生きる苦しみを和らげる、悪夢も見させてくれる。安堵したり、戦慄したり。そんな大衆のための映画を探し歩いて、見つけたもの。(其の一)

Vol.66
映画監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸

『遠すぎた橋』(77年)という戦争巨編に刺激されて、改めて、戦争と暴力について考えるようになったのは確かだが、その頃、ボクが撮ってみたいと思う“戦い”の映画は、日本軍の戦記モノではなかった。日清でも日露でも満州事変でも日中戦争でも、真珠湾攻撃の顛末記でも原爆の悲劇でもなかった。そんなものは映画界の旧人たちがあれこれ描いてきたし、日本軍の悲壮感あふれる美談はもう二度と見る気はしなかったし、特攻隊の始まりを描いた東映の『あゝ決戦航空隊』(74年)あたりでもう十分だった。日本軍がやらかしたことを洗いざらい見せてくれたモノはなく、不満だけが残った。ただ、『あゝ決戦航空隊』の特攻隊基地の菅原文太が扮した上官が敗戦の日に叫ぶ場面だけは心に残った。「天皇陛下、お聞き下さい。あなたはあやまちを冒されましたぞ!あなたのお言葉で戦争をお始めになったのに、何ゆえ降伏なさるのでありますか。・・・あなたはお可哀そうなお方でございます」(「昭和の劇―映画脚本家 笠原和夫」より部分抜粋)。今まで聞いたことがなかった台詞だ。さすがに、ボクら漂流する若者の心を鷲づかみにした『仁義なき戦い』の脚本家だなと、感心した。

ボクが撮ってみたい“戦い”は、そんな大人の戦争より、60年代末期の大阪のミナミの街を徒党を組んで闊歩し、他の徒党らと喧嘩に明け暮れた不良少年たちの話だ。次のピンク映画の構想もないので、暇にまかせて、シナリオを書き始めた。原稿用紙250枚ほど書いたが、どこの映画会社も相手にしてくれそうにないシナリオとも呼べないものだった。ボール紙の表紙を付けて綴じて、『ガキの愉しみ』とタイトルを書いた。数年後、その原案から話を作り直し、アート・シアター・ギルド(ATG)で製作されたのが、『ガキ帝国』(81年)だ。
製作費は1千万円だが、ピンク映画の何倍もあるのが嬉しかった。

78年は、『スター・ウォーズ』という宇宙の戦争モノまで現れた。でも、『アメリカン・グラフィティ』(74年)の若手監督のそれは、アメリカ社会を撃つニューシネマの潮流とは無縁なお伽話で、ボクは一場面も面白くなかった。同時に、ニューシネマの時代は終わったなと思った。

因みに、宇宙の戦争モノと同じ頃に観た『ローリング・サンダー』(78年)の方は断然、心を揺さぶられた。ベトナム戦争の帰還兵が虚ろな心のまま社会に馴染めず、妻子を殺したメキシコの盗賊団に復讐する。“戦争後遺症”をテーマにした、初めて見た作品だ。『帰郷』(78年)もベトナム戦争を痛烈に批判した反戦モノで、これらはたて続けに観た。邦画は、松竹の『俺は田舎のプレスリー』(78年)や東映の『トラック野郎』のシリーズ版のポスターを街角で見ただけだが、いかにも、空虚で白けた時代らしい日本の風景だった。

余談だが、最近、気になってしかたがない。ネット配信で映画を見る気はしないが、映画館にふさわしい映画を見なくなった。洋画は“予測不能”だの、“絶体絶命のラスト”だの、テンポで見せるものばかり。物語ることがなくなった。ロングショット(日本では“引き”という)は客に見せる時間(長さ)が最低6、7秒間なければ理解できないはずなのに、そんな映画の基本は守られていない。ショットが短過ぎて、街の雰囲気も分からないし、物語に味がない。人物のアップ(ヨリ)も同じだ。人物の心が見えないまま、事が進む。客は一瞬の“怖そうな顔”ぐらいしか憶えない。同時にどんな哀しい眼をしていたかなど知るわけもない。脚本に“目で睨む”とあるから、役者はそんな眼をするだけ。それで「OK」だ。客も人物の心の裏より、結末を早く見たいし、“真犯人”を知りたいだけだ。ネットドラマを10秒飛ばしで見るのと同じだ。舞台となる街の風情などどうでもいいし、元々、そんな話ばかりだ。

以前も取り上げたが、『狼たちの午後』(76年)というシドニー・ルメット監督作は、ニューヨーク市のブルックリン地区にある銀行を襲って失敗する素人強盗の実話で、庶民が暮らす下町の昼下がりの閉塞感、時代の行き詰まり感をよく捉えていた。ロングショットの実景が生きていた映画らしい映画だった。何なら、『ゴッドファーザー』(72年)『天国の日々』(83年)の情景や、人物の顔の表情も見直してみればいい。どれぐらいの長さで編集されていたか。あのコルレオーネ一家が住むニューヨーク郊外の広い屋敷の門構え一つにもイタリア移民の一家の夢と野望が見てとれたし、あの1910年代のテキサスの農場の夕暮れにも、流浪する季節労働者の悲しみが画面中に溢れていた。

殊に、耐えられないのは、邦画の役者たちの演技の“幼稚さ”と“雑さ”だ。書かれた台詞を大仰な“舞台の口調”か“無表情”で喋っている。文化祭の学芸会のようだ。日本の役者は即興メソッドを学んでいないし、リアリズムを勘違いしている。舞台公演じゃない、映画なんだと気づいていない。おまけに、細かな感情やアドリブを、監督、いや、“ディレクター”は求めなくなったようだ。人物たちに無駄話一つさせず、目線を繋いでるだけで、ストーリーの“運搬人”で終わっている。日常や現実を表現できる役者も少ない。

話芸一つない映画は味がないし、しみじみしない。映画館で声を上げて笑うこともない。ヤジも飛ばない。手も叩けない。大人の娯楽映画が消えてしまった。どうしたものかと思う。

(続く)

 

≪登場した作品詳細≫

『遠すぎた橋』(77年)
監督:リチャード・アッテンボロー
脚本:ウィリアム・ゴールドマン
原作:コーネリアス・ライアン
出演:ロバート・レッドフォード、ジーン・ハックマン、ジェームズ・カーン、ショーン・コネリー 他

『あゝ決戦航空隊』(74年)
監督:山下耕作
特撮監督:本田達男
脚本:笠原和夫、野上龍雄
出演:鶴田浩二、池部良、小林旭、高並功 他

『ガキ帝国』(81年)
監督:井筒和幸
脚本:西岡琢也
原案:井筒和幸
出演:島田紳助、松本竜介、趙方豪、升毅 他

『スター・ウォーズ』
監督:ジョージ・ルーカス
製作:ゲイリー・カーツ
製作総指揮:ジョージ・ルーカス
出演:マーク・ハミル、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、ピーター・カッシング 他

『アメリカン・グラフィティ』(74年)
監督:ジョージ・ルーカス
製作:フランシス・フォード・コッポラ
共同製作:ゲイリー・カーツ
出演:リチャード・ドレイファス、ロン・ハワード、ポール・ル・マット、チャールズ・マーティン・スミス 他

『ローリング・サンダー』(78年)
監督:ジョン・フリン
脚本:ポール・シュレイダー、ヘイウッド・グールド
原作:ポール・シュレイダー
出演:ウィリアム・ディベイン、、トミー・リー・ジョーンズ、リンダ・ヘインズ、ライザ・リチャーズ 他

『帰郷』(78年)
監督:ハル・アシュビー
製作:ジェローム・ヘルマン
原案:ナンシー・ダウド
出演:ジェーン・フォンダ、ジョン・ボイト、ブルース・ダーン、ロバート・キャラダイン 他

『俺は田舎のプレスリー』(78年)
監督:満友敬司
脚本:朝間義隆、梶浦政男、植村信吉
原案:山田洋次
出演:勝野洋、ハナ肇、カルーセル麻紀、嵐寛寿郎 他

『狼たちの午後』(76年)
監督:シドニー・ルメット
製作:マーティン・ブレグマン、マーティン・エルファンド
原作:P・F・クルージ、トーマス・ムーア
出演:アル・パチーノ、ジョン・カザール、クリス・サランドン、ジェームズ・ブロデリック 他

『ゴッドファーザー』(72年)
監督:フランシス・フォード・コッポラ
製作:アルバート・S・ラディ
原作:マリオ・プーゾ
出演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ、ジェームズ・カーン、ロバート・デュバル 他

『天国の日々』(83年)
監督:テレンス・マリック
製作:バート・シュナイダー、ハロルド・シュナイダー
出演:リンダ・マンズ、サム・シェパード、リチャード・ギア、ブルック・アダムス 他

出典:映画.comより引用

※()内は日本での映画公開年。
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●鳥越アズーリFM「井筒和幸の無頼日記」(毎週日曜13:00〜13:50 生放送中)

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●映画『無頼』

※欲望の昭和を生きたヤクザたちを描く『無頼』はNetflixでも配信中。

プロフィール
映画監督
井筒 和幸
■生年月日 1952年12月13日
■出身地  奈良県

奈良県立奈良高等学校在学中から映画製作を開始。 在学中に8mm映画「オレたちに明日はない」、 卒業後に16mm「戦争を知らんガキ」を製作。
1975年、高校時代の仲間と映画制作グループ「新映倶楽部」を設立。
1975年、150万円をかき集めて、35mmのピンク映画「行く行くマイトガイ・性春の悶々」(井筒和生 名義/後に、1977年「ゆけゆけマイトガイ 性春の悶々」に改題、ミリオン公開)にて監督デビュー。
上京後、数多くの作品を監督するなか、1981年「ガキ帝国」で日本映画監督協会新人奨励賞を受賞。以降「みゆき」(83年)、「晴れ、ときどき殺人」(84年)、「二代目はクリスチャン」(85年)、「犬死にせしもの」(86年)、「宇宙の法則」(90年)、『突然炎のごとく』(94年)、「岸和田少年愚連隊」(96年/ブルーリボン優秀作品賞を受賞)、「のど自慢」(98年)、「ビッグ・ショー!ハワイに唄えば」(99年)、「ゲロッパ!」(03年)などを監督。
「パッチギ!」(04年)では、05年度ブルーリボン優秀作品賞他、多数の映画賞を総なめ獲得し、その続編「パッチギ!LOVE&PEACE」(07年)も発表。
その後も「TO THE FUTURE」(08年)、「ヒーローショー」(10年)、「黄金を抱いて翔べ」(12年)、「無頼」(20年)など、様々な社会派エンターテインメント作品を作り続けている。
その他、鋭い批評精神と、その独特な筆致で様々な分野に寄稿するコラムニストでもあり、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している

■YouTube「井筒和幸の監督チャンネル」
https://www.youtube.com/channel/UCSOWthXebCX_JDC2vXXmOHw

■井筒和幸監督OFFICIAL WEB SITE
https://www.izutsupro.co.jp

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