スマホでリアルな観劇体験!「KANGEKI XR」が切り開く演劇のデジタル進化形

Vol.227
俳優/株式会社カンゲキエクスアール代表
Shige Uchida
内田 滋

スマートフォンを通じて新しい観劇体験を実現する、観劇専用オンライン配信アプリ「KANGEKI XR」。自由に画面をズームアップして自分好みの画角で舞台を楽しめるほか、俳優へのギフティング機能や、劇場に行かなくてもグッズを購入できる物販機能も備えています。

この新たな試みについて「演劇にデジタル技術を取り入れて、より魅力的な観劇体験を提供したい」と語るのは、サービスを運営する株式会社カンゲキエクスアールの代表、内田 滋さん。スマホで楽しむ新しい観劇の魅力から、サービスがもたらす演劇市場の活性化、デジタル技術を取り込んだ演劇の未来像まで、詳しく伺いました。

観劇のハードルを下げ、より気軽で身近なものにしたい

はじめに「KANGEKI XR」の特徴について教えてください。

観劇の魅力の一つは、やはり自分好みの見方ができる点です。例えば、台詞を言っていない俳優の“受けの芝居”に注目したり、お気に入りの俳優だけを追い続けたり、自分好みの楽しみ方ができるんですね。

しかし、これまでの演劇作品の配信は、数台のカメラで撮った映像をスイッチングして提供されてきました。編集によって画面が切り替わるため、見たいところが常に画面に映っているわけではありません。そこで「KANGEKI XR」は、主にワンカメラで舞台全体を撮影して配信する形態を採用しました。

ユーザーは、画面のズームアップやズームアウトで観たい画角にフォーカスし、スクロールをして、好みに合わせた観劇ができるというわけです。これにより、オンラインでも劇場の観劇で体験するような臨場感や没入感を提供しています。

また、観劇しながらその場で俳優にギフトを贈れるギフティング機能を設けました。いわゆる“投げ銭”で、応援したい俳優を直接的にサポートできるというわけです。

さらに、従来は劇場に足を運ばなければ購入できなかった演目や出演俳優のグッズを、アプリ内で簡単に購入できるようにしました。ほかにも、俳優の詳細情報をはじめ、過去の出演情報なども紐づけて表示したり、お気に入りの俳優が次に舞台に出る際の通知を受け取れたりするなど、ユーザーの興味に応じた楽しみ方が広がります。

俳優を直接支援できるようになると、観客が演劇をもっと身近に感じられますね。エンターテインメントの世界がさらに広がりそうです。

そうですね。元来、お芝居は人々にとって、もっと身近なものでした。例えば、歌舞伎は京都の四条河原で行われた阿国歌舞伎が発祥とされ、川を挟んで対岸の観客が気軽に楽しんでいたそうです。当時はチケット代もなく、観客は対岸からおひねりを投げて演者を支援していました。「芝居」の語源は、文字通り、観客が「芝に居座る」ことから来ています。

ところが時代が進むにつれて、演劇はより形式化し、その過程で観客との距離感も増してしまいました。今、私たちはデジタル技術を活用してその距離を縮め、演劇の「身近さ」を取り戻したいと考えています。このアプリで観劇がもっと日常的なものになり、新たなファン層が広がるとうれしいですね。

また、演劇の公演は東京で行われることが多いため、地方の方々がチケットや交通手段を手配して観劇するには、ややハードルが高いのも実情です。そこでこのアプリを通じて、初めて舞台を見る人でも簡単にアクセスでき、興味を持ったらリアルの劇場に足を運んでもらえるような流れがつくれたらいいと思っています。

コロナ禍を乗り越えてデジタル技術で挑む演劇の再定義

アプリ開発のきっかけについて教えていただけますか?

構想したのは、新型コロナウイルスの影響で演劇界全体が打撃を受けたときです。私の周りでも、多くの後輩や同業者が仕事を失い、経済的にだけでなく、精神的にも非常に苦しんでいました。コロナ禍に対して、演劇が想像以上に脆弱だったことに衝撃を受けたんです。

また、昨今はYouTubeやNetflixなどの台頭によって、エンターテインメントの消費形態が変化しています。その影響で、演劇の市場規模が縮小していると、以前から感じていました。とくに最近は、新しい才能が育つ機会がますます減り、舞台の演出などクリエイティブな活動に取り組む俳優が少なくなってきた印象があります。

であるならば、観劇をもっと手軽に、多角的に楽しめるプラットフォームがあれば、演劇界の活性化につながって市場も広がるのではないか。そう考えて、「KANGEKI XR」の開発に至りました。

日本だけで見ても、投げ銭市場は2年前、約300億円の規模でした。それが最近では、約6,000億円を超えるほどに急成長しています。たった2年ほどの短期間で、市場が20倍にも拡大したわけです。こうしたトレンドも積極的に活用しながら、新しい形の観劇体験をつくり出していきたいですね。

「KANGEKI XR」が演劇業界に与える影響について、どのような変化を見込んでいますか?

リアルな観劇に勝るものはないと私自身も考えていますが、配信はそのリアル体験へ導入するツールとして、非常に有効です。配信を通じて、初めて演劇に触れる観客が舞台に足を運ぶきっかけをつくれれば、演劇ファンの裾野は格段に広がるのではないでしょうか。

さらに「KANGEKI XR」は、ワンカメラで撮影して配信できるため、例えばバーのような小空間を利用して演劇を届けることも可能です。劇場を必ずしも必要としないため、場所を選ばず、もっと気軽に演劇コンテンツを制作・視聴できるようになるというわけです。小劇場や地方の劇団にとっても、大きなコストをかけずに配信に参入できるのはメリットになります。

多くの方々にとって観劇にアクセスしやすい環境を提供することで、さらに演劇の間口を広げ、気軽に楽しめる文化を育てていきたいと思っています。

デジタルプラットフォームの利点を生かして、いわゆる“生”の演劇の魅力を発信している点が、とても興味深く感じます。一方で、デジタル化の課題についてもお聞かせください。

劇場は、良くも悪くも“逃れられない空間”です。一度席に着いて幕が上がってしまえば、なかなか途中で出て行きにくい。トイレすらも行きにくい(笑)。しかし、この環境こそが、劇場独自の没入感を高めています。

一方、アプリでの観劇は、観客がいつでも中断できてしまうんですね。ですので、配信でも劇場のような没入感をどう維持するかが課題の一つです。そこで今後は、VRなどの3D技術を利用して、まるで劇場にいるかのような体験を提供したいと考えています。

現状でも、デスクトップ上の小さな規模であれば、空間再現ディスプレイなどで舞台を立体的に表現することはできるでしょう。ただ、将来的には、実際の劇場のような大規模な舞台を再現したり、立体音響技術で豊かな音響環境を実現させて、より新しい体験価値を生み出したいです。舞台が目の前で展開されるような感覚を、デジタル技術を駆使して再現できたら面白いですね。

さらに、自動翻訳技術で字幕をつけ、日本の舞台芸術を世界中に紹介したり、反対に、世界のエンターテインメントを日本で気軽に楽しめたりできるようにしていきたいですね。字幕があれば、聴覚障害者の方も舞台を楽しめると思いますし、劇場に行けない身体障害者の方も、配信であれば観劇しやすくなるのではないでしょうか。

ほかにも実現したい機能はたくさんありますが、いずれにせよ、単にマーケティングやPRのツールとしてだけでなく、演劇そのものの魅力を再発見して、その魅力をより多くの人に届けられるサービスに発展させたいと思っています。

「演劇3.0」がもたらす新たな演劇の世界とは

観劇のデジタル化における、将来の展望についても教えてください。

現在、演劇業界はまだデジタル化の初期段階にあり、私はこれを「演劇1.0」と位置付けています。つまり、観客は演劇を見るだけという、基本的に一方通行のコミュニケーションです。

Webは、SNSで相互関係性のコミュニケーションが生まれてWeb2.0に発展しました。演劇においても、観客同士や俳優と観客の相互コミュニケーションが成立すれば「演劇2.0」に進化できると考えています。

私はさらに相互コミュニケーションを活性化させて、2024年内に「演劇2.5」くらいまで実現させたいと思っているんです。具体的には、演劇コンテンツにライブ配信機能などを組み込むことで、出演者や制作側が直接観客と交流する、新しい形の演劇体験の提供です。

例えば、出演者が作品の裏話やネタバレについて語ったり、著名な俳優が過去の名場面について話したり、劇団や制作会社の管理のもとでライブ配信が行われれば、より観客の興味にアプローチできるかもしれません。ライブ配信で生まれる投げ銭や観客とのコミュニケーションは、出演者のサポートにも役立ちます。

VTuberが爆発的に流行った主な要因は、視聴者との相互コミュニケーションと投げ銭の仕組みがあったからだと思います。こうしたシステムが演劇でも実現できれば、大きな効果が期待できるのではないでしょうか。

その先に目指すゴールや描いている世界観はどのようなものですか?

ゆくゆくは、AIやメタバースとも連携した「演劇3.0」に進化させたい考えです。ライブチャット機能や音声チャットルームの開設、オンライン字幕といった機能も積極的に活用していきたいですね。

例えば、音声チャットルームでは、観劇後にプライベートルームで友人と感想を話し合うだけでなく、ルームを公開して、さまざまな人が参加できるようにすることも可能です。そうすると、詳しい知識を持つ人が参加して作品の背景について語り、舞台の興味をさらに引き出したり、ときには俳優自身が突然参加したりするサプライズもあるかもしれません。

また、立体音響技術とカメラアングルの調整により、お気に入りの俳優がまるで目の前に立っているかのようなリアリティを生み出すこともできるでしょう。俳優が舞台上で「好きだ」とささやくシーンを想像してみてください。その声が観客の耳元で聞こえれば、観客が実際に舞台で俳優と共演しているかのような感覚を味わえますよね。

これらは構想の一部ですが、観客にとって最も魅力的な演劇体験を提供できるように、デジタル技術の進化を取り入れながら、さまざまな価値を提供していきたいと思っています。

そうした観劇のあり方が実現すれば、演劇の楽しみ方が根本から変わりそうですね。

まさにその通りです。まずは現状のサービスを充実させながらしっかりと基盤を築きつつ、「演劇3.0」というビジョンのもと、参加型・体験型の演劇を実現していきたいですね。

演劇には、言葉では表現しきれない深い感動があり、それは映画では味わえない独特のものです。ぜひ一度、その奇跡に出会うためにも演劇を体験してみてください。もしかしたら、その観劇が人生を変えるかもしれません。「KANGEKI XR」が演劇の新しい魅力を発見する一助になれば、とてもうれしく思います。

取材日:2024年3月7日 ライター:小泉 真治

株式会社カンゲキエクスアール

  • 代表者名:内田 滋
  • 設立年月:2022年6月
  • 事業内容:観劇専門オンライン配信プラットフォームの開発・運用、オリジナル演劇コンテンツの制作
  • 所在地:〒151-0053東京都渋谷区代々木 2-27-16
  • URL:https://corp.kangeki-xr.com
プロフィール
俳優/株式会社カンゲキエクスアール代表
内田 滋
1998年舞台『毛皮のマリー』でデビュー後、翌年にNHK大河ドラマ『元禄繚乱』に出演。NHK朝の連続テレビ小説『カーネーション』、舞台『まとまったお金の唄』(大人計画)、『間違いの喜劇』(蜷川幸雄演出)、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』などで活躍。コロナ禍の演劇界への打撃に課題感を持ち、演劇の新たな可能性を拓くため「KANGEKI XR」の開発を決意。

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