「自分はだれなのか」物語に次々現れる謎、井上ひさしの舞台「私はだれでしょう」

東京
エンタメ批評家・インタビュアー・ライター・MC
これだから演劇鑑賞はやめられない
阪 清和

 終戦直後には誰もが切実な理由で人を探した。なにしろ、中国大陸や南方などの戦地だけでなく空襲や原爆などに見舞われた本土でも混乱による一家離散が相次いだし、戦地から戻っても家族はだれもいないということもあった。命の恩人にお礼を言いたい人もいるだろう。だから「たずね人」をテーマにしたラジオ番組がいくつもあったのだが、意外にも多かったのが「私はだれか?」をリスナーに問う人々。完全な記憶喪失から子ども時代のかすかな記憶が残る人まで事情は様々だが、彼らこそ最も切実な相談者だった。何しろ自分が誰だか分からないのだから、スタート地点にも立っていないのだ。(写真は舞台「私はだれでしょう」の一場面=撮影・宮川舞子、写真提供・こまつ座)

 そんな悩みを抱えた青年を中心に据え、「たずね人」番組に大きな使命を感じるアナウンサーとその下で働く市井の代表のような人々を終戦直後のよるべのなさとたくましさもたたえながら生き生きと描き出したのが井上ひさしの「私はだれでしょう」。初演から10年ぶりに再演された2017年の公演が大好評で、今年再び上演されている。
 面白いのは、物語の中に次々と「謎」が出現すること。何しろ「自分」を探しているこの青年は、柔道・剣道・空手の達人でタップダンスも踊れる。他にも器用にこなしてしまうことがたくさんあって、観客の頭の中は「?」の嵐。謎を解いていくサスペンスの楽しみもあってひきつけられていくうち、戦争という悲劇にもみくちゃにされてきたのにもかかわらず、無邪気でたくましいこの青年の生命力の虜になっていく。

 肝の座ったアナウンサーや言葉の知恵袋、戯曲の探究者らに加えて、占領軍のCIE(民間情報教育局)でラジオ担当官を務める日系2世の上司を配置して物語に推進力を持たせているのも巧い。酒だ乾杯だとピアニストの演奏に合わせて歌い踊るシーンには心が浮き立つが、戦後という時代の闇にも物語が入り込んでいくあたり、物語の中のすべての要素がすべてとつながっているような井上ひさし一流の作劇術に心が震えることもしばしば。名匠、栗山民也の演出のもと、朝海ひかる、吉田栄作、平埜生成らの熱演が得難い感動をもたらす名作と言っていいだろう。

 舞台「私はだれでしょう」は10月9~22日に東京・新宿の紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYAで上演予定。以降10月27日~12月20日に盛岡、神戸、姫路、阪南、紀の川、和歌山、奈良、彦根、京都、貝塚でも上演される。

プロフィール
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阪 清和
共同通信社で記者だった30年のうち20年は文化部でエンタメ各分野を幅広く担当。円満退社後の2014年にエンタメ批評家として独立し、ウェブ・雑誌・パンフレット・ガイドブック・広告媒体・新聞などで映画・演劇・ドラマ・音楽・漫画・アート・旅に関する批評・インタビュー・ニュース・コラム・解説などを執筆中です。パンフ編集やイベント司会、作品審査も手掛け、一般企業のリリース執筆や顧客インタビュー、広報・文章コンサルティングも。今秋以降は全国の新聞で最新流行を追う記事を展開します。活動拠点は渋谷・道玄坂。Facebookページはフォロワー1万人強。ほぼ毎日数回更新のブログはこちら(http://blog.livedoor.jp/andyhouse777/ )

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