映像2020.05.13

「昭和には生きるヒントが詰まっている!」井筒和幸監督が8年ぶりの新作『無頼』に込めた思い

Vol.014
映画「無頼」 監督
Kazuyuki Izutsu
井筒 和幸
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クリエイターズステーションの人気コラム「井筒和幸のGet It Up!」でもおなじみの井筒和幸監督が、8年ぶりにメガホンを取った映画『無頼』。昭和という時代を生きた、ヤクザというあぶれ者たちの群像劇を通して描かれる社会とは? 「監督の真骨頂にして集大成」と言われる本作の見どころや映画という存在について、クリエイターにとって大切なことなどを伺いました。

常に“寄る辺のない人々”を描いてきた。そこは今回も変わらない

1981年のメジャーデビュー作『ガキ帝国』以来、不良少年や無法者などアウトローを描き続けていらっしゃいますが、本作も世間という良識の外側で生き抜いた一人のヤクザの半生を描いた作品。製作のきっかけは何だったのでしょうか?

『岸和田少年愚連隊』(96年)の頃からずっと大人の不良を描く作品を作ろうと思っていました。一度、ヤクザの親分を描いた『ゲロッパ!』を作ったけど、あれはコメディーだったので、もっと真面目に撮ってみたい気持ちが常にあったんですよ。僕がずっと不良やアウトローばかりにスポットを当ててきたのは、彼らは寄る辺がなくて最下層の人間だから。そんな簡単に生きられない彼らを、ずっと見つめてきた僕の集大成ともいえる作品にしたつもりです。

“寄る辺のない人々”を描き続けている理由は?

そこを描かない限り、社会なんて見えないよ。真摯なサラリーマンを描くお上品な作品を否定するつもりはないけど(笑)、僕は、そこから社会は見えないと思っていて。日本に生きているからこそ日本の裏の共同体を描きたいんですよ。

そこに生きる底辺の人々を描くことによって社会が見えてくる。映画という芸能はアナーキーなものだし。アウトローっていってしまえば簡単だけど、彼らは好んでそこにいるわけでなく、実はそうなってしまった境遇もある。そんな彼らを描くことによって、僕たちが生きている社会の歪みや実相を見てほしいです。

監督にとって映画とは“社会を映すもの”なんですね。

これは僕だからとかではなく、映画は“世間と世相が映るもの”なんだよ。それはトッド・フィリップス監督の『ジョーカー』(2019年)みたいな作品はもちろんだけど、ジョージ・A・ロメロ監督が撮った『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)だって同じで。あの作品は、ロメロさんが若かりし頃に見た、大きなスーパーマーケットに開店と同時に車で乗り付けて、群がって買いあさる人々の姿と、黒人差別がヒントになっていて……。本当に人間は何を求めて生きているのかと。人間って何なんだろう、食べるという消費行動だけを起こしているゾンビじゃないかって。ゾンビは分り易い社会批評ですよ。映画ってそういうものだと。

よく映画はエンターテインメント」と言われますが。

あんないい加減な言葉はないな(笑)。エンターテインメントの語源は、「暇つぶし」「時間つなぎ」という意味だから。まぁ今は、暇つぶしといわれるような映画はたくさんあるけど、果たしてそれは映画なのかって。僕は映画でも何でもないと思うね(笑)。ちなみに暇つぶしが慰みものになるには、かなり厳選されるんですよ。そして、さらにそこから選ばれたものだけが別の何かを与えるものになる。映画は、“自分を映す鏡”であり“社会を映す鏡”だと思います。映画を見ることで、自分と向き合ってしまう。主人公と自分を比べて「彼より負けているな」「この部分は彼より自分の方が恵まれている」などと感じて、自分を慰める力を持っているんですよ。暇つぶしをするだけなら、わざわざ映画じゃなくていいよ(笑)。せっかくそれなりの対価を払って、2時間を費やすなら、その時間は自分を見つめ直す時間にした方がいいと思うな。

“欲望の時代”だった昭和から、今の世を生きるヒントを見つけてもらいたかった

本作は敗戦直後の動乱期から、高度経済成長、さらにバブルなど激しく激動した昭和の時代とともに描かれています。昭和を背景にした理由はありますか?

昭和という時代は、皆が自分の欲望のためだけに生きた“欲望の時代”です。戦争から解放されて以降は、いかに“金を稼ぐか” しか夢がなかったんですから。それは、政治家もサラリーマンもヤクザも同じ。もしかしたら、政治家が一番、カネと権力の欲望に忠実に生きたかもしれない。そうやって、人々ががむしゃらに生きてたのが昭和。その中で、ヤクザも人のや会社の難物、困りごとを裏で解決するなどの牧歌的なものから金を稼いだ方が勝ちの“経済ヤクザ”になって、ものではなく金をつくる人間になっていく……。そんな彼らを描くことで、平成・令和と続く失われた30年を生きた人々に、自分たちを顧みるきっかけになればと思いました。

極左過激派が起こした事件やロッキード事件、リクルート事件など、昭和に起こったさまざまなニュース映像も出てきますね。

あの時代、過激派が起こした三菱重工爆破事件などがありましたが、こっちは主人公たちが、貸し渋る銀行にバキュームカーで糞尿(ふんにょう)をまき散らすシーンを作りました(笑)。そのように、あえて相対的に事件を見せているところもあります。これは皮肉で。社会を映すというのはそこです。

決してテロ行為は許されるものではないですが、どちらも命懸けで。ちなみにロッキード事件のニュースを見ているシーンで「田中角栄は本当に悪いことしたのかな? オレはそんな悪いやつじゃないと思うよ。飛行機は飛ばす、新潟まで高速は造る、この土建屋のおやじは」というセリフがありますが、当時25歳だった僕も同じように思っていて(笑)。皆ががむしゃらに生きていた結果の事件だったな……と。そういうふうに、自分だけでなく社会の欲に生きた人があふれていたのが昭和だったんですよ。

それは主人公たちも同じで。

そう。牧歌的な時代から、ものではなく金をつくる時代になって、ヤクザもが経済ヤクザになっていく。そんな姿と社会を見て、人間は何をつくってきたのかを考えてもらうきっかけになってもらえば。『ジョーカー』も面白かったけど、あれは自分たちが失われた世代なんだと自覚することはできたけど、どこまで若者は慰められたかなって。

無頼は昭和を生きた彼らを見て、自分は何のために生きてきたのか、この生き方は自分らしいのか、反面教師として、生き抜くヒントはもらえるかと思います。ちなみに「男の仕事で命を懸けられるのはヤクザしかない」というセリフがあるけど、これは山口組の顧問弁護士を長く務めていた山之内幸夫(やまのうち ゆきお)さんの言葉なんですよ。以前、NHKBSプレミアムの「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」とういう番組に出ているときに語っているのを見て、すごく共感して。この言葉はすごく自分に跳ね返ってくる言葉だなと。命を懸けなければいけない世界に居ざるを得ない者たちがいる社会を、少し考えるきっかけになればと思います。

人は時間と身体を売らなければならないのか? そこに悩んで映画監督に

そもそも、なぜ映画監督を目指されたのですか?

僕は、なるべく一生遊んで暮らしたいと思っていたんですよ。それは高校生の頃から持っていた哲学で。何で人間は自分の時間や身体を人に売らなければいけないんだろうって。農業や漁業のように、何かを作ったり採ったりする仕事は素晴らしいと思います。生産してそれを人に回すことで自分も生きていく……。とはいえ、それができない自分は何ができるのか、時間や身体ではなく自分の売れるものを考えたときに、自分の中から出てきたものを形にする映画かなと。

その頃から、映画は大きな存在だったのですか?

若い頃は、映画館は逃げ込めば別の世界が見られる場所でした。すごく生々しいものもあったり、人の生き様、人生というものをすごく考えさせられました。違う角度から社会を見つめて、社会では教えてもらえないことを見て学びましたね。1000円を握りしめて映画館で立て続けに見て、ご飯を食べるのを忘れてしまっても気持ちが満足していて……。そういうのが映画なんだと思う。今では気慰みにもなっていないからな~。せっかくお金払っているなら何かを得たい、得られる場所であるのが映画ですよ。

監督にとって作品を作るうえで大事なことは何ですか?

“信を譲らない” “迎合しない”ということだね。ものを作っている人は自分の気持ちを曲げてはダメだ。よく「こんな話で正しいのか?」と悩む作り手がいるけど、そんなこと気にしないで「正義など語らず、これだ!」と思うものを作らないと前に進まないよ。まぁ僕も最初から「映画という芸能」というのが分かっていたわけでなく、作っていくうちに教えられたのだけど。まあ昔は先輩の映画を真似るだけで精いっぱい、先輩のテーマを読みにいくだけで、自分のことを考える余裕はなかったかな。ものづくりというのは誰かに影響を与えるもので、映画もそれを見て人生まで変わる人もいる。人が奮起したり過去を顧みたりするきっかけをつくるのがクリエイターの仕事。コロナ以上の感染力を持っていることを忘れたらいけないよ。

クリエイターに望まれることは何ですか?

人の情緒を思いながら、ものをつくっていってほしいです。昭和の時代はそういうクリエイターが多かった。僕は昔、広告の現場でアルバイトをしていたけど、クライアントが望むものを形にしながらも、本当にいい商品を、分かりやすく、買い手の立場に立って自分の感性をフル回転させて伝えるのが現場でした。

そのためにも、ものの良さに気付く美意識を持ち、それを伝える表現方法を切磋琢磨(せっさたくま)していく必要がある。そこは忘れないでほしいな。人生を変えるクリエイターってなかなか遠い道だけどね。

 

 

取材日:2020年4月17日 ライター:玉置 晴子 ムービー編集:加門 寛太

 

※緊急事態宣言発令される中、リモートにて取材させていただきムービーは自撮りしていただきました。

 

『無頼』

 

2020年12月、新宿K’s cinemaほか全国順次公開!

監督:井筒和幸
キャスト: 松本利夫(EXILE) 柳ゆり菜 中村達也 ラサール石井 小木茂光 木下ほうか 升毅
主題歌:泉谷しげる「春夏秋冬〜無頼バージョン」
配給:チッチオフィルム 配給協力:ラビットハウス

2020年/日本/146分/カラー/ビスタサイズ/5.1ch
©2020「無頼」製作委員会/チッチオフィルム

「無頼」公式サイト:http://www.buraimovie.jp/

 

プロフィール
映画「無頼」 監督
井筒 和幸
1952年生まれ、奈良県出身。高校在学中から映画製作を開始し、1975年に『行く行くマイトガイ性春の悶々』にて映画デビュー。メジャーデビュー作『ガキ帝国』(81年)では日本映画監督協会新人奨励賞を受賞し、一躍人気監督の仲間入り。その後も、『犬死にせしもの』(86年)『岸和田少年愚連隊』(96年)、『パッチギ!』(05年)『ヒーローショー』(10年)『黄金を抱いて翔べ』(12年)など、社会派エンターテインメント作品を数多く監督。近年はコメンテーターとしても活躍。

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