春の七草が摘めない豪雪地帯 「七草粥」の習慣はあるの?

北海道
フリーライター
youichi tsunoda
角田陽一

 

17日は七草粥

寝正月の酒ぜめ、ご馳走ぜめ。
そこへ正月四日から「日常」が舞い戻るとなれば、自然と体に堪えるというもの。

そんな体には、やさしいお粥がうれしい。

セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロ

そんな春の七草を刻み叩いて、白粥に入れて食す「七草粥」

 これだけ食生活が洋風化した中でもそして冬期間ながら生野菜が簡単に手に入る時代でも、正月三が日が開ければハウス栽培「春の七草」がスーパーに並ぶ関東地方。

 北海道には「七草粥」の習慣がない
あたりまえ…

 

だが、筆者の故郷・北海道には七草粥の習慣が無かった
理由は簡単。

新暦の17日といえば厳寒期。
下手をすれば最低気温はマイナス20度以下。
挙句の果ては、軽く1mを上回る積雪。
本来の時候である旧暦17日といえば現在のバレンタインデーあたりの月周りだが、それでも春には遠い。
北海道の気象条件で根雪が融け地面が顔を出すのは新暦の3月下旬、桜が開くのは4月下旬だ。

 こんな環境で、17日に春の野草を摘めるはずもない。
もともと「日本文化」の伝統が浅い地なのだから。

 「内地」の豪雪地帯
1月7日はどうする?

だが、ここで疑問。
「日本本土」であっても、東北から北陸にかけての地域は豪雪に見舞われる。
新潟県の山間部ともなれば、2階の窓から出入りするような積雪量を誇る。
こんな気象条件では、新暦17日はおろか、旧暦の17日であっても「春の七草」を摘めるとは思えない。

そんな気象条件のなか、どのように「七草粥」に対応していたのだろうか?

 ここで取り出したのは、出版社「農文協」が昭和末期から平成初期にかけて編纂した「日本の食生活全集」。
古老からの膨大な聞き書きをまとめ上げ、大正末期、昭和初期頃の「庶民の食生活」を多彩な年中行事・人生儀礼とからめて説いた名著だ。

 ここから『青森の食事』をひもとき、青森県における七草粥の実態を見てみよう。

 弘前市
新暦17日は岩木山神社の年占い。この日は「七草粥」関連の記載なし。新暦115日は「小正月」。この日は、大根、ニンジン、ワラビ、豆腐などを賽の目に刻んで昆布出汁で煮込んだ精進料理「かえの汁」を食べる。これが津軽における「七草粥」とのこと。

 下北半島・東通村
新暦17日は行事なし。115日の小正月には、弘前同様にダイコンやニンジン、ゴボウ、ワラビ、フキなどを昆布出汁で煮込んだ「けの汁」を食べる。

 

旧南部領の七戸町
新暦17日には、ニンジン・ゴボウ・豆腐・コンニャク・ワラビ・油揚げ・キノコ、合計7種の具入りの澄まし汁を、白粥と一緒に食べる。

 

続いて『秋田の食事』から

 男鹿半島・男鹿市北浦
新暦17日は行事なし。115日の小正月にはダイコン・ニンジン・ゴボウ・山菜・豆腐・ササゲ・ゆり根などを昆布出汁で煮込んだ上、すり潰した大豆の団子を加えてさらに煮込み、味噌で味付けした料理「きゃのこ」を食べる。

 雄物川流域・大仙市
正月七日は「七草雑煮」を食べる。鶏や兎の出汁に、セリ・ゴボウ・ダイコン・タラの芽・キノコ・油揚げ・ネギの七種類の具を入れ、すまし(味噌を煮出した汁)で味を調えて、焼餅を入れる。

 一方で『山形の食事』では

 天童市
17日の朝、ゴボウ、ニンジン、コンニャク、芋がら、油揚げ、豆腐、納豆の計7種の具を入れた納豆汁「七草汁」を食べる。

 最上川流域・真室川町
新米の飯で12個の握り飯を作って神前に供えた上で、野菜、干し柿、昆布と共に煮込んだものを「七草粥」とする。

 長井市
ダイコン、ニンジン、ゴボウ、油揚げなど7種の具入りの煮〆を食べる。

 酒田市平田町…雪の下から探し出したセリにタラの芽、さらにダイコン、昆布、干し柿、納豆、油揚げなど7種の具入り雑煮

 

…以上、手持ちの資料から東北地方北部の例を挙げてみたが、「春の七草」とは無縁の歳時記であるもとより豪雪地帯。新暦の17日は言うまでもなく草木は豪雪の下。
旧暦ならば17日は現在の2月中旬から下旬ころになるが、尺余の残雪は山野を広く覆う北国。こんな気候で「暖国」の年中行事を真似るのは無理がある。

 東北より「豪雪地帯」のイメージが強い北陸地方では、17日には「ダイコンやニンジン、塩漬け山菜入りの雑煮」あるいは「小豆粥」、「汁粉」を食べるのが定番であったらしい。

その辺りは、ウィキペディアの「七草がゆ」のページに一覧表が載っている。
七草を汁物や炊き込みご飯、おひたしにする地域もあって面白い。

 七草がゆ…wiki

だが現在、正月三が日が過ぎれば「ハウス栽培春の七草詰め合わせ」が出回る時代。たとえ豪雪の北日本であっても、天気悪化にさえ巻き込まれなけばネット購入も難しくはない。

 

栽培技術と流通の発達で「金になる歳時記」が流布せしめられる

こうして地方独自の歳時記が、均一化されていく。

 

 

 

プロフィール
フリーライター
角田陽一
北海道生まれ。2004年よりフリーライター。アウトドア、グルメ、北海道の歴史文化を中心に執筆中。著書に『図解アイヌ』(新紀元社 2018年)。執筆協力に『1時間でわかるアイヌの文化と歴史』(宝島社 2019年)、『アイヌの真実』(ベストセラーズ 2020年)など。

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