井上 宣也
  • 設立年月:2005年6月
  • 資本金:500万円
  • 事業内容: ≪井上建築設計≫ 住宅・店舗・工場の新築工事・増改築工事・リフォーム工事、水回りのリフォーム、外壁の貼り替え工事、エクステリア工事・外構工事、窓・ドアの断熱・防音・防犯工事、耐震診断
    ≪サルキジーヌ≫ 新築住宅・店舗・戸建リノベーション・リフォーム、マンションリノベーション、グラフィックデザイン、造作家具、こんなのあったらいいな etc…
  • 所在地:〒956-0015 新潟県新潟市秋葉区川口2277番地
  • URL:https://www.inoue-ks.jp/
  • お問い合わせ先:0250-23-2766

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