妄想力で生活を豊かに! 目指すは身近なロボットが人を支えるユカイなセカイ
AIやIoTテクノロジーの発展により、産業界では当たり前のように導入が進むロボット。しかし、日常生活で活躍するロボットは、まだまだ多くありません。
ユカイ工学株式会社は「2025年には一家に一台ロボットのいる社会」の実現を目指すロボティクスベンチャー。家族のコミュニケーションを支援するロボット「BOCCO(ボッコ)」や、しっぽのついたクッション型セラピーロボット「Qoobo(クーボ)」など、国内だけでなく海外でも注目を集めるプロダクトを次々と世に送り出しています。
CEOの青木俊介(あおき しゅんすけ)さんは、チームラボ株式会社の創業やピクシブ株式会社のCTOなどを経てユカイ工学を立ち上げた、異色の経歴の持ち主。今回、ご自身のキャリアや起業の経緯のほか、ロボット開発に込められた思い、独創的なプロダクトの生み出し方、これからのクリエイターに求められることなどをたっぷりと語っていただきました。
人が喜んでくれるロボットを作れたら、世の中が変わる
はじめに、ものづくりに興味を持ったきっかけを教えてください。
子供のころから、工作や美術が好きでした。ロボットやAIに興味を持ったのは、中学2年生のとき。映画『ターミネーター2』を観て、エンジニアが人工知能を開発するシーンに衝撃を受けたことがきっかけです。親を説得して買ってもらったパソコンをいじりながら、いつかは自分でロボットやAIを作りたいと思っていました。
大学ではAIについて学ぶかたわら、プログラミングやホームページ制作のアルバイトを始めました。その延長線上で、大学4年生のときに同級生と設立したのがチームラボ株式会社です。
「ロボットを作りたい」という思いはあったものの、当時はまだ「ロボットは大企業が作るもの」というイメージが強く、ベンチャー企業がビジネスとしてチャレンジするのは難しい状況でした。
青木さんはその後、ピクシブの創立にも参画されています。そのときもいつかロボットを作りたいと思っていたのですか?
ピクシブに参画したときは、既にユカイ工学の前身となる会社の登記をしていました。でも、自分たちでロボットを作ったことがなかったので、ビジネスをはじめる前に「まずは作ってみよう」というチャレンジの段階でしたね。当初は、国から補助金をいただいてロボットを開発するという、研究のような活動です。平日はピクシブで働きながら、主に週末を利用してロボット作りに打ち込みました。
独立を決意されたきっかけは?
ユカイ工学を株式会社化したのは2011年。IoTが注目され始め、これまでWebやスマホアプリを作っていた企業の中には、スマホと連動するデバイスの開発に乗り出すところも増えていました。
また、私たちが参加した「necomimi(ネコミミ)」という猫耳型コミュニケーションツールの開発プロジェクトが、国内外で話題となったことも大きかったです。「ついに自分たちでもテクノロジーを活用したデバイスの開発ができる時代になったんだ」と実感しました。これからビジネスの可能性もますます広がっていくだろうという期待もあり、独立を決意したという経緯です。
研究者としてロボット開発に携わるのではなく、なぜ起業してビジネスにしようと思われたのですか?
大学の研究室でも、面白いロボットはたくさん生まれています。ただ、研究のために数台作るだけで終わってしまい、なかなか世の中には広がらないのも実情です。当時、人の生活に入り込んでいるロボットは皆無に近かった。
僕は、ホンダ(本田技研工業株式会社)が開発した人型ロボット「ASIMO(アシモ)」のCMに感動しました。ニューヨークの地下鉄の階段を歩いて上がってきたASIMOを、子供たちが楽しそうに追いかけている。その情景にとても憧れていたので、ただロボットを作るだけでは面白くないと思っていたんですね。たくさんの人が使って喜んでくれるロボットを作れたら、世の中を変えることもできる。そのためには研究ではなく、ビジネスが一番の近道だろうと考えたんです。
また、研究の世界には自分より優秀な人が大勢います。それに比べて、ロボットのビジネスにチャレンジしている人は圧倒的に少なかったため「この領域なら戦える」と感じていたことも起業した理由の1つです。遅くとも20年以内には必ず、新しい技術によりロボットが一般に普及し、市場が形成されると思っていました。
確かに、今ではロボットやAIといった言葉をよく耳にするようになりましたね。
思ったより早くロボットが注目される時代が来たなあと思っていて(笑)。やはり2014年にソフトバンク株式会社の「Pepper(ペッパー)」が登場したことで、世の中のロボットに対する概念が変わったと思います。あらゆる企業が「ロボットやAIで新しいことをしないと置いていかれる、取り残される」というマインドになった。おかげで、僕たちのロボットもメディアなどから注目される機会が増えました。
ロボットとは、人の心に訴えかけ気持ちを動かす存在
ユカイ工学のロボットは、どういったコンセプトで開発しているのですか?
当社では「ロボティクスで、世界をユカイに。」というビジョンを掲げています。世界中の人たちが日々の生活で使ってくれるロボットを作りたい、という気持ちを込めています。
これまで市場に登場したロボット製品は、どちらかというと、おもちゃと同じ扱いでした。子供やお父さんがラジオコントロール(無線操縦機)のように遊んで、夕ご飯までに片付けていないとお母さんに怒られる(笑)。つまり、普段はしまっておくべきものに分類され、日常生活には登場しない。それではライフスタイルの一部にはなっていないと思うんですよね。
リビングに出しっぱなしにしておいても、誰も文句を言わないようなものでなければ、世界をユカイにはできないと思っているんです。ライフスタイルに入り込んでいくためには、1回充電して遊んだらおしまいではなくて、なるべく常時電源が入っていて、何度でも使ってもらえるものでないと駄目だと思いますね。
どのプロダクトも馴染みやすく優しい雰囲気があるのは、ライフスタイルに入り込むことを意識しているからでしょうか。
例えば「Qoobo」と「甘噛みハムハム」は、一見するとまったく異なる商品ですが、確かにどこか共通する“ユカイ工学らしさ”があると思っているのですが、それを言語化して説明するのは難しいですね。面白いと感じたり、かわいらしいと感じたり、人によってさまざまな捉え方があると思います。ただ言えるのは、どれも人の心に訴えかけ、気持ちを動かすという特徴を持っていることです。
当社のプロダクトに「BOCCO(ボッコ)」「BOCCO emo(ボッコ エモ)」というコミュニケーションロボットがあります。ユーザー様からは、「運動会の練習が始まると学校に行きたがらなかった運動嫌いの子供が、ロボットに応援してもらうことで、運動会の当日まで学校に通い続けられた」というお声をいただきました。
薬の飲み忘れが多かったご高齢の親御さんのいるご家族では、ロボットが「お薬忘れないでね」と伝えるようになってから、飲み忘れが激減したそうです。ご高齢の方からすれば、ご家族からいちいち飲み忘れを指摘されるのはストレスですし、飲むのを忘れてしまう自分にもストレスを感じているかもしれません。ご家族が指摘しづらいことをロボットが代わりに伝えることで、「教えてくれてありがとうね」と素直に薬を飲むようになったといいます。
スマホの通知だと何とも感じないけれど、ロボットが伝えると「こいつが言うならやってもいいかな」という気になれる。これが人の心を動かすということです。英語の勉強やダイエットなど、自分1人だけの意思で続けることが難しいものはたくさんありますよね。そのようなとき、ロボットが少し背中を押してくれて、人間をやる気にしてくれるような存在になればうれしいですね。
ロボットはますます生活に欠かせないものになりそうですね。今後、ロボットにはどのような役割が求められるのでしょうか。
コミュニケーションロボットは、ユーザーインターフェースの主流になると考えています。人手不足などによりあらゆるサービスがDX化されていくと、その分だけデジタルへの窓口となるインターフェースも必要になります。スマートフォンだけに頼ると、スマートフォンが苦手な方や扱えない方は取り残されてしまう。ライフスタイルの一部として無意識のうちに情報を届け、行動をサポートするロボットのような「優しいインターフェース」の役割が求められていると思います。
ロボットでどういった世界を実現したいとお考えですか?
身の回りにたくさんのロボットがいたら面白いですね。ロボットたちが裏で示し合わせて、なんとなくうまいこと物事を運んでくれる。人間の知らないところで、こっそり生活を支えてくれる。そのような世界を実現させたいです。
当社ではすでに、服薬のサポートの一部サービス化を実現しています。大手企業さんと協力したプロダクトも、次々とサービスインを予定しています。ですから、身近なロボットが人間をサポートする未来の到来は、そう遠い話ではないと思っています。
どんなアイデアも検証の価値がある。まずは具現化を
ユカイ工学の独創的なプロダクトは、どのようにして生まれているのでしょうか。
ユカイ工学では、社員の自由な“妄想”を大切にしています。例えば「甘噛みハムハム」は、文字通り「甘噛みされたい」という妄想から生まれたものです。普段、そのような妄想を主張する機会はあまりないですが、誰もが少なからず、自分だけの隠れた妄想を持っていると思います。
僕はそうした妄想力が、新しい価値を生みだす力になると考えているんです。当社では、「妄想会」という個人的な妄想を喋るイベントを開催したり、社員全員が参加するハッカソンを年に1回行ったりして、妄想を形にする取り組みに力を入れています。
ハッカソンではどんなことをするのですか?
全社員を7チームから8チームに分け、各チームがアイデアを1つ出します。アイデアを実際に形にして動かすところまで、約3か月をかけて行います。最終日は社員旅行も兼ねて、旅行先でプレゼン大会をして投票で優勝チームを決める、といった流れですね。
そもそも当社は、ものづくりが好きな人を評価し積極的に採用してきました。仕事でも、プライベートでも、暇さえあればものづくりをしているという人が社内に多いんです。「自分で3Dプリンターを作っています」とかね。買えばいいのに(笑)。趣味のプロジェクトで多忙を極めているメンバーがいたり、ロボットの競技会で活躍したメンバーがいたり。ユカイ工学は、ものづくりに喜びを感じている人がたくさんいることで成り立っている、といっても過言ではありません。
アイデアを形にするために、大切にしていることはありますか?
「Qoobo」でいえば、企画書で「丸いクッションにしっぽが生えたら面白いですよ」と言われても、ピンと来なかったはずです。でも試作品を見て「これすごい!」と衝撃を受けたんです。だから僕は、どのようなアイデアも試作して検証する価値があると思います。
アイデアは具現化してみないと人に伝わりません。とはいえ、具現化は結構難しい作業です。本人からしても「作ってみたら思っていたのと違う」なんてことが、ほとんどだと思うんですよね。やってみなければわからない。だからこそ「実際に作る」という作業は非常に重要だと考えています。普段から当たり前のようにものづくりをしている人は、必然的に「作りたいもの」と、実際に「作れるもの」の誤差が生じにくくなりますから。
新たなテクノロジーで生まれた分野は可能性を秘めている
数をこなすことで精度が高まるというわけですね。これからは、どういうクリエイターが求められると思いますか?
一般的に、テクノロジーが進化して新しいものが次々に登場すると、人間の生活が変わり、物のデザインも変わってきます。スマートフォンの登場で、音楽プレーヤーもカメラもスマートフォンになりました。すると、今まで音楽プレーヤーやカメラのデザインをしていた人たちは、どんどん仕事がなくなっていくわけです。
友人に、テレビなど家電のデザインをしていた人がいます。昔のブラウン管テレビは箱形で、デザインする場所はたくさんありましたが、今はもうデザインする場所がないんですよ。縁と足しかない。もともと造形デザイナーだった友人は、今はプログラミングを駆使してソフトウェアやUIのデザインをしています。
デザインに限らず、テクノロジーの進化に合わせてクリエイティブが必要な部分やフォーマットも変わっていくので、積極的に新しいテクノロジーに触れることを心がけるといいと思います。
テクノロジーの進化に、クリエイターも柔軟に合わせていくことが大切だと。
そうですね。新しい分野にはチャンスも多いものです。新しいテクノロジーが生まれると、新しい分野でまた新しいクリエイターが生まれます。Webアニメーションが登場した当時に活躍した人は、もともとアニメーターだった人や大御所ではなく、自分で新しい分野を切り開いた人たちでした。今から映画監督になろうとしたら、とても大変じゃないですか。でも新しいフォーマットなら、新しい人でもチャレンジできる。既存の土俵で勝負を挑むよりも、新しい分野のほうが活躍できる可能性は高いと思います。
取材日:2022年4月25日 ライター:小泉 真治
ユカイ工学株式会社
- 代表者名:青木俊介(あおきしゅんすけ) 氏
- 設立年月:2007年12月、2011年10月 ユカイ工学株式会社へ組織変更
- 資本金:1億円
- 事業内容:ロボット/ハードウェア 開発・製造・販売
- 所在地:〒162-0067 東京都新宿区富久町16-11武蔵屋スカイビル101号
- URL:https://www.ux-xu.com/
- お問い合わせ先:上記HPの「お問い合わせ」より