アニメ×実写の化学反応『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』藤井道人のチャレンジ

Vol.221
『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』監督
Michihito Fujii
藤井 道人
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https://www.creators-station.jp/wp-content/images/2023/11/2311_viva_s06.jpg

漫画家・士郎正宗さんによるSFコミック「攻殻機動隊」。1995年に公開された映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』は、練り込まれた近未来世界の設定や描写、アクションシーンなどが世界中のクリエイターに大きな衝撃を与えました。後にSFアクション大作映画『マトリックス』(1999年)を手がけることになるウォシャウスキー姉妹も、本作に影響を受けたと語っています。

シリーズ最新作となるアニメ「攻殻機動隊 SAC_2045」はNetflixで配信されており、Season 2をベースにした劇場版『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』が、2023年11月23日(木・祝)から3週間限定で公開されます。Season 1につづいて監督を務めた藤井道人さんは、『新聞記者』(2019年)、『余命10年』(2022年)など、実写作品で活躍するクリエイター。「アニメ×実写」の組み合わせはどのような化学反応を起こしたのでしょうか?藤井さんに今回のチャレンジについてうかがいました。

40歳の節目に向けた取り組みとしてアニメの監督に挑戦

2021年に公開された「攻殻機動隊 SAC_2045」Season 1の劇場版『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』が藤井監督のアニメ初監督作品となりました。アニメ監督としてのオファーを受けた時の気持ちをお聞かせください。

アニメ映画が持つ爆発的な人気やファンの熱気は知っていましたが、アニメに詳しいわけではありませんでした。
制作にも関わったことは一度もありませんでしたので、最初は「ほかの藤井さんと勘違いしているのでは?」と思いました(笑)。

オファーを受けた理由は、どのようなものだったのでしょう。

当時いただいていたオファーの中で一番大変そうで、ギャンブルのようですらあったからです。40歳に向けてどのようなことをやっていこうかと考えていた時期に、これまでまったく縁がなかったアニメのお仕事をいただけるとは、これは“縁”があるなと思いました。

もちろん、僕が培ってきた実写映像の制作スキルが、何かアニメに貢献できるのであれば……という思いもありました。

『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』の制作にあたり、Netflixシリーズの監督であり、映画で総監督を務める神山健治監督、荒牧伸志監督は藤井監督にオファーした理由をどのように語っていましたか?

「作品を客観視できる方に監督をしてほしかった」からであるとうかがいました。お二人のお話を聞いて、映画だけで物語を理解できるようにするのが僕のミッションだと認識しました。

作品を客観視するだけなら僕以外の実写作品監督でもよいわけですが、「攻殻機動隊 SAC_2045」は「社会と自分」、「全体と個人」にフォーカスした作品でした。僕が自分の作品でいつも大切にしているテーマと同じで、だからこそ選んでくださったのかなと嬉しくなりましたね。

実際に制作作業に入られて、どのようなところに苦心されましたか。

前作、『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』は、全24話中の前半12話をまとめた作品となりますので、「物語の前半部分だけでカタルシスを感じられる構成」はどのようなものだろうかと試行錯誤を重ねました。

主人公・草薙素子たちに対する絶対的な敵として登場する“ポストヒューマン”。素子と彼らの対立構造を描きつつ、ポストヒューマンたちの目的が判明したところで話をまとめるのが映画の構成としてよいだろうという結論にいたりました。

公開が迫る『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』はどのようなところに苦心されましたか。

後半12話をまとめた今作には、神山さんと荒牧さんが作品を通して描きたいことのすべてが詰まっていますので、前作、『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』とは異なる大変さがありました。クライマックスに向かって物語が大きくうねり続けるので、省略できるシーンが非常に少ないのです。

しかし、実写作品の制作でも尺の数倍はある映像を編集で既定の時間内に収めることがありますので、その経験を生かせたと思います。

編集作業の苦悩は、アニメも実写映像の作品も同じなのですね。

アニメの制作工程は実写映像の作品と大きく異なりますが、今回は「完成作品を映画としてリブートさせる」というオファーでしたので、実写との差異を意識することなく臨めました。

僕は自主製作映画出身で監督、編集のみならず脚本執筆の経験もあります。みずから脚本を書いた作品を編集する際に、どこをそぎ落とし、どこを残してまとめるのかと試行錯誤したストーリーテリングの経験は、本作の制作でも大いに生かせたと思っています。

社会が大きく変革を向かえた時の生き方を問いかけてくる作品

「攻殻機動隊 SAC_2045」Season 2では、結末の描写が意図的に明示されていない箇所があり、視聴したファンの間では考察が盛り上がりました。藤井監督は「攻殻機動隊 SAC_2045」全24話を通してこの物語をどのように理解されましたか。

いつか訪れるかもしれないシンギュラリティ※と、神山さん、荒牧さんの哲学が一体となって、視聴者にボールを投げられる作品だと感じました。

「攻殻機動隊 SAC_2045」は、「現実」と「仮想空間」が曖昧になったらどのようなことが起こりうるかを描く作品です。そして、現実を生きながら結末の解釈を求めて夢想し続ける僕たちの姿も、現実と仮想の境界が曖昧になっているといえます。この、夢を見ているような心地よさが本作の面白さであると思います。

制作にあたっては、神山さんと荒牧さんに物語の結末が意味するものをしっかりと確認し、結末が一番輝くにはどのような構成にすればよいかというアプローチで臨んでいます。

※シンギュラリティは技術的特異点を意味する言葉で、人の脳と同レベルの人工知能が誕生する瞬間を指す。AIの専門家の中には、2045年に訪れると予見する声がある。

藤井監督が考える「攻殻機動隊 SAC_2045」のテーマをお聞かせください。

「社会が大きな変革をむかえた時に、私たちという個人はどう生きていくべきか」がテーマであると解釈しました。結末まで見終えて、「人類は新たな一歩を踏み出した」とポジティブに捉える人も、反対に「まるでディストピアのようだ」と捉える人もいるでしょう。

最終的にどう感じるかは、視聴者のみなさん次第です。極めてパーソナルな問いかけに帰結していますので、副題の「最後の人間」が指す存在は視聴者であるとする解釈も成り立ちますね。副題まで含めて、すばらしい作品になったのではと思います。

あらゆる仕事は“一度きりのチャンス”。常に全力で挑みたい

アニメの制作という新たなフィールドに立って、新たな発見はありましたか。

「攻殻機動隊 SAC_2045」Season 2が非常にシネマティックな作品で、感銘を受けました。被写体とカメラの距離感やライティングの技術は実写作品そのままで、フルCGアニメ作品と実写映像作品に違いはないのだと実感しました。

実写作品は、カットによって登場人物に寄り添った曲とシーンに寄り添った曲のどちらが適しているかを考えますが、音楽の使い方に関しては、アニメも大きくは変わらないというのも新たな発見でした。

また、当初は役者ではなくキャラクターの芝居に対して音楽を付けることに違和感を抱くかもしれないと感じていましたが、杞憂でした。音楽の戸田信子さんと陣内一真さんが、お2人とも実写作品で活躍されている方であることも大きかったと思います。

反対に、実写映像作品と大きく異なると感じたところはありますか。

やはり、アニメならではのダイナミックな動きの数々ですね。実写作品で同じ躍動感を出すのは難しいかもしれませんが、映像表現の引き出しが増えたのは大きな収穫でした。

自分の作品で宙を舞っている埃に光が当たってきらきらと反射する画作りをよく行います。アニメで同じ描写をすると実写映像より美しく仕上がるのが悔しかったです(笑)。

もちろん悔しがるだけではなくリスペクトもして、アニメならではの美しさを実写作品に取り入れるにはどうしたらよいかを考えるようになりました。

神山監督と荒牧監督が藤井監督という客観的な視点をえたように、藤井監督も得るものが多かったのですね。もし機会があるなら、今後もアニメ作品に携わりたいという思いはありますか。

『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』の制作には全力で臨みましたが、畑違いである僕が何度もアニメ制作に携わるのはよくないと考えています。

むしろ、僕が「アニメ監督も挑戦してみると得られるものがありますよ」と伝えることで他の若い監督が同じように挑戦してくれたらよいなと思います。

アニメーション作品の魅力をいかに実写作品に生かせるか。実写作品の制作に身を置く者として、アニメーション業界にどう貢献できるか。実写とアニメの共生の道を探るのが、アニメ監督を経験した僕の仕事だと思っています。

また、次のオファーがあるかもしれないと思ってしまったら、安定を求めて面白くない作品に仕上げてしまうかもしれません。どのような仕事も一度きりのチャンスだと考え、全力で臨む姿勢を忘れずにいたいですね。

最後に、映像制作業界での活躍を目指す若手クリエイターへのアドバイスをお願いします。

「誰にも負けない」と思える “武器”をなんらか用意しましょう。見つけられれば、作品を作るうえでの指針や自分の誇りになります。

そして、映像制作は個人作業ではありません。秀でたものをもつ人たちが集まって力を合わせれば、すばらしい作品ができるはずです。

 

取材日:2023年9月30日 ライター:蚩 尤

 

『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』

ⓒ士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊2045製作委員会

2023年11月23日(木・祝)より3週間限定で劇場公開

キャスト
田中敦子/中博史/大塚明夫/山寺宏一 ほか
原作:士郎正宗「攻殻機動隊」(講談社KCデラックス刊)
総監督:神山健治、荒牧伸志
監督:藤井道人
演出・編集:古川達馬
脚本:神山健治、檜垣亮、砂山蔵澄、土城温美、佐藤大、大東大介
キャラクターデザイン:Ilya Kuvshinov
音楽:戸田信子、陣内一真
アニメーション制作:Production I.G × SOLA DIGITAL ARTS
配給:バンダイナムコフィルムワークス
公式サイト https://www.ghostintheshell-sac2045.jp/movie

 

ストーリー

2045年、経済災害とAIの爆発的な進化により

持続可能な戦争が拡大していく世界

草薙素子率いる公安9課は

核大戦の危機を阻止すべく

“ポスト・ヒューマン”シマムラタカシの待つ東京へ向かう――

プロフィール
『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』監督
藤井 道人
1986年東京都渋谷区生まれ。BABEL LABEL所属。高校時代に映画監督の道を意識し始め、日本大学芸術各部 映画学科脚本コースへ進学後は映画サークルで多数の映画を自主制作。在学中に入江悠監督、鈴木章浩監督の作品に助監督として参加しつつ、脚本家の青木研次氏に師事。大学生と映像ディレクターという二足の草鞋を履き、CMやPV制作を手がけるようになる。
大学卒業後はフリーランスとして、さまざまな映像作品の企画・脚本・監督を務めながら映像集団BABEL LABELを設立。2014年公開の映画『オー!ファーザー』で商業映画監督デビューを果たす。2019年に監督を務めた社会派映画『新聞記者』は第43回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞し、2022年公開の『余命10年』は興行収入30億円超の大ヒットを記録した。2021年にNETFLIXで全世界独占配信されているアニメ「攻殻機動隊 SAC_2045」Season 1の総集編となる『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』で、アニメーション作品を初監督。2023年11月23日(木・祝)より、続編となる『攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間』が3週間限定で劇場上映される。

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