パラダイス・神

ミニ・シネマ・パラダイスVol.20
ミニ・シネマ・パラダイス 市川桂

ユーロスペースは渋谷にあります。 日本映画学校の一部に併設するようなかたちになっているので、学生らしき人とすれ違うのもしばしば。 エレベーターホールの奥を覗くと、何かの講義をしている様子なども見れたり。

さて、時間になったのでいざ映画館に向かおうとしたら、エレベーターホールは学生風の若い男女がいっぱい。 私がこれから観る映画に行くのでは?! こんなしんどそうな映画ににたくさんの人が興味を持つなんで、みんな勉強熱心だな! と、一瞬テンションが上がりましたが、(ミニシアターユーザーは大体孤独なので・・・)どうやら違いました。 ユーロスペースは3階なのですが、彼らはエレベーターには乗らず、これから飲み会に行く様子。 どうりで盛り上がって楽しそうなわけです。

3階に着くとガラ~ンとしていて、上映時間を間違えたかと焦りましたが、恐る恐る受付の学生さんにチケットを見せると、通してくれました。 映画館内は1人客が5人。 まあ・・・そんなもんですよね。 レイトショーだし。

そんな5人に選ばれた映画は、現実では手にできない理想的な愛に満ちた”楽園”を求める3人の女たちを描く「パラダイス3部作」。 その第2作『パラダイス:神』です。

イエスキリストに生活のすべてを捧げるカトリック信者の中年女性。 彼女の信仰心は行き過ぎたものであり、その信仰心の厚さゆえに、信仰心のない人々と対峙すると、時に絶望し苦悩しています。 そんな彼女の夫はイスラム教徒で激しい性格の持ち主。 2年ほど別居していた彼が突如帰ってきたことで、彼女の信仰心はより加速します。

神を信じる彼女の描写がとても丁寧です。 神という見えない存在を”窓の外”に感じて、とても神秘的な瞬間があります。 ”窓の外”というと分かりにくいかもしれませんが、 神を祈る部屋の中心にはブラインドで遮られた”窓”が必ず写っているのです。 ブラインド越しの”窓の外”は晴れていて、木漏れ日があり、穏やかな雰囲気。 木々がわずかに揺れて、「ああ、そこに誰かいるんじゃないか」という存在感があるのです。 ちなみにこの描写は彼女のが祈るシーンだけでなく、夫がアッラーの神に祈るシーンでも使われています。 屋上なので窓はないのですが、夫を背中からとらえ、その背後は穏やかな木々とその隙間に晴れた空が見え、わずかに揺れているのです。

で、そんな穏やかなシーンに対して、この夫婦は激しいバトルを繰り広げます。 床に転がってもみくちゃになってケンカしたり、台所で叩きあったり、長回しでこちらが嫌になるくらい写してくれます。

そういった理想と現実の対比をうまく使いながら、行き過ぎた信仰心を描きとっています。 見て感動、というより、信仰することが果たして現実を救うのかということを改めて深く考えさせられる、とても作り込まれた映画でした。

映画を見終わり、見ていた5人で定義された問題について語りたいくらいではありましたが、もちろんそんなことはなく、みんな孤独に散り散りに帰っていきました。 とりあえず3部作ということなので、他の2作を観てみます。

パラダイス:神

パラダイス:神
監督:ウルリヒ・ザイドル
出演:マリア・ホーフステッター、ナビル・サレー
オーストリア・ドイツ・フランス/2012年/113分/R-15
配給=ユーロスペース
http://www.paradise3.jp

Profile of 市川 桂

市川桂

美術系大学で、自ら映像制作を中心にものづくりを行い、ものづくりの苦労や感動を体験してきました。今は株式会社フェローズにてクリエイティブ業界、特にWEB&グラフィック業界専門のエージェントをしています。 映画鑑賞は、大学時代は年間200~300本ほど、社会人になった現在は年間100本を観るのを目標にしています。

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